文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説:
二〇一五年の秋だったと思う。僕は角川書店の編集者から送られた第22回日本ホラー小説大賞の受賞作を読んでいた。
ところが、ある箇所まで読み進めて、僕の目が点になった。まったく信じられないものを、その頁で目の当たりにしたのである。
それは僕自身が書いたとしか思えない一文だった。
当たり前だが僕の文章が、『ぼぎわんが、来る』に紛れ込んでいるわけがない。ここで早とちりして、澤村伊智が愛読している三津田作品の中から、自分のお気に入りの一文を盗用したのではないか、などと考えた読者がいるとしたら、それは大間違いですと言いたい。氏の名誉のためにも、そんなことは絶対にないと明言しておく。
では、その一文はいったい何なのか。
実はそれまでにも拙作の愛読者である、という噂を聞いた新人作家は何人かいた。でも、だからといって作品を読んで、まるで僕が書いたような文章だ……と感じた経験など皆無だった。
拙作を愛読するあまり文体が似てしまったのなら、もっと随所にそう思える文章が出てくるだろう。しかし、問題の一文だけしか該当しない。これは何を意味するのかと頭を
二人の怪異に対するスタンスが、もしかすると極めて近しいのではないか。
だから、あるシーンを描いた彼の文章を目にして、一瞬とはいえ
実際『ぼぎわんが、来る』を読んでいると、あちらこちらで共感できた。恐怖表現、怪異設定、物語展開など、次々とツボに
二〇一八年の八月、僕と澤村氏は全日本大学ミステリ連合の合宿に呼んでいただき、対談することになった。その際にプライベートで話す機会があったのだが、彼から次のように言われた。
「三津田作品に対するオマージュは早いうちに試みて済ませ、そこから次のステップに移りたいと考えています」
この通りに氏が口にしたわけではないが、ほぼ意味は合っていると思う。
あとで僕は知るのだが、どうやら澤村作品の読者の中に、拙作に似ている部分があると感じた方が、少しは存在するらしい。それは取りも直さず彼が、僕に言ったオマージュ
さて拙作の中で、繰り返し取り上げているテーマに「幽霊屋敷」がある。長短篇を含めて、それなりの数を書いている。今後も新作で挑むと思う。
その幽霊屋敷に澤村伊智が真っ向から取り組んだのが、本書『ししりばの家』(二〇一七)になる。当たり前だが本テーマは僕の専売特許でも何でもなく、それこそゴシックホラーの昔から何人もの作家によって書かれ続けている。
ホレス・ウォルポール『オトラント城』(一七六四)を
このようにホラー小説または映画のテーマとして選ばれ易い反面、だからこそ難しいとも言える。凡庸な幽霊屋敷物が
一、舞台となる家そのものの設定に新味を出す。
二、その家で起こる怪異の現象に新味を出す。
三、なぜ怪異が発生するのか、その原因に新味を出す。
四、その家に関わる登場人物たちに新味を出す。彼らが怪異から
五、作品の構成に新味を出す。これは他のテーマにも当て嵌まる。
以上の観点から『ししりばの家』を見ると、ほとんどの項目に著者ができるだけ新味を出そうと努めていることが分かり、僕は驚いた。とはいえ詳細を述べると内容に触れざるを得ないため、ここでは
まずタイトルが素晴らしい。「この『ししりば』って何なんだ?」と読者に思わせた時点で、もう作者は半ば勝っている。これはデビュー作の「ぼぎわん」にも、第二作の「ずうのめ」(『ずうのめ人形』二〇一六)にも、第一短篇集の「などらき」(『などらきの首』二〇一八)にも言える。この平仮名四文字が喚起する薄気味の悪さは見事としか言い様がない。怪異に対するセンスが、正にずば抜けている。それだけではない。そこには「謎の四文字の意味は何か」という知的好奇心を
次は「砂」である。解説を先に読んでいる読者には意味不明だろうが、本書の怪異の主役は「砂」だと言っても良い。恐らく澤村は、
登場人物の人間関係と小説の構成には、特に目新しさは認められないが、決して工夫がないわけではない。お話のどの時点で、どの情報をどれだけ出すか。この計算が下手だと娯楽小説は台無しになるが、それを本書は巧みに
拙作に対する澤村作品のオマージュについて先に記した。だが実はデビュー作から既に、両者には大きく異なる要素が一つあった。あっちの方が売れているとか人気があるとかではないよ。念のため。
怪異とのバトル。
これが拙作にはなく澤村作品にある重要な差異だろう。拙作の登場人物は恐怖の対象を前にしても、大抵は何もできない。しかし澤村作品には
澤村伊智の初の長篇ミステリ『予言の島』(二〇一九/KADOKAWA)には、非常に興味深い登場人物の
島民の一人が、都会から訪れた者に対して、「あんた
そして都会人は、「(前略)これもまた民俗土俗の形です。日本的でおどろおどろしい、土俗の息づく土地がこの
三人の作家の名前を出したのは、もちろん著者のある計算が、そこに働いているからだ。しかし、そういう意図とは別に、先人に対するオマージュを済ませて、いよいよ澤村作品が次なる飛躍を遂げる、その宣告のようにも僕には感じられた。
デビュー作から今日まで、澤村伊智は傑作を書き続けている。だが作家として一皮も二皮も
▼澤村伊智『ししりばの家』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321904000295/