角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
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オスカー・ワイルド『理想の夫』
オスカー・ワイルド『理想の夫』訳者あとがき
訳者あとがき
オスカー・ワイルド(Oscar Fingal O'Flahertie Wills Wilde)は一八五四年十月十六日、アイルランドのダブリンに生まれた。当時有名な眼科と耳鼻科の専門医であったウィリアム・ワイルド
ダブリンのトリニティ・カレッジを経て、一八七四年、オックスフォード大学に入学した。学生時代から彼は専ら詩作に凝り出した。さまざまの美しい詩形を使って書いているが、この時代の詩は未だ他の詩人の模倣の域を出ていない。
最初の戯曲『ヴェラ』(Vera)を書き上げたのが一八八〇年。一八八二年と三年と、二度渡米している。この頃ワイルドの名は既に世間に知れわたっていた。文学上の天分を認められたからというよりは、「審美衣装」と自ら称していた奇抜な服装を着て当時のイギリス人を驚倒したからであった。
アメリカから帰ってすぐパリへ出かけた。パリでは最も美しい地区のホテルに間借りして、『パドゥア公の奥方』(The Duchess of Padua)という戯曲を書き上げた。又『
一八八四年、彼はコンスタンス・メアリー・ロイドと結婚し、二子をもうけた。結婚生活は幸福であったらしい。一八八八年には童話、『幸福な王子、その他』(The Happy Prince and Other Tales)を出版し、一八九〇年には小説『ドリアン・グレイの肖像』(The Picture of Dorian Gray)を雑誌に掲載し、後にさらに六章書き足して単行本として翌一八九一年に出版した。一八九一年にはその他、童話『
名声はいやましに高まり、富も得た。ワイルドの野心と自信と享楽はますます
ダグラスとの交友のとぎれ目を利用して、ワイルドは専ら戯曲を書いた。一八九二年に『ウィンダミア卿夫人の扇』(Lady Windermere's Fan)が上演され、一八九三年には『とるに足らぬ女』(A Woman of No Importance)、一八九五年に『理想の夫』(An Ideal Husband)と『
そして一八九五年、ついにクウィンズベリ事件の審判が下され、ワイルドは二年の重労働懲役刑に処せられた。
レディング
出獄後の彼は、次第に困窮して行き、友人からも遠ざかり、パリ郊外の安ホテルに住まうようになった。そこから友人シェラードに『レディング牢獄の唄』(The Ballad of Reading Gaol)の原稿を送った。これがワイルドの最後の作品となった。ついに一度も才智ひらめく戯曲を再び発表することなしに、一九〇〇年十一月三十日、パリで
ワイルドは心底から芸術至上主義者だった。人生を芸術より一段低いものとみなし、真の芸術は人生から素材を提供してもらうだけで、人生を模倣するものではない、模倣するのはむしろ人生のほうである、とした。人生は精神の上でも、思考の上でも、感情の上でも、芸術から学ぶところが多いばかりでなく、もっと卑近な模倣としては、例えばロゼッティ(一八二八-八二、英国の詩人にして書家)が一種独特な、人の心を
芸術は人生から素材を得るが、それをそのまま再現して見せるものではない。その素材を、作者の想像力によって
現実に忠実でありすぎるということは、むしろその作品の真実性を失わせることになる、とワイルドは言い切った。例えば浮世絵を見るがいい、と彼は言う。浮世絵の中の日本人を見て、それが
「理想の夫」の初演は一八九五年一月三日、ロンドンのヘイマーケット座で行われた。「サロメ」、「ウィンダミア卿夫人の扇」、「真面目が肝心」と共に、ワイルドの戯曲の中でも、傑作のひとつに数えられている。
自分の夫、チルターン卿ほど清廉潔白な政治家はいないと信じこみ、ひたすら崇拝し、愛しきっていたその夫が、実は、若い時、政府の機密事項を
これが本作のあら筋である。かように一見平凡な素材を捉えながら、出来上がった作品は、まことに珠玉のような整った美を備えている。前に述べた芸術論からおしてもわかる通り、ワイルドは技巧派であり、形式美を重んじた作家である。本作の四幕とも、
ワイルドの戯曲を論ずる時、忘れてならないものに、
十九世紀末の
二〇〇〇年一月
厨川 圭子
作品紹介・あらすじ
理想の夫
著 オスカー・ワイルド
訳 厨川 圭子
定価: 770円(本体700円+税)
発売日:2022年01月21日
宝塚・星組公演「ザ・ジェントル・ライアー」の原作、22年ぶりの復刊!
『理想の夫』は、イギリスの文豪オスカー・ワイルドの傑作戯曲の一つ。日本では、1954年に角川文庫より厨川圭子氏の翻訳で発表。2000年に復刊したが、その後絶版となっていた。2022年2月、宝塚星組と新国立劇場での公演が決定。初版からじつに68年、再び厨川圭子氏の監修を得て、このたびの新装復刊となった。なお、オスカー・ワイルドの四大喜劇のなかで、「理想の夫」は、日本ではじめての舞台化となる。
【あらすじ】 1895年ロンドン。将来有望な政治家ロバートと、その妻ガートルードは、だれもがうらやむ理想の夫婦。そして、ロバートの親友アーサーは、自由気ままな独身貴族で、ガードルードとも昔馴染みの間柄だった。ある日、そんな3人の前に、妖しい魅力のチェヴリー夫人が現れ、紳士淑女たちの「秘密」が露わになっていく――! オスカー・ワイルドのテンポよい展開とウィットに富んだ会話が光る、人間ドラマの傑作。
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