文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
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今、この時こそ読まれるべき名作です――『ブルーもしくはブルー』【文庫巻末解説】
解説
柚 木 麻 子 (作家)
私が初めて本書を読んだのは、高校生の頃だ。
文庫本を買った場所まで覚えている。
怖い物語だが、同じ人物である
蒼子には買い物以外に、趣味と呼べるものも、将来の展望も、知的好奇心もない。さらに、人間関係らしい人間関係をまるっきり持っていない。彼女にあるのは扶養の義務を担う男性パートナーとの閉じた関係だけ。そこから外れれば、たちまち社会から
2021年からみれば、蒼子が生きる日本は今よりは豊かで、経済活動が盛んなことが様々な描写から読み取れる。若い女性が未来を信じられる余地がまだまだ残されていることは、日常を離れて放浪する二人がさして不安を感じておらず、手に職があるからなんとかなるんじゃないか、と楽観視し、消費にためらいがない様子によく表れている。しかし、二人の蒼子が直面している
同じ顔を持つ女との殺し合いはメタファーだ。女性が自分を、同性を、強く憎むように社会から
本書は大ヒットしたベストセラーだが、発売された当初、正しく読み解くには、もしかして、私もふくめて読者が成熟していなかったのかな、とも思う。その一端が表れているのが、本作の映像化だ。
放送時の2003年といえば、フェミニズムのバックラッシュのまっただ中で、それはエンターテインメントの世界にも影響していた。90年代に人気だったエネルギッシュな女性たちが連帯する物語は下火となり、男女の恋愛関係が何よりもすばらしいものであると訴えたり、女性が理不尽に降りかかってくる災難を一人で乗り越えるドラマが多くみられるようになった時期でもある。私事で恐縮だが、私がデビューした2010年でさえ、まだ女同士の関係だけを描くことは異端で、なぜ男女の恋愛を扱わないのか、と首を傾げられていた時代だった。同じような価値観を持つ、同世代の作家たちで集まり、互いに励ましあったものである。一見うまくいっている男女関係に「でも、それハラスメントでは?」という視点を持ち込んだり、何かあった時に自分を責めるのではなく社会を疑ってみたり、シスターフッドが肯定的に描かれることが増えたのは本当にここ数年のことなのだ。
ラストの手紙でも触れられている、蒼子Aと蒼子Bが心から笑いあえた夜は救いであり、読者にとって大きなヒントだ。自分自身を正しく愛することは搾取から逃れる最良の手段であり、それはそのまま身近な場所にいるよく似た誰かの手を取ることに直結する。自分の中のミソジニー(女性嫌悪)と向き合い、それを乗り越えることこそが、女性が抑圧と戦う最大の武器になると、本書はドッペルゲンガーとの不思議な和解を通じて教えてくれるのだ。
コロナウイルスの蔓延に伴いケア労働を担う女性の不平等がクローズアップされ、オリンピック強行を目前に男性トップの差別発言が日々ニュースを
作品紹介
ブルーもしくはブルー
著者 山本 文緒
定価: 704円(本体640円+税)
「今、この時こそ読まれるべき名作です」作家・柚木麻子氏、推薦!
高収入でスマートな男性と結婚し、都心の高級マンションで人から羨まれる暮しを送る佐々木蒼子。しかし夫には愛人、自身にも若い恋人がいて夫婦の関係は冷めていた。恋人と旅行の帰途。偶然、一人で立ち寄ることになった博多の街中で昔の恋人・河見を見かける。彼に寄り添っていたのは、なんと自分そっくりのもう一人の「蒼子」だった。「ドッペルゲンガー?」名前も顔も同じなのに、全く違う人生を送る2人の蒼子。互いに言いようのない好奇心と羨みを抱いた2人は、1か月だけ期間限定で入れ替わり生活してみることにする。しかし、事態は思わぬ展開となって……! 「私より、あっちの蒼子の方が幸せなのかもしれない」読みだしたら止まらない、中毒性ありの山本ワールドが新装版で登場。
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