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レビュー

毒殺未遂にフェイクニュース製造工場⁈ 「信じたくない現実」が続々と明かされる問題作!

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(評者:印南 敦史 / 作家、書評家、音楽評論家)

もちろん、社会のさまざまな領域において問題は尽きないだろう。とはいえ、それでも私たちは基本的に平穏な毎日を送ることができている。多くの場合、目の前を通り過ぎていくのは代わり映えのしない日常だ。

 しかし、その一方では、まるでNetflixで目にするサスペンス映画のような出来事――反体制指導者が毒を盛られたり、放射線物質で殺害されるなど――が本当に起きている。本書で明かされているのは、あまり信じたくない気もするそういった現実だ。

 著者は日経新聞の特派員として、2004〜09年、15〜19年の2回にわたりモスクワに赴任した実績を持つ人物。その間、背後にロシアの影が見える事件が欧米で勃発したため、“闇の世界に引き込まれるように”取材にのめり込んでいった。そして、あらゆる事件の真相を追い続けてきた結果、“ある方向性”の存在が見えてきたのだという。

 軍事力や経済力による「ハードパワー」、文化や政治的価値観に基づく「ソフトパワー」で欧米に劣るロシアは、「ダークパワー」とも呼べる秘密工作で自由・民主社会を壊そうとしている――。
 アメリカと伍する核戦力はともかく、ロシアの経済規模は米国の10分の1以下、日本と比べても3分の1に満たない。そんなロシアが世界をかき回し、影響力を振るうのは、ダークパワーによるところが大きい。(「はじめに」より)

 まず注目すべきは、ダークパワーがすでに日本にも及んでいるという事実だ。具体的には2020年10月、東京五輪を主催する組織や関連企業に対し、ロシアの情報機関がサイバー攻撃を仕掛けていたという情報が、(なぜか)イギリス政府からもたらされたことが挙げられる。

 そもそもロシアには、リオ五輪や平昌五輪でも同様にサイバー攻撃による妨害工作をしたと疑われた過去がある。組織的なドーピング問題によって五輪からの除外処分を受けたため、大会運営を妨害しようとしたのである。「やられたらやり返せ」的な発想は稚拙だというしかないが、いずれにしても、ついにその矛先が日本に向けられたのだ。不思議なことに日本政府は沈黙を貫いているが、著者はこれを、危機感を持たずにはいられない問題であると指摘している。たしかにそのとおりだ。世界が動き続けている以上、ダークパワーもまた機能し続けるはずなのだから。

 しかしなぜ、ロシアはそうした姿勢を崩そうとしないのか? このことに関し、著者はオバマ政権時代の11〜14年に駐ロシア・アメリカ大使を務めたマイケル・マクフォールに見解を聞いている。答えはこうだ。

「アメリカがロシアの『政権転覆』を狙っているとプーチンが思い込んでいるのは事実だ。私はプーチンに会う機会が何度かあり、その都度、アメリカはどの国の政変にも関与していないと訴えたのだが、固定観念が変わることはなかった」(40〜41ページより)

 端的にいえば、プーチンのこうした強迫観念が多くのことを動かしているということだ。独裁体制を敷くプーチンにとって、欧米主導の自由・民主主義の理念は大きな脅威なのである。だから欧米社会を混乱させるべく工作活動を推し進め、体制維持に躍起になるのだ。

 そんなロシアのことを、「マフィア国家」という概念をまとめた社会学者のバーリント・マジャルは次のように述べている。

「プーチンらの国家体制の核となるのはトップへの絶対的な忠誠なのです。これは『ファミリー』から成るマフィアの組織に近い。犯罪行為も辞さず、政府、議会、司法、治安機関、メディア、そして産業界までファミリーの支配を進める統治です」(91ページより)

 かくしてロシアは、世界に脅威を与え続ける。著者がインタビューしたNATO関係者の、「陰謀論やあらゆる説を流しまくって、真実を見えなくする典型的なプロパガンダの手法といえる。明らかな偽装だろうと、主張が矛盾していようとお構いなしだ。ソ連時代から変わらない。ミスを犯した時のロシアの対策はとにかく煙幕、煙幕、煙幕だ」という言葉にも、この国のあり方は明らかだ。

 ちなみに陰謀論に関していうと、注目すべきが第四章「デマ拡散部隊の暗躍」である。ここでは、1日24時間365日、ネット上で世論工作をする「会社」の実態が明らかにされているからだ。ネット上で「トロール(荒らし)」と呼ばれる数百人の工作員が、身分を偽って国内外のメディアのサイトにコメントを投稿、事実とは異なるフェイクニュースのサイトを運営し、あらゆるソーシャルメディアに偽情報を拡散しているというのだ。

 もちろん由々しき問題ではあるのだが、陰謀論やフェイクニュースが仕組まれていくプロセスが赤裸々に明かされているだけに、本書における最大のトピックであるといえる。

 国際政治がテーマとなっているだけに、読む前からハードルの高さを感じてしまう方もいらっしゃるかもしれない。だが、この章がそうであるように、あまりにも意外な“真実”が次から次へと明かされていくので、純粋に読み応えを感じるはずだ。そして読み終えたときには、ダークパワーに頼らざるを得ないロシア国家の脆弱さ、そしてプーチンという個人の人間的な脆さを実感することになるに違いない。


書影

古川英治『破壊戦 新冷戦時代の秘密工作』
定価: 990円(本体900円+税)
※画像タップでKADOKAWAオフィシャルページに移動します。


古川英治『破壊戦 新冷戦時代の秘密工作』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322004000010/


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