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レビュー

12月14日は忠臣蔵「討ち入りの日」。伊集院版新説「忠臣蔵」を読んで、義士たちに思いを馳せる。『いとまの雪』

書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。

(評者:滝野 雄作 / 書評家)


書影

いとまの雪 新説忠臣蔵・ひとりの家老の生涯 上
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十二月十四日は、赤穂四十七義士による吉良邸討ち入りの日である。
本作は、著者による初めての時代小説だ。なぜ、忠臣蔵なのか。著者によれば、
「イギリスでは忠臣蔵が高い評価を受けている。これはアーサー王の物語で描かれる騎士道に通じるからではないか。それならば、私は世界に誇れる日本の武士道を書きたいと思った」
そして、「男の生き方を学ぶのに、時代小説も現代小説もないだろう」と付け加える。

本作は、赤穂藩の若き筆頭家老、大石内蔵助良雄よしたかの生涯を描いたものである。
著者は、良雄をこう描写する。
「色白な顔には若さと出自の良さが見てとれた。そしてこの侍には、何とも形容しがたい艶気つやけがあった」
伊集院版「忠臣蔵」の始まりである。
作中、水戸光圀公は、良雄を評して、
「あの面容は、信義のためなら東照大権現にも弓を引くほどの肝を持っておる」。
「艶気」と「肝」が、著者描くところの「男」、良雄が貫く生きざまのキーワードになる。

しかし、幼い頃の良雄は「弱虫、泣き虫、竹太郎(幼名)」と呼ばれていた。臆病者だったのか。赤穂藩に寄寓する高名な軍学者・山鹿素行は、
「相手の強さを計るには、己の中に人一倍の怖れを持っていなくてはなりません。怖れを知らず無闇に向かえば犬死にをします」
と、いずれ藩を背負って立つ家老として、ふさわしい器量を備えていると見抜いていた。
素行は、自らの死を予感して、良雄に分厚い書筒を遺した。そこには、転封・改易になった諸藩の名前とその事情が記されている。さらに、この先、同様の末路を辿るであろう大名の名が列挙され、最後に赤穂藩の名があった。
五代将軍・徳川綱吉の寵愛を盾に権勢をふるう大老・柳沢保明は、小藩を潰し、その財を召し上げようと目論んでいる。師・素行はそのことを愛弟子に伝えたかったのだ。
「君なくば臣ならず。“忠義”なくば臣ならず」良雄の生きる道は定まった。

上巻では、刃傷「松の廊下」までの良雄の半生を、物語性豊かにたっぷりと描いていく。だからこそ、下巻のクライマックス、討ち入りまでの良雄の用意周到な智略が際立ってくる。石清水八幡宮の高僧は、切れ者と評判の良雄に助言する。
「良雄殿、居ても、居なくてもかまわんような、無用の長物におなりやす」「“昼行灯”のようにならはるとよろしいですわ」


書影

いとまの雪 新説忠臣蔵・ひとりの家老の生涯 下


そして、本作は史実に即しながら、魅力的な登場人物を配している。良雄のそばに仕える密偵の「仁助」と、良雄が愛した美しい女性。元藩士の娘で、いまは大坂の豪商に身を寄せる「かん」である。

下巻の最終章、良雄らの切腹後の後日談にこそ、ここまで義士の「生と死」を静かに見つめてきた著者の美学が凝縮しているのではないかと思う。

密命をおび、ひとり生き残った義士・寺坂吉右衛門に、仁助は良雄の遺した言葉を告げる。
「生き続けよというからには、必ずそこに意味があるのです」
その吉右衛門は、裏切り者と罵られてきた四十八番目の義士を思い、仁助にこうつぶやく。
「人というものは、上辺からでは真実の姿は見えないのだと、私は、この歳になって学びました」

人が死ぬとはどういうことなのか。
かんは、良雄との間にもうけた娘「きん」に、愛した男が遺した言葉を伝える。
「生きていることは束の間でしかない。死ぬことはしばしのいとまでしかない」
それは、山鹿素行が若き日の良雄に託した書筒の末尾に記された一行であった。

本作には、何度も読み返したい名セリフが随所に散りばめられている。忠臣蔵ファンのみならず、若い人にも是非読んでほしい一冊である。

▼『いとまの雪 新説忠臣蔵・ひとりの家老の生涯 上』(12月18日発売)書誌情報はこちら
https://www.kadokawa.co.jp/product/321903000378/

◆併せて読みたい! 忠臣蔵を描いた必読作品5選

  1. 大佛次郎『赤穂浪士(新潮文庫)……史実に即して、内蔵助を軸に多彩な登場人物を巧みに活写した歴史絵巻。義士ではなく浪士と捉えたのには意味がある。今日でも、巧みに組織をまとめ上げたリーダー論として読める傑作。
  2. 五味康祐『薄桜記(新潮文庫)……片腕の剣豪丹下典膳と堀部安兵衛は親友だが、丹下が吉良の用心棒に雇われた時、両雄は私情を捨て武士の本分を貫いていく。ラストで号泣すること必至。
  3. 池波正太郎『堀部安兵衛(新潮文庫)……「高田馬場の決闘」から吉良邸討ち入りまで、安兵衛の豪放磊落な活躍を描いた痛快時代小説。忠臣蔵の大スター安兵衛を味わいたいならこの1冊。
  4. 舟橋聖一『新・忠臣蔵(文春文庫)……四十七士を刺客ととらえ、討ち入りまでを周到に描き、手に汗握る躍動感のある作品に仕上がっている。高倉健が内蔵助役を演じて映画化された。
  5. 池宮彰一郎『四十七人の刺客(角川文庫)……四十六士切腹後に残された「忠臣蔵」関係者の後日談を描いた作品。70年後の田沼意次時代、安兵衛の娘と称する禅尼が語る討ち入りの真相は秀逸。

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