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レビュー

働き方改革の現代、仕事=生きがいは「悪」なのか? 高杉良が働くことの意義を問う『生命燃ゆ』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:タカザワ ケンジ / ライター・書評家)

 時代が変わっても、人間が変わらず求めているものがある。
 たとえば、生きがい。人は何のために生きているのかという哲学的問いから、仕事の後に飲む一杯のビールまで、誰でも何らかのかたちで生きているという実感を得ようとしている。そして、そう遠くない昔、この国の男性たちの生きがいといえば、なんといっても仕事だった。
 だが、時代は変わり、価値観は多様化した。性別に関係なく仕事を生きがいにする人がいる一方で、家族とすごす時間や趣味に生きる理由を見いだす人もいる。現代では、仕事を生きがいにしている人の割合は減っているようだ。仕事=生きがいという価値観は「昭和」のもので、時代遅れだという印象だ。たしかに仕事を生きがいにすべしという価値観を押しつけられ、低賃金長時間労働で働かされてはたまらない。従業員の地位が正社員、契約社員、派遣社員のように細分化され、「ブラック企業」と評される企業が話題になる現代では、仕事に対してクールになるほかないのかもしれない。
 また、価値観が多様化するということは、私たちそれぞれが働き方のスタンスを自分で決めることでもある。いまの仕事は生きがいになるのか。仕事=生きがいが当たり前でないなら、ほかにどんな生きがいがあるのか。いま、あらためて「働く」とはどういうことかが、一人ひとりに問われている。
 高杉良の『生命燃ゆ』は、ある一人の会社員が、仕事を生きがいに、その生命を燃やしつくす物語である。物語はいまから約半世紀前、高度経済成長期が終わろうとしている昭和四三(一九六八)年から始まる。主人公の柿崎かきざきまさしは三十三歳。東大の物理を出て昭栄化学工業に入社した技術者である。川崎かわさき工場でアンモニア合成プラントの建設、運転に関わり、社内ではプロセス・コンピュータの第一人者となっていた。プロセス・コンピュータとはプラントの管理をコンピュータで行うことで、昭和四十年代当時はまだ黎明期だった。柿崎は大分に赴任し、石油化学コンビナートの第一期建設工事に携わる。担当はエチレンプラントの中核部分であるコンピュータ・システムだ。完成すれば世界で初めてのコンピュータによる制御システムになるという大仕事である。
 ところが、建設工事の担当役員、西本にしもと康之やすゆきは柿崎の目がおかしいことに気づく。柿崎は自分の身体をいたわるよりも仕事を優先し、激務をこなしていた。平日の残業は当たり前。週末は若手を集めて勉強会を開いていた。その熱意は傍から見ても奇異に映るほどで、大分への赴任当初は「サディストとちがうか。土曜も日曜も勉強なんて」「働き病ワーカホリックいうらしいぞ」と地元採用の若手社員から陰口をたたかれるほどだった。しかし、柿崎の熱意は衰えることなく、彼らもその情熱に心を動かされていく。
 物語冒頭のこのエピソードから、柿崎が自分の身体のことなど顧みずに仕事にのめり込む技術者であること、その柿崎を思いやる上長がいることがわかる。病院にかかった柿崎は糖尿病だと診断され、放っておけば失明の危険があったと医師から聞かされる。その後は節制して視力も回復し、上司や同僚、部下とともに悪戦苦闘しつつ、コンピュータ・コントロール・システムをつくりあげていく。
 一方、事務系の社員たちも技術者とは別のやり方で工事に貢献しようとする。地域対策である。地元にとっては、誘致したとはいえ昭栄化学工業はよそ者だ。いざ工事が始まれば摩擦が起ることもやむをえない。地域との相互理解のためには、パイプ役が必要だった。そこで、市議会選挙にコンビナートの代表を立てることになる。
 コンビナートは社会的影響力が大きく、現場の地域対策のほかに、本社でも通産省(現・経産省)との間で生産量の認可をめぐる粘り強い交渉を続けていた。『生命燃ゆ』は、「働く」ことを描いただけでなく、技術者、事務系社員、経営者たちがそれぞれの立場で奮闘し、巨大コンビナートができるまでをドキュメントした小説でもあるのだ。
 小説にあえてドキュメント(記録)という言葉を使ったのには理由がある。著者の高杉良は、「経済小説の生命線はリアリティに尽きる」とつねづね語っており、モデルとなった人物や企業とその周辺を徹底して取材することで有名だからだ。石油化学コンビナートの舞台裏を描いた『生命燃ゆ』は、「石油化学新聞」という業界紙で編集長を務めていた高杉にとって、キャリアを存分に生かした作品でもある。実際、執筆当時、高杉はまだ二足のわらじを履いていた。「昭栄化学工業」のモデルは「昭和電工」であり、「柿崎仁」のモデルが「垣下かきしたさとし」であることは作者自身も認めている。そもそも執筆のきっかけが「西本康之」のモデルである岸本きしもと泰延やすのぶ(のちに昭和電工社長などを歴任)から、ある社員について、昭和電工の社内報に書いてほしいという申し出を受けたことだった。岸本から垣下の話を聞いた高杉は、一般向けの小説になると確信する。そして、岸本も驚くほどの熱意で取材を行った。

工場の関係者、家族を始め、主人公の主治医にいたる迄、そして舞台も本社、工場は勿論、遠く中国の大慶にまで足を運ばれた。執念とも言える熱心さであった

岸本泰延「『生命燃ゆ』によせる思い出」 『高杉良経済小説全集』第一巻月報12 より

 高杉は取材を徹底する一方、当然のことながら、小説にするために事実を再構築している。

ただ、これは小説ですから、垣下さんに比重を置いた書き方をしています。(中略)垣下さんの周囲にいた方の了解のもとに、ほかの人がやった仕事も、小説のなかでは垣下さんがやったように書いているところがあります。主人公が亡くなった人ですから、どんなに謳いあげても、誰にもアレルギーはありません。ある種、いくら褒めてもいいわけです

対談 高杉良×佐高信「仕事にかけた男の情熱」『高杉良経済小説全集』第一巻月報12 より

 高杉はこの発言に続けて、脚色部分として、「大慶へ」の章で、柿崎が技術輸出のために中国へ行ったエピソードを挙げている。モデルとなった社員は健康上の理由から中国へ行くことはかなわなかった。しかし、小説としては、主人公が中国へ行くことが必要だったのである。とはいえ、来日した中国の技術者たちから慕われていたことは事実だという。ということは、「柿崎仁」はモデルとなった社員のみならず、このプロジェクトに関わった社員たちを代表する存在でもあるのだ。さらに言うなら、当時の無名の会社員たちの象徴と解釈することもできるだろう。中堅社員として先陣を切って仕事に打ち込みながら、部下を育て、時には上に意見することもある。その姿は、高杉が『金融腐蝕列島』シリーズを始めとする作品のなかで、一貫してエールを送ってきたミドルたちの姿とも重なる。企業が達成した偉業は、社長や会長、役員の手柄として歴史に残る。しかし、現場では名も知れぬ社員たちが歯を食いしばって働いていたという事実を忘れてはならない。
 ところで、この『生命燃ゆ』の初版が刊行されたのは一九八三(昭和五八)年である。初版刊行から約三五年。経済小説の第一人者として数多くの作品を発表してきた高杉良の作品のなかでも人気の高いロングセラーであり、今回の文庫化は実に四度目となる。
 では、いま、『生命燃ゆ』を読むとはどういうことなのだろうか。平成が終わり、元号が改められる転換期にあって、政府は「働き方改革」を打ち出し、私たちの労働観も変わりつつある。企業に目を向ければ、ものづくりを誇ってきた日本企業の存在感が、世界で薄れかけているのは周知の通りだ。また、社会全体としても、少子高齢化社会の閉塞感が、私たちから自信を奪おうとしている。先行き不透明な時代だからこそ、生きるとは? 働くとは? という原理的な問題をあらためて問い直さざるをえないのである。そんな私たちの目に、柿崎の生き方はまばゆいほどの輝きを放っている。
 柿崎が生命を燃やしつくした大分石油化学コンビナートは、いまも操業を続けている。その背景にどんな物語があったのかをぜひこの小説で知ってほしい。『生命燃ゆ』は、この国の経済発展に貢献した一大プロジェクトに関わった無名社員の仕事と人生を余すところなく書くことで、「仕事にかける人生」、「完全燃焼する人生」が時代を超えた普遍的価値があることを教えてくれる。次代に読み継がれるべき古典と呼ぶにふさわしい作品だ。


ご購入&試し読みはこちら▶高杉良『生命燃ゆ』


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