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レビュー

物流業界の下剋上!運輸会社最大手VS世界的通販会社――物流の覇権を巡る戦いが今始まる『ドッグファイト』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:横田 増生 / ジャーナリスト)

 本書は、宅配業界最大手のコンゴウ陸送とアメリカのネット通販のトップ企業であるスイフトとの、食うか食われるかの攻防戦を描いた企業小説である。タイトルになった「ドッグファイト」とは戦闘機同士の激しい空中戦を意味する。
 物語は、コンゴウ陸送の全取扱量の3割をスイフトが占めるという「完全に金玉を握られ」た状態から始まる。物量は多いが大口割引により運賃単価は安い。そのためコンゴウは「豊作貧乏」という業績に甘んじている。ドライバーの目から見ると、作業量は5割増しとなりながらも、給料は1割減ったというのが実感だ。そうした状況では、過度な負担がドライバーへのしわ寄せとなり、長続きするはずもない。
 小説であるが、コンゴウ陸送がヤマト運輸を指し、スイフトがアマゾン・ドット・コムを意味しているのはいちもくりようぜんだ。脇役として佐川急便や日本通運、イトーヨーカ堂を連想させる企業もでてくる。
 本書の主役は、コンゴウ陸送のぐんきよたかだ。
 経営企画部から貨物営業部への異動となり、スイフトの担当となった郡司は、全社を挙げてスイフトに迎合している現状に不満を抱いている。コンゴウがスイフトに依存していることの裏を返せば、スイフトにとってもコンゴウとの取引が生命線となっているはずだ、と考えている。
 郡司の交渉相手となるスイフトの担当者はほつだ。アメリカの大学でMBAを取ってスイフトに就職。同社の創業者兼CEOであり、社員から恐れられるマーク・キャンベルに心酔している。彼女自身、社内で無用と思われる人物にクビを言い渡す時でも顔色一つ変えないという強心臓の持ち主である。ドライでビジネスライクを絵に描いたような女性だ。
 郡司が初めて、堀田に会った時の第一印象は、

柔らかにして、さわやかな口調。肩の高さで切り揃えたさらさらの黒髪。控えめな化粧。エメラルドグリーンのブラウスに白のジャケット。黒のパンツ。
物流担当というからには、もっと泥臭い女性を想像していたのだが大違い。まるで、女性雑誌のグラビアから抜け出てきたような容姿、出で立ちである。
何よりも美人である

 というものだった。
 しかし、この〝美人〟は、なかなかのくせもので、ごわい交渉相手だった。郡司との初対面の話し合いで、コンゴウ陸送が大規模な投資をして、ようやく開始にこぎつけた東京─名古屋─大阪間の当日配送の計画に、堀田がコバンザメのように食いついてくる。
 新たな幹線輸送の配送網で、スイフトの生鮮食品を運んでくれと言い始める。常温品の輸送と比べ、生鮮食品の輸送には、高いノウハウや優秀な人材、それに見合った投資の積み増しも必要になる。そうそう簡単にのめる話ではないのだが、堀田は、明日の天気の話でもするようにやすやすと言ってのける。
 その堀田の言葉の裏には、キャンベルCEOが、世界に類を見ないサービスレベルを誇るヤマト運輸、ではなくコンゴウ陸送を手に入れて自社の世界戦略の一部に取り込みたいともくむ意図が隠されていた。
 スイフトが次々と無理難題を吹っ掛ける一方、コンゴウ陸送の郡司らは面従腹背で、スイフトの要求を唯々諾々とのんでいるように見せかける。
 スイフトとコンゴウの関係が抜き差しならないところに至るまで我慢した郡司らは、温存してきた打倒スイフトの新事業を立ち上げる。その新事業の肝は、荷物を出す側も、運ぶ側も、受け取る側もそれぞれが得をするという三方一両得というもの。地域社会の衰退や買い物難民といった現代日本が抱える問題を解決するという考えもこの新事業の根底にある。
 自社の利益だけを計算に入れて行動するスイフト式の世界観とは全く逆の手法で立ち向かおうとするところに、すがすがしさを感じる。
 小説であるため参考文献等の記載はないが、著者の楡周平氏が関連書籍や雑誌記事などを読み込み、十分に取材をした上で執筆しているのは明白だ。その上で想像力を働かせ、ベゾス、ならぬキャンベルらに企業戦略を語らせるところにこの小説のだいがある。
 単行本が出版されたのは2016年7月。
 私は物流業界の現場を取材しているフリーランスのジャーナリストという立場から、本書が書かれた後のヤマト運輸とアマゾン・ドット・コムの取引関係の変化について、2、3付け加えておきたい。
 ヤマト運輸とアマゾン・ドット・コムの関係は、本書が書かれた直後に大きく変動する。まずは、ヤマト運輸に17年に入って、7万人超という主にドライバーに対する未払い残業代という問題が浮上した。最終的にヤマトが支払った未払い残業代の総額は約230億円。一企業が支払うサービス残業代としては前代未聞の高額に上った。本書が冒頭で指摘したように、ドライバーへの過度な負担が、未払い残業代という形で表面化した。
 ヤマト運輸はその後、働き方改革に本腰を入れざるをえなくなった。働き方改革の3本柱は、1つが輸送する宅配便個数の総量を抑制すること、2つ目が現場の人員を増やすこと、3つ目が大口法人に対する運賃の値上げだった。
 運賃値上げの最大の焦点は、アマゾンの運賃がどこまで上がるのかにあった。1個当たり280円前後と最低水準に張り付いてきたアマゾンの運賃は、交渉の結果、4割高い400円台での決着となった。私の取材では、「1個460円」という数字も聞こえてきた。これを機に、ヤマト運輸の1個当たりの平均単価も大幅に上昇し、親会社であるヤマトホールディングスの業績も急速に回復している。ヤマトの幹部は、「値上げで手にした原資を、働き方改革にあてたい」と語る。

 楡氏は、小説家に転身する前の会社員時代、米大手メーカーの物流担当をしていた経験がある。その時の経験をベースに、物流関連の小説を他にも著している。『再生巨流』と『ラスト ワン マイル』である。本書と『ラスト ワン マイル』とは、小説の設定は違うが、共通するのは、土俵際まで追い詰められた物流業者が、最後は起死回生の策を仕掛け荷主企業をうっちゃって、勝利を収める点にある。
 私自身、フリーランスとなる前、物流業界紙の記者として働いていた。そこで痛感したのは、物流業者と荷主企業の力関係の格差であり、荷主企業内における物流業務への評価の低さであった。
 暗黙の了解として、物流業界紙が書いてはならないことの一つに、物流業者が取引をしている荷主の名前があった。たとえば、物流業界の売上高トップである日本通運にとって、キヤノンが大口の荷主であるのは、だれもが知る事実だった。しかし、「業界紙ごときが、荷主様の名前を書くとはけしからん」という訳の分からない理屈がまかり通っていた。それほど荷主企業に配慮しなければならないぐらい、物流業者と荷主との力には差がある。
 ならば、と思って、荷主企業の物流担当者を数人集め、座談会を開こうと企画した。荷主が、自分の口から物流業者の話をする分には構わないだろう、と考えたのである。すると、ある荷主企業の「取締役物流部長」という肩書の人物が、こう言って座談会の参加を断ってきた。
「私は、一応、取締役という肩書はついていますが、物流部長というのは、草野球でいうライトで8番ですから、たとえ業界紙であっても、私がべらべらしゃべったことが活字になると、社内で不要な波風が立つんです」
「うーん」と深く考えさせられる一言で、20年以上たった今でも鮮明に覚えている。物流部長がライトで8番なら、経営企画部長はエースで3番、営業部長はサードで4番──あたりとなるのか。私は業界紙で働く間、物流業者の悲哀と、荷主企業の物流担当者の哀愁を何度も感じた。
 楡氏の著作を読んで、私がうれしくなるのは、そんな日陰者の世界である物流業界を舞台にした小説を書き、しかも物流業者と荷主企業が争った結果、圧倒的な弱者である物流業者が勝つ点にあるのだ。それこそが、小説が持つおもしろさだ、と思うのである。
 本書を楽しまれた読者には、『再生巨流』や『ラスト ワン マイル』も、手に取ってみることをお勧めする。そこには、裏方ながら、企業活動の背骨にあたる物流業務とはどんなものなのかが、分かりやすく描かれており、企業経営のみならず、日本経済をも見直す視点がちりばめられている。

ご購入&試し読みはこちら▶楡 周平『ドッグファイト』| KADOKAWA

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