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竹宮ゆゆこの劇薬青春小説を読む!【『いいからしばらく黙ってろ!』刊行記念書評リレー②池澤春菜】

2020年2月14日(金)、竹宮ゆゆこさんの新刊『いいからしばらく黙ってろ!』が発売になりました。
刊行にあたり、本作の熱量にビビッと反応してくださった皆さんによる【刊行記念書評リレー】を配信いたします。
>>書評リレー①瀧井朝世さん「自分を変える第一歩」

輝かしきお馬鹿たちへ

評者:池澤春菜(声優・女優・エッセイスト)

 声優、俳優になりたいんです、どんなことをしても夢を叶えてみせます、と目をキラキラさせて言う志望者に、つい言いたくなる言葉があります。言わないけど。

 その“どんなことをしても”の中には、40、50になって、6畳一間風呂無しトイレ共同築45年のアパートに住みながら、日々掛け持ちのバイトをして、いつ来るかわからない、受かるかもわからないオーディションの話を待ち続ける未来も含まれていますか?と。

 もちろん言いませんよ。絶対言わない。口が裂けても言わない。割と裂けそうになるけど。

 でも、この世界にはそういう人たちがたくさんいるのです。そしてその状況でも、その人たちは確実に、幸せなのです。

 何故かと言えば、理由は簡単。役者は、馬鹿だから。

 わたしはお稽古が嫌いで、同じことを何度も何度も繰り返すのが本当に苦手。だからいつも稽古中は「なんでこの芝居引き受けちゃったかなぁ、失敗したかなぁ、めんどくさいなぁ、まだやるのかなぁ」とダラダラ思っている。でも千秋楽の幕が降りた瞬間にその陰で思うのは、「さぁ次の舞台どうしよう」。何故か。馬鹿だからです。

 この地上で1番馬鹿で、1番理屈に合わなくて、1番猪突猛進で、1番後先考えなくて、1番未来がないのに、1番笑っていられるのって役者かもしれない。だって馬鹿なんだもの、幸せなんだもの、演劇と言うものに関わっていられるだけで、幸せで幸せでたまらない。周りからは、「大丈夫なの? もうそろそろ落ち着いたら? いつまでも夢見てないで」と言われようとも、そんな理性溢れるコメントが受け入れられる状況じゃないんです。きっとみんな本当に親身になって心配してくれているとは思う。でもその人たちにはわからない。とんでもなく常習性の高い、最高に脳を痺れさせてくれる、この上なく危険な演劇と言う麻薬の魅力は。もしくはむしり取るばっかりで全然見返りはなく、教義は理不尽で、ご本尊もいるんだかいないんだかわからなくて、信者は同じ信者である自分が見ても絶対おかしい、そんな演劇と言う宗教の魅力は。

 自分で書いていてやっぱり思うけど……役者って本当になんというか……もう……。

 でも、自分ではない自分になれる魔法、それに抗える人がいるでしょうか。だから役者は、自分の人生全部を賭けて、人の人生を生きるのです。

 竹宮ゆゆこさんの『いいからしばらく黙ってろ!』にはそんな演劇の幸せと不幸せと熱狂と刺激と残酷さと、突き抜けたお馬鹿である役者の魅力が全て詰まっています。絶望的な状況に、迷うことなく突き進んでいく特異な生き物の生態が、そりゃもう赤裸々に、余すところなく。

 わたしが冒頭で志望者たちに言いたかった酷な台詞は、物語の中で蘭も言っています。

あたしは、あんたが現実に戻った時に、夢の中で失ったものの量をできるだけ減らしといてやりたいの。おせっかいかもしれないけど、そういう打ちのめされ方を知ってるから、みすみす失おうとしてる奴をほっとけない。

 それでも、この世界に身を投じたい、舞台の上で、カメラやマイクの前で、あの熱狂に身を投じて生きたい、と思う人は全力で歓迎します。だって貴重な貴重なお馬鹿仲間ですもの。


竹宮ゆゆこ『いいからしばらく黙ってろ!』

竹宮ゆゆこ『いいからしばらく黙ってろ!』


 そんな生き方、憧れるけれどできない、普通はそう思うでしょう? でもね、もう一つあるんです。誰かの人生を生きる方法。しかもこちらはもう少しお手軽で、対価に人生を差し出さなくてもいい。

 読書、っていうんですけれどね。

 きっとこの物語を読んだ人は、龍岡富士と一緒に笑って泣いて走って振り回されるでしょう。圧倒的な才能と圧倒的ダメさを持つ役者たちに呆れかえりつつも魅了されていくでしょう。

 そして読み終わったあとに、ぐったりと幸せな疲れを覚えつつ、こんな人たちが身近にいなくて良かった、と心から思うことでしょう。

 役者とは、舞台の上か、テレビの向こう、もしくはページの中でのみ付き合うに限ります。

竹宮ゆゆこいいからしばらく黙ってろ!』詳細(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321908000118/


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