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レビュー

「熱」の一語が物語に現れる時、登場人物を突き抜け、心が爆ぜる。『熱源』(文藝春秋)

 物語は。

これから“来る”のはこんな作品。物語を愛するすべての読者へブレイク必至の要チェック作をご紹介する、熱烈応援レビュー!

川越宗一『熱源』(文藝春秋)

 豊臣秀吉の朝鮮出兵を、島津しまづ藩の侍大将・朝鮮国の被差別民・琉球国の密偵——三人の男の視点から描いた『天地に燦たり』で、川越宗一は第二十五回松本まつもと清張せいちょう賞を受賞した。彼らは人が獣のように殺し合う野蛮な世界にあっても、他者に対する「礼」を失わずに生きようと試みる。血なまぐさい戦場シーンが幾度か現れているにもかかわらず、全編に静謐せいひつで哲学的なムードが横たわっているのは、それが理由だ。
 そのムードは、第二作『熱源』にも入り込んでいる。今回の舞台は、樺太からふと(サハリン)。一九世紀後半から二〇世紀前半にかけて、かの地で命を燃やした二人の男の生涯を追い掛ける。まず登場するのは、樺太アイヌのヤヨマネクフだ。序盤は樺太がロシアの領土となったために九歳で北海道へ集団移住した歴史的背景や、イヨマンテ(熊送り)に象徴されるアイヌ独特の伝統文化、「和人」からの差別の視線といった現実に触れながら、十五歳の彼が村一番の美女を射止めるまでをっていく。息子ももうけたが、予防接種をしていれば防げたはずの疫病で妻は死んだ。「故郷へ帰りたい」。妻の遺言が、その後の彼の人生の指針となる。樺太へ再び渡るために手に入れた日本名は、山辺やまべ安之助やすのすけ。その名は明治四三年(一九一〇年)、日本初の南極観測隊に参加した人物として史実に残る。ヤヨマネクフ=山辺安之助はどのような人生を経て、いかなる動機の元で南極へと向かったのか?
 もう一人の主人公は、リトアニア生まれのポーランド人・ブロニスワフだ。故国を支配するロシア帝国への反発から学生運動に身を投じた二十歳の彼は、皇帝暗殺計画の一員とみなされ樺太の刑務所に送られる。極寒の荒野で過酷な開拓労働を強いられる日々の中で、少数民族であるギリヤークと出会った。彼らの存在が、ブロニスワフを回復させる。他者を理解しようとすることによって人間らしさを取り戻し、虜囚でありながら民族学者として名をなすようになるのだ。ブロニスワフもまた、史実に残る人物だ。山辺安之助から、樺太アイヌの伝統文化を伝承された人物として。理不尽な現実に翻弄されなければ出会うはずのなかった二人は、いかにして巡り合うのか。
 いわれなき差別にさらされる苦い現実と北国の厳しい冬の寒さが乗り移り、二人の人生を綴る筆致は基本、クールだ。だからこそ、「熱」が——比喩ではなく、具体的なその一字が——物語に現れる時、登場人物を突き抜けて読み手の心がぜる。そこにあるのは、例えば怒りであり悲しみ、愛であり情熱、儒教で言うところの「信」だ。「ただ生きる」のではなく、「より良く生きる」ために必要な全てのものだ。どんなに絶望に傾いたとしても、決して暴力に訴えようとしなかった二人の人生の中から見出みいだしたそれらを、拾い集め磨き上げることで、作者は物語に仕立て上げた。
 熱は、温度の高いところから低いところへと移動する性質を持つ。この一冊は、「ただ生きる」ことに慣れた、現代の人々の冷えた心を温めることだろう。時代も場所も異なる人々の生に触れる、歴史時代小説の真髄が、ここにある。

あわせて読みたい

葉真中 顕『凍てつく太陽』(幻冬舎)


アイヌ出身でありながら体制側の特高刑事となった日崎ひざき八尋やひろは、連続毒殺犯・スルクの影を追う。しかし、無実の罪で網走あばしり刑務所へ収監され——。終戦直前の北海道全土を舞台に、アイデンティティの問題をテーマに据えながら突き進む熱量満点のどエンタメ。昨年度大藪賞&推協賞受賞。


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