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レビュー

平成最後の直木賞作家! 鬼才・真藤順丈がストーカー気質の巡査をコミカルに描く『夜の淵をひと廻り』

 驚いた! 真藤順丈がこんな真正面のミステリを描いたとは。
 これが本書『夜の淵をひと廻り』を最初に読んだ時の感想である。
 真藤順丈といえば、物語が記された地図帳の謎を巡る『地図男』(二〇〇八年。メディアファクトリー→MF文庫ダ・ヴィンチ。第三回ダ・ヴィンチ文学賞大賞)、監視社会を舞台にした近未来SFの『RANK』(二〇〇九年。ポプラ社→ポプラ文庫。第三回ポプラ社小説大賞特別賞)、第一次産業とアクション小説を融合させた『畦と銃』(二〇一一年。講談社→講談社文庫)、双子の兄弟の亡骸を頭に埋め込んだ男が戦後アジアの闇を渡り歩く『墓頭』(二〇一二年。角川書店→角川文庫)などなど、ひとつのジャンルに括ることの出来ない作品を発表し続ける作家だ。それはありとあらゆるジャンルの美味しいところを縫合した、ぬえのような怪しい魅力を放つ。捉えどころの無さこそが、真藤順丈という作家の本質だったというべきか。
 ところがどうだ。『夜の淵をひと廻り』はエキセントリックな探偵役が登場し、異常な事件を解決するという、謎解きミステリの骨法でしっかりと読ませてくれるではないか。かつて連城三紀彦の『戻り川心中』や泡坂妻夫の〈亜愛一郎〉シリーズをミステリの教材のように読んでいたという真藤だが(「WEB本の雑誌 作家の読書道」インタビューより)、バラエティに富んだアイディアを各編に散りばめ驚かせる本書は、確かに短編ミステリの楽しさを伝えてくれる連作集に仕上がっている。
 おまけに、である。そうした謎解き小説という核を持たせながら、敢えてジャンルの枠からはみ出るような展開や仕掛けを、作者は随所でやってのけてしまう。『夜の淵をひと廻り』は真藤順丈が初めて取り組んだ本格的なミステリでありながら、ジャンルの壁を壊さんとする真藤らしさを両立させた稀有な作品なのである。
 舞台になるのは西東京のいくつかの主要都市に挾まれている架空の町、山王子だ。そこで交番巡査を務めるシドが本書の語り手にして、探偵役である。
 ミステリ好きにとっては、このシドの造型にぐっと心を掴まれるはずだ。彼は「全住民へのストーカー」と揶揄されるほどの詮索魔であり、証明写真の切れ端や給与明細といったあらゆる地元住民の情報を集めては自宅にコレクションしている。本人は地元住民を護りたいゆえ、職務熱心になっているだけなのに、と思っているのだが、これじゃ地元のヒーローどころか犯罪者と紙一重だよ。しかし街でひとたび事件が起きると、シドのデータベースがフル稼働、常人には思いもよらない着眼点から真相を暴いてみせるのだ。そう、シドは巡査でありながら、乃南アサ『ボクの町』や佐々木譲『制服捜査』の主人公のようなコミュニティ・ヒーローとしての警官とはひと味違う。例えば山口雅也の創造したパンク探偵、キッド・ピストルズが「パンク的思考」で狂気の論理を解き明かすように、あるいは鳥飼否宇の作品に登場する変態数学者、増田米尊が変態の力で真相を喝破するように、シドは詮索魔ゆえの思考によって捜査を進める。特異な視点を持つ名探偵の系譜に近いキャラクターなのだ。
 本書は詮索魔巡査・シドが手記を綴る形をとっており、全編を通すと山王子という街の年代記が出来上がるようになっている。以下は収録順にシドの事件簿を追ってみることにしよう。
 劈頭へきとうを飾る「蟻塚」(単行本刊行時の書き下ろし。以下「書き下ろし」は同様)は、新米時代のシドが、先輩巡査と巡回を行う姿が描かれる。一編目から先輩に対して思わぬ推理力を披露するシドだが、実は本編でその後の人生を決定づけてしまう出来事に見舞われるのだ。「蟻塚」という短編そのものが、長い物語を告げるプロローグなのである。
 さて、続く「優しい夜の紳士」(『小説 野性時代』二〇一二年七月号掲載の「シド巡査と通り魔」を加筆・修正のうえ改題)を読んだ読者は呆気に取られるだろう。冒頭でシドは信じられないような体験をし、現実と幻想の境界が曖昧になった世界にしばし迷い込んだ感覚に陥るからだ。何が起こるのかは具体的には書かないが、前の物語で抱いたイメージをあっさり裏切るような描写を用いて読者を惑わす辺りが、いかにも真藤順丈らしい。一方で謎解き小説としては、通り魔に刺された被害者が何故か加害者となって別の人間を襲う、という異様なシチュエーションが鮮烈である。
 三編目の「着飾るヴィジランテ」(『小説 野性時代』二〇一二年一二月号掲載の「われらが英雄の衣」を加筆・修正のうえ改題)は街で集中して起こった三つの死亡事件を巡る、収録作の中では最もオーソドックスな謎解きミステリ。ミッシング・リンク、意外な動機と、謎解き小説ではお馴染みの題材が満載の一編だ。
 続いての「笛吹き男はそこにいる」(『小説 野性時代』二〇一四年六月号掲載の「失踪者のメドレー」を加筆・修正のうえ改題)は一人称私立探偵小説で定番の失踪人探しに、「優しい夜の紳士」で見せたような奇妙な要素を加えた一編。シドが明かす構図の逆転が秀逸である。
 最も身近な恐怖を描いたのが五編目の「悪の家」(『小説 野性時代』二〇一三年六月号掲載の「ネペンテス」を加筆・修正のうえ改題)だろう。ここで真藤はまたガラリと趣向を変え、社会を震え上がらせた現実の事件を題材にとり、ある賃貸物件に潜む怪物とシドを対峙させている。前話の「笛吹き男はそこにいる」で味わった不思議な浮遊感は本編で一旦吹き飛び、途方もない悪意に戦慄することになるのだ。
 そして迎える六編目の「新生」(書き下ろし)。ここに至って、さらに思わず「えっ」と声を漏らすような事態が起こる。シドが迷宮入り事件を専門とする特別捜査チームに抜擢されるのだ。おいおい、連作集の途中でいきなり特殊技能を有した警察官たちの群像劇が始まるのかよ、と思ったら、さらにびっくりすることが待ち受けている。真相の異常性も含め読者をとことん振り回す展開が見事な、収録作中のベストだろう。
 その後、交番を訪れた人物の呟くメモワールを描いた「ぼくは猿の王子さま」(『小説 野性時代』二〇一四年三月号掲載の「qpb」を加筆・修正のうえ改題)、シドの後輩アイザワをメインに据えた「スターテイル」(書き下ろし)を経て、ラストの一編「夜の淵をひと廻り」(書き下ろし)へと到達する。年代記の終着点で読者が垣間るのは、神話的な陰影を備えた光景である。前出の『墓頭』然り、最新長編の『宝島』(二〇一八年。講談社)然り、長い年月のなかで右往左往する個人を壮大に描く、という意思に貫かれた作品を真藤は書いているが、本書もまた同じなのだ、ということを痛感して読者は本を閉じるはずだ。
 本書は『小説 野性時代』に掲載された五編を改稿のうえ改題し、さらに四編の書き下ろしを加える形で二〇一六年一月にKADOKAWAより単行本化された。二〇一六年一二月に新宿五丁目の「Live Wire HIGH VOLTAGE CAFE」で開催された「bookaholic認定ミステリーベストテン2016」(出演者:杉江松恋、千街晶之、若林踏)にて本書は第一位に輝いており、真藤はその記念として同会場で二〇一七年一月に開かれた「bookaholicラジオショー 喋る本棚#3」に出演し、本書の執筆背景などを語っている。音源がウェブ上にアップされているので、興味のある方はお聞きいただければと思う。
 正気と狂気。現実と夢想。その境界線を行ったり来たりしながら、シドの事件簿と山王子の歴史は紡がれていく。ジャンルのメソッドに寄り添ったと思ったら、時おり盛大に外してみせる筆運びは予測がつかず、スリリングな体験を提供してくれる。『夜の淵をひと廻り』とは、そういう短編集なのだ。謎解きミステリが好きな人も、とにかく変な話が読みたい方も、一度手に取れば幸福な読書が約束されるはずだ。

>>真藤順丈『夜の淵をひと廻り』


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