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レビュー

われわれはどこから来たのか、どこへ行くのか 『オリジン上・下』

 二〇一六年の九月に、ダン・ブラウンの次回作のタイトルが Originであると発表されたとき、作品のテーマとして伝えられたのは、人類にとっての最大の疑問とも呼ぶべき、ふたつの問いかけだった。
 われわれはどこから来たのか。
 われわれはどこへ行くのか。
 ハーヴァード大学教授ロバート・ラングドンを主人公とするシリーズの第一作『天使と悪魔』は、科学と宗教の対立や共存について徹底的に掘りさげた傑作だったが、つまるところ「進化論か、神か」を問うであろう新作も、おそらく似たテーマになることが予想され、わたしは期待と不安の入り混じった気持ちで刊行を待った。作者にとって得意な題材ではあるものの、ともすれば同工異曲になりかねないし、また、精神世界の深みにはまって不毛な理屈ばかりが先行する作品になる危険もあるからだ。
 だが、二〇一七年十月に原書が刊行されてすぐに一読したとき、それが要らざる心配だとわかった。『天使と悪魔』『ダ・ヴィンチ・コード』『ロスト・シンボル』『インフェルノ』につづくロバート・ラングドン・シリーズ第五作『オリジン』は、これまでにも増してスピード感と知的興奮に満ちた作品であり、あらためてダン・ブラウンの圧倒的な技量を思い知らされた。本国アメリカでも好評で、ベストセラーリストの上位に長く居つづけている。
 今回、ラングドンはかつての教え子である天才未来学者エドモンド・カーシュの招きに応じ、スペインのビルバオにあるグッゲンハイム美術館を訪れる。各界の著名人が集まったなかで、カーシュは全宗教の根幹を揺るがす科学上の新発見についてのプレゼンテーションをはじめるが、話の核心にふれようとしたまさにそのとき、凶弾に斃れてしまう。
 その場の状況から、カーシュ暗殺にかかわっていたのではないかと疑われたラングドンは、カーシュの協力者だった美貌の美術館館長アンブラ・ビダルとともに逃走し、人工知能ウィンストンの助けを借りながら、カーシュが何を発表するつもりだったのかを粘り強く探っていく。
 真相を知るための四十七文字のパスワードは何か。暗殺の黒幕と目される〝宰輔さいほ〟や、陰謀論サイトへ裏情報を流す〝監視番〟モンテとは何者か。カトリックの司教や王宮の広報担当者、近衛部隊の隊長や隊員、さらにはスペインの国王や王子はこの事件にどう関係しているのか。そして、人類はどこから来たのか、どこへ行くのか……。
 ダン・ブラウンの作品では、作中で語られる美術や文学や歴史や科学についての数々の蘊蓄うんちくがこの上なく楽しい。ただ、昨今はだれでも簡単にネット検索で情報を引き出せるようになり、初期作品に比べて驚きやありがたみが薄れるのではないかという懸念があったが、『オリジン』では、その不自由な状況を逆手にとって、登場人物たちにどんどんスマートフォンを使わせたり、人工知能の驚異的な処理能力を利用させたりし、そういう制約のなかでも読者の知的好奇心を巧みに刺激しつづける新たな手法を編み出している。最新のトピックを物語に自然に組みこむ手腕もみごとなもので、今回もまた極上のページターナーとなっている。
 シリーズ最大の魅力とも言える美術作品への言及も、過去の作品に引けをとらず、序盤はグッゲンハイム美術館にある斬新な現代アートの数々、中盤からはサグラダ・ファミリアや〈カサ・ミラ〉をはじめとするガウディの諸作などをたっぷり堪能できる。謎解きの鍵を握る作品についても、ぜひ画像検索などを楽しみつつ読んでもらいたい。
 一作ごとに新しい境地を切り開いて読者の度肝を抜くダン・ブラウンは、つぎはどんな作品を読ませてくれるだろうか。「われわれはどこへ行くのか」に劣らず興味深いのは、この問いかけである——「ダン・ブラウンはどこへ行くのか」。


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