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試し読み

高校二年生のわたしの父親は、探偵事務所を営んでいる。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み#2】

日本推理作家協会賞〈短編部門〉候補作。
探偵の真似事に興じる女子高校生がたどり着く、衝撃の真実とは。

虹を待つ彼女』で横溝賞を受賞し、青春小説の気鋭として注目を集める逸木裕。
最新作『五つの季節に探偵は』は、“人の本性を暴かずにはいられない”探偵が出会った5つの謎を描く、精緻なミステリ連作短編集です。
それぞれに年代のことなる、バラエティーに富んだ5つの短編から、1編目にあたる「イミテーション・ガールズ」を全文公開します。日本推理作家協会賞〈短編部門〉候補作にもなったミステリ短編をお楽しみください。



逸木 裕『五つの季節に探偵は』収録短編
「イミテーション・ガールズ」試し読み#2

       2

 夕食を終えて、わたしは自分の部屋に戻ってベッドに寝転がった。
〈みどりのお父さん、探偵なんだし〉
 萌音のみならず、学年中の生徒が知っている。わたしの父は、私立探偵だ。
 父はサカキ・エージェンシーという探偵事務所を、ひとりで経営している。大手の探偵事務所から三年前に独立し、いまはここ自宅の一階が仕事場だ。〈浮気調査/行方不明者の捜索/ストーカー・嫌がらせ対策/その他なんでも、お気軽にご相談ください。お見積もり無料〉。そんな看板が家の前に出ているせいで、わたしは友達を自宅に呼べなくなってしまった。
 父の仕事は、わたしも少し変わっていると思う。だから、親の職業をいじられるのは全然構わない。〈探偵ってどんな仕事をしてるの?〉と好奇心をぶつけられるのも平気だ。困るのは、萌音のようなケース、間接的な仕事の依頼だった。
 先輩のカップルを別れさせて。公園で飼っていた野良猫を捜してくれない? 三歳のときに離婚して出ていった母親を見つけてほしい。いままで全部、わたしのもとに実際に持ち込まれた依頼だ。萌音のように友達関係がある場合は穏便に断れるけれど、よく知らない相手からの場合はそうもいかない。断り続けていると〈こんなに頼んでるのに人でなし〉とか〈下手に出てれば調子に乗りやがって〉とか、いきなり相手がひようへんする場合もある。
〈探偵ってさあ、盗みとかもできんの?〉
 ふと、わたしは二ヶ月くらい前のことを思いだした。一年の最後の期末テストの前、好美から相談を持ちかけられたのだ。
〈盗みって? 人の家のゴミをあさったりすることはあるみたいだけど……〉
〈例えば……学校に忍び込んで試験問題を盗んだりとか、そういうことはできんのかなって〉
〈カンニングしたいってこと?〉
 わたしは呆れた。好美は成績はよくないが、こんな馬鹿な依頼をする人だとは思っていなかった。当然そんなこと、できるわけがない。普通に考えれば判りそうなものなのに、好美はしつようだった。
〈じゃあ、ハッキングは? ネットから学校のパソコンに入っていって、試験問題を盗んだりとか、できないの?〉
〈できるわけないでしょ。探偵をなんだと思ってるの?〉
 呆れるを通り越して感心するしかなかった。トンチンカンなことを言ってくる子はいるけれど、あそこまでのケースは珍しい。ただ、これでも最低のケースでないのが恐ろしいところだ。世の中にはもっとひどいことを言ってくる人もいるのだ。
「みどり」
 いつの間にか、うとうとしていたらしい。母の声が眠気を破った。
「お友達がきたわよ」
「友達?」
「なんか困ってるみたいだったけど」
 時計を見ると、二十時を過ぎている。わたしの脳裏を、恋する少女の顔がよぎった。
「友達って、誰? まさか、萌音って子?」
「さあ、よく聞き取れなかった。下で待ってるから、早く出なさい」
 父は、まだ帰ってきていないようだ。探偵の仕事時間はバラバラで、夜に家を空けていることも多い。萌音にじかだんぱんされることにはならなそうだと思い、わたしはベッドから腰を上げた。
「あ……」
 玄関から外に出ると、そこに立っていたのは萌音ではなかった。
 訪問者は、暗い表情でうつむいた、怜だった。
「どうしたの? こんな時間に……」
「ちょっと話したいことがあって。学校じゃゆっくり話せないから、直接きた」
 家に上がる? と目で合図をしたが、怜は黙って首を横に振った。親に聞かれたくない話なのだ。「お母さん、ちょっと出かけてくるね」と言い放ち、わたしはスニーカーを履いた。
 本谷怜。
 一年生のころも同じクラスだったけれど、きちんと話したことはない。
 怜はもともと、好美の取り巻きのひとりだった。運動神経がよくて陸上部で活躍しているだけでなく、百七十センチを超える長身で、ボーイッシュな美形。わたしなんかとは違い、好美が周りに置いておきたがるような、ハイスペックな女子だった。
 そんな彼女が好美たちから「外され」だしたのは、三ヶ月ほど前のことだ。
 理由はよく判らないが、気がつくと怜は好美たちに迫害されるようになっていた。無視され、の坊だの男女だとあざわらわれ、持ちものを捨てられたりしていたのだ。好美の排除は執拗で、怜と仲よくしている人までターゲットにされるので、周りからもどんどん人がいなくなっていく。怜はすっかり暗い顔つきになり、四月からは部活動も休んでいるらしい。
 ふたり肩を並べて、夜の街を歩く。春の夜の、乾いた暖かい空気がわたしたちを包む。吹く風は心地よかったが、わたしたちの間に漂う沈黙は、どこかいたたまれない。
「実は、折り入って頼みがあって」
 しばらく歩いたところで、怜が口を開いた。
「さっき、家の前にあった看板を見たよ。みどりのお父さん、本当に私立探偵なんだね」
 やはり、その話だった。
「なんでも気軽に相談してくださいって、書いてあった。ほんとになんでも、相談できるの?」
「何か困ってるの? 学校の宿題は見てくれないよ」
 わたしの軽口に、怜は全く反応を見せなかった。そのひとみが、暗く沈んでいく。
「清田のことを、調べてほしいんだ」

(つづく)

作品紹介・あらすじ



五つの季節に探偵は
著者 逸木 裕
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年01月28日

“人の本性を暴かずにはいられない”探偵が出会った、魅惑的な5つの謎。
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。わたしは、そんな厄介な性質を抱えている。

高校二年生の榊原みどりは、同級生から「担任の弱みを握ってほしい」と依頼される。担任を尾行したみどりはやがて、隠された“人の本性”を見ることに喜びを覚え――。(「イミテーション・ガールズ」)
探偵事務所に就職したみどりは、旅先である女性から〈指揮者〉と〈ピアノ売り〉の逸話を聞かされる。そこに贖罪の意識を感じ取ったみどりは、彼女の話に含まれた秘密に気づいてしまい――。(「スケーターズ・ワルツ」)

精緻なミステリ×重厚な人間ドラマ。じんわりほろ苦い連作短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000440/
amazonページはこちら

『五つの季節に探偵は』&『星空の16進数』。2作刊行記念、逸木裕インタビュー



「世間など関係なく、自分のルールに従って生きる人間が最強だと思います」ミステリ界の新鋭・逸木裕が描く、強烈な個性を持つヒロインたち
https://kadobun.jp/feature/interview/6iv8blin100s.html

『五つの季節に探偵は』レビュー



秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュー【評者:千街晶之】
https://kadobun.jp/reviews/entry-45177.html


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