わたしの見たものと同じだ。一瞬、見間違いであってほしいと思ったが、その望みは
ふと明人のほうに目をやると、彼はさっき立っていた場所から、一歩も動いていなかった。
「何してるの、ちゃんと捜して!」
「え、あ……うん」
明人は気のない返事をして、それから申し訳程度に、手近にあった段ボール箱を裏返す。わたしは
それから、ふたりで手分けして、その廃屋の中を捜し回ったけれど、青葉は見つからなかった。その家は、外から見た通りの平屋建てで、家の裏には
どこにも彼女はいなかった。やっぱり青葉は、あの部屋で消えてしまったとしか思えなかった。
「夏日」
と、明人に名前を呼ばれて顔を上げたところで、初めて周囲が暗くなっていることに気づいた。もう夕方だった。
「家に帰ろうよ」
「でも、青葉が」
わたしの妹が。そう答えたけれど、明人は首を振った。
「先に家に帰ったのかもしれないよ」
「山道を、ひとりで?」
明人は視線をそらし、家を囲んでいる森の奥をちらちらと見ている。薄闇がだんだんとわたしたちを取り囲む。わたしは彼が何を言いたいのか、わかってきた。
「ほら、おじさんかおばさんが迎えに来たのかも……あ、それか、門のところにいるかもしれない」
明人は怖がっていた。とにかく早くここから出たくて、それでいろいろと言い訳を並べているのだろう。青葉のことは心配していないのか。いや、そもそも、彼には心配する理由がないのか。わたしは彼に近寄り、吐き捨てるように言った。
「あんた、このまま青葉が消えちゃえばいいって、そう思ってるでしょ」
さっと彼の顔色が変わる。
「ちが……そんな……そんなわけないだろ!」声が裏返った。「消えればいいなんて、そんな……そんな……」
不幸な事故がきっかけで、青葉と明人は「特別な関係」になった。彼女の顔に傷が残り続ける限り、その関係は終わらない。だから明人は絶対に青葉から離れられない。あの子が望むまで、絶対に。
「だったら、ここで誓える?」
「誓うって何を」
「青葉を絶対に見つけ出す、って。青葉が見つかるまで、ずっと捜し続けるって」
明人に詰め寄った。それは八つ当たりのようなものだった。青葉の顔に傷をつけたことで、彼を許していなかったのは、実はわたしのほうだったのかもしれない。わたしは明人のことが憎くて、青葉が消えたことで混乱してもいて、だから、わたしはその場で彼をなじった。
しかし、明人は何も答えなかった。うんざりしたわたしは、もういい、と吐き捨てて、歩き出した。その後から、明人が慌ててついてきた。
門をくぐって外に出たわたしと明人は、そのまま来た道を戻った。さっきは三人で歩いた道を、今はふたりで歩いている。お互いに何も話さなかった。話したいとも思わなかった。夕暮れ時の山はしんと冷えて、遠くからわけのわからない鳥の声などが聞こえたけど、別に怖くはなかった。目の前で人が消えてしまうことのほうがよっぽど怖かった。家に帰って、両親になんて言えばよいのだろうと思うと、それも怖かった。
けれど、そんなものよりもっと怖かったのは、青葉がいなくなって、不思議とわたし自身も肩の荷が下りたような気持ちがしていたことだった。何か嫌な感情を彼女に押しつけて、そのまま消し去ったような感じがしていた。そういうふうに感じてしまうことも怖かったし、青葉と一緒に消えてしまったわたし自身の感情がなんだったのか、思い出せないのも怖かった。
急にどうしようもない不安が襲って、わたしはとうとう歩けなくなった。
そのとき、不意にだれかの体温が、わたしの体に触れた。
「大丈夫」明人が、わたしの肩をそっと抱いていた。「約束するよ。青葉は、おれが必ず見つけるから」
これがあの日、わたしと、明人と、そして青葉に起きたことだ。それでは最後に、こういう話のお約束を付け加えておく。
わたしたちは、あの家には二度と行くことができなかった。事件があった次の日、わたしと明人とでさっそく行ってみたのだけれど、何度あの道を通っても、建物はおろか、目印の門柱さえ見つからなかった。道を間違えているのか、タイミングよく取り壊されたのか、原因はわからない。青葉を飲み込んだことで満足し、家ごと蒸発してしまった、という説明がもっともしっくり来る。が、そんなはずはないだろう。
そういうわけで、青葉は見つからなかった。もちろん、今日までずっと見つかっていない。彼女は完全に消えてしまった。わたしの人生から。
この出来事から何ヶ月か経った頃、明人は両親の仕事の都合で県外へ引っ越すことになった。彼はとても悔しがっていた。青葉を見つけられないまま、町を去るのは残念だ、と。一方のわたしは冷ややかだった。そんなもの、ポーズに決まってる。忌まわしい土地を離れられてせいせいするはずだ。でも、二度と会わないかもしれない相手にそんな言葉をかけて別れるのは後味が悪いと思ったので、わたしは何も言わなかった。ただ、またどこかで、とだけ言った。
どんなお話にもパターンは存在する。わたしはそういうものを読み解くのが得意だ。妹が消え、残されたふたりは、それでも前を向いてそれぞれの人生を生きていく。そういう話なら、わたしにも想像がついた。
でも、この話はそうじゃなかった。
あの日、山道を下って集落まで戻ってきたわたしたちは、それぞれの家に帰った。もうすっかり日が沈んで、あたりは真っ暗になっている。きっと怒られると思い、おそるおそる玄関のドアを開けた。
「ただいま」
わたしの声を聞いた両親がすぐに飛んできて、どこへ行っていたのか、何をしていたのかと詰問が始まった。火に油を注ぐようで気が進まなかったけれど、さすがに妹がいなくなったことを、正直に伝えないわけにはいかなかった。わたしは覚悟を決めた。
「あのね」うつむいたまま、わたしは言った。「青葉がいなくなったの」
大騒ぎになるかと思ったのに、案外、両親は静かだった。というより、きょとんとしている様子だった。聞こえなかったのかと思ってもう一度言った。
「青葉がいなくなっちゃった。わたしと一緒にいたはずなのに、気づいたらいなくなってて」
両親は顔を見合わせ、首をかしげた。やがて、母が不安そうに言った。
「それ……だれのこと?」
(つづく)
作品紹介
あさとほ
著者 新名 智
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年07月01日
横溝賞受賞第一作。「人を消す物語」の正体は。長編ホラーミステリの神髄!
「わたしの周りでは、よく人がいなくなるらしい」幼い頃、夏日(なつひ)の目の前で双子の妹・青葉(あおば)は「消失した」。両親を含めた誰もが青葉のことを忘れ、彼女を覚えているのは、夏日と、消失の瞬間を一緒に目撃した幼馴染の明人(あきと)だけだった。青葉を忘れられないまま大学生になった夏日は、研究室の教授が失踪したとの報せを受ける。先生は、平安時代に存在したがその後失われてしまった「あさとほ」という物語を調べていたらしい。先生の行方と未詳の物語「あさとほ」を追う夏日は、十数年ぶりに明人と再会し、共に調査を始めるが――。二人が「行方不明の物語」の正体に辿り着くとき、現実は大きくその姿を変える。
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