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連載

冲方丁「骨灰」 vol.23

光弘は、祭祀場の管轄をする玉井工務店を訪れる。 冲方丁「骨灰」#3-7

冲方丁「骨灰」

※本記事は連載小説です。

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 行き先はあきばらだった。駅を下りて、携帯電話で地図を見ながら雑居ビルが並ぶ河岸付近の通りを進み、該当するビルに入った。一基だけあるエレベーターに乗る前に、竹中に電話をかけ、これから玉井工務店の事務所に入ることを告げた。
「じゃ、一時間後にな」
 竹中の後方支援を頼もしく思いながらロビーの表札を確認し、エレベーターで四階に上がった。
 外廊下に出ると、天井と手すり壁の間からさんさんと夏の光が注ぎ込んでいた。手すりの向こうは道路と川だ。非常階段のそばにスチール製の灰皿が置いてあったが、綺麗に掃除されており、事務所のドアの縁には『暴力団追放』のシールが貼られていた。
 少なくとも灰皿も掃除しないような管理不足のビルに事務所を構える、荒っぽい人種ではなさそうだった。
 インターホンのボタンを押すと、予想外にしゃきしゃきとした女性の声が返ってきた。
「はい。玉井工務店です」
「お忙しいところ失礼します。先日お電話させて頂いたシマオカ本社のまつながと申します」
「あー、はいはい。ちょっと待ってて下さいね。すぐドアを開けますから」
 拍子抜けするほど明るく告げられた。すぐにドアが開いた。施錠されてはおらず、わざわざ開きに出てくれたわけだ。落ち着いた色合いのシャツとスカート姿の年配の女性が笑顔をたたえて現れ、言った。
「狭いところですが、どうぞお入り下さい」
「はい、失礼します」
「初めまして。総務の玉井です」
 丁寧に名刺を差し出された。光弘も胸ポケットから名刺入れを出して一枚取り、頭を下げつつ交換した。
「松永です。よろしくお願いします」
「どうぞ、こちらにお座りになって下さいね。すぐ社長を呼んできますから」
 女性の玉井が言った。
 入ってすぐ薄いパーティションで囲われた応接スペースがあった。背の低いテーブルをソファがコの字形に囲んでいる。壁の一面に書棚があり、六法全書や、建設系の法律の参考書、各年の経済白書、都内の建設事故についての書籍が並んでいる。
 書棚の上に年季の入った神棚があり、青々とした葉を持つ何かの木の枝がささげられていた。神社でよく見るさかきの枝葉だろうと思ったが、確信はなかった。
 光弘はソファに座らず、立ったまま室内を観察して待った。
 パーティションの向こう側には、書類棚と事務机が所狭しと並んでいる。隅のほうで腕カバーをつけた男が、せっせと書類を片づけている様子が見えた。その男のそばの棚にビルや家屋の模型が陳列されており、印象としては工務店というより設計士の事務所に近い。少なくとも、暴力団関係者という風ではなかった。
 すぐに、別室から四人の人間が、応接スペースへと移動してきた。
 先ほどドアを開けてくれた女性、作業着を着た皺だらけの老齢の男性、そして同じく作業着を着た三十代半ばと思しき男性が二人だ。
 てっきり最も年上の男性が社長かと思ったら、若い方の一人が最初に近づいてきて、名刺を差し出し、光弘に頭を下げた。
「玉井工務店の社長をしてます、玉井よしです」
 その場にいる中で最も小柄で、ほっそりとし、若々しい顔立ちをしていた。眼鏡の分厚いレンズの奥で、つぶらな瞳がくりくりと愛想よく動いた。
 光弘は意外な思いをさせられながら、こちらもいんぎんに頭を下げつつ名刺を交換した。
「シマオカ本社IR部の松永と申します。本日はお時間を頂きありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、わざわざお越し頂いて恐縮です。こちらは、副社長兼管理長の玉井こうです」
 社長の玉井が、老齢の男性であるもう一人の玉井のほうへ手を振ってみせた。
 老齢の男性が、「玉井幸司です」と低い声で告げつつ名刺を差し出し、光弘の名刺と交換した。見るからに寡黙という感じの男性だ。表情もほとんど動かない。
 玉井だらけで誰が誰だか混乱しそうになる。どうやら一族経営らしいと推測したが、口には出さなかった。
 かと思うと社長の玉井が、もう一人の若い男性を紹介した。
「こちら、管理長をしております、あらそうです」
「荒木です。よろしくお願いします」
 急に違う姓が登場した。長身でがっしりした体格をしており、四人の中で最も工務店員っぽい印象だった。光弘は荒木とも名刺を交換した。四枚とも手に持ったまま、社長の玉井に促されて着席した。
 名刺をテーブルに並べ、改めて時間を取ってもらえたことへの感謝を述べた。
 そこへ、また別の年配の男性が、ペットボトルのお茶と茶碗を人数分、お盆に載せて現れた。社長自らお茶を汲むのを手伝い、全員で茶碗を回した。
「おー、お茶冷やしといたの。気が利くじゃない」
 などと社長が言い、
「へへ、でしょう」
 お茶を持って来た男性が自慢げに笑むのへ、
「さっきそこのコンビニで買ってきたんでしょうよ」
 荒木がにやっとして言った。
 女性が「もう、なんで言うのよ」と笑って荒木の腕を叩いた。「本当だよ」とお茶を持って来た男性が笑いながら光弘に軽く頭を下げつつ応接スペースから出ていった。
 いかにも上下の分け隔てのない、和気あいあいとした明るい雰囲気だ。おかげで来訪前の緊張はいっぺんに解けたものの、奇妙に落ち着かない空気を感じさせられていた。
 彼らのやり取りがあまりに滑らかで、作り物めいた印象を受けるからだろう。
「本当に、本社の方にお越し頂くなんて。大変なことですよ。ええ、ええ。御面倒おかけしてこちらこそ申し訳ありません」
 といった調子で、社長をはじめ、みな光弘には慇懃だった。身内同士の家族的な雰囲気とは裏腹に、ともすると距離を取ろうとしているのが感じられた。客は歓待すれども、原則として敬して遠ざけるべし、という決まりごとでもあるかのようだ。
 ──地方に来たみたいだな。
 地方の商工会議所に挨拶に回るときと似ていた。温かく迎えてはくれるが、たいてい仲間に入れてくれないのだ。多くは、広範囲の土地が購入されるか借地になったりすることによって大型店舗が建設され、地元の商売が影響を受けるのを警戒してのことだ。

▶#3-8へつづく


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