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連載

西條奈加「隠居おてだま」 vol.4

勘七の悩みを聞き出した千代太。子供たちは協力してある計画を立てる。#1-4

西條奈加「隠居おてだま」

※本記事は連載小説です。

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 手習いと遅い昼餉を終えると、すでに夕刻で、子供たちは家路につく。
 勘七が隠居家を出ると、千代太と瓢吉が追ってきた。
「勘! ちょっと待て」
「何だ? まだ文句があるのか?」
「そうじゃねえ、あやまろうと思って。殴って、悪かった! すまねえ!」
 かねじやくみたいに直角に腰を折り、深々と頭を下げる。
「瓢ちゃんがこんなに詫びているのだから、勘ちゃん、許してあげてね」
 千代太がにっこり笑ってとりなす。この顔には、勘七も弱い。ばつが悪そうにしながらも、懸命に虚勢を張る。
「……おれは、あやまらねえぞ」
「別にいいよ。おれももう気にしてねえし」
 さばさばと瓢吉に告げられて、勘七はくしゃりと顔をゆがめた。
「何でだよ、悪いのはおれじゃねえか! 殴られるようなこと、おれが言ったんじゃねえか!」
「やっぱり勘ちゃんも、悪いとわかっていたんだね。これで、おあいこだね」
 勘七の意地と強がりが、春の雪のように溶けていく。雪の下から顔を出したのは、ふきとうのようにいくにも皮をかぶった固いつぼみだった。
 勘七が、下を向く。ごめん、と小さな声がこぼれ出た。
「おめえ、何か悩みがあるんだろ? 無理いはしねえけどよ、語るだけでもすっきり
するぜ」
「内緒事なら、誰にも言わないよ。この三人きりで、外には漏らさないと約束するから」
「本当か? たとえば、じさまとかお師匠さまとか」
「勘ちゃんが口止めするなら、おじいさまやおばあさまにも明かしたりしないよ」
「師匠はともかく、ご隠居に話すと騒ぎがでかくなるからな」
 さもありなんと、三人がうなずき合う。瓢吉と勘七の弟妹は、小さな子たちとともに先に帰して、田んぼをながめる恰好で、あぜ道の端に腰を下ろした。
「勘ちゃんの悩みって、もしかして、お父さんのこと?」
 真ん中の千代太が、左の勘七に首をまわす。こくりと、勘七がうなずいた。
「お父さんとお母さん、仲良くしてないの?」
「いや、仲はいい。母ちゃんにも優しいし、いままで放ったらかしですまなかったって、おれやなつのことも構ってくれるし」
「じゃあ、何が不満なんだ?」と、右端から瓢吉がのぞき込む。
「不満はねえ。ただ、何ていうか、あんまり優し過ぎて、かえって噓くさくも見えてよ」
 千代太と瓢吉が、思わず顔を見合わせる。
「そりゃあ単に、慣れてねえだけじゃねえか、互いによ。おれも実は、この前、何年ぶりかで母ちゃんに会ったんだ」
「そうなの? 瓢ちゃんのお母さんて、いまどこに?」
「親父と離縁してから、別の奴と所帯をもったそうだ。いまはたかなわにいるってよ」
「おまえの方も、なかなかに難儀だな」
 勘七は気遣わしげな顔を向けたが、この件にかけてはすでに達観しているようだ。瓢吉は、あっけらかんと続けた。
「なにせあの親父だからな、おふくろが愛想をつかすのは無理ねえし、離縁となれば男子は男親につくものだろ。これも仕方がねえや」
 瓢吉の父親は、相応に腕のある籠職人だが、色街通いの癖が抜けず、稼ぎをみんなつぎ込んでしまう。とうとう女房に見限られ、離縁に至った。
「お母さんと、なかなか会えないんじゃ寂しいね」
「さすがに、もう慣れたよ。かえって久しぶりにおふくろに会ったとき、どんな顔をしていいかわからなくてよ、互いにぎくしゃくしちまった」
 勘七と父親もまた、未だに間合いが測れず、戸惑っているのではないか。瓢吉は、その見当を口にした。
「それも、ある……でも、それだけじゃねえんだ。父ちゃんが気味悪いくらい優しくなるのは、決まって『てら屋』から帰ってきたときなんだ」
「寺野屋って?」と、千代太が問う。
ぞうにある小間物問屋だ。いまはその店から注文を受けて、組紐を拵えてるって」
「じゃあ、お父さんもずっと、組紐師をしていたんだね」
「日雇いなぞもしていたそうだけど、結局はそれしか稼ぎようがねえからな」
 雑司ヶ谷には、職人修業をしていた頃の兄弟子がいて、そので寺野屋から注文を受けるようになったという。
「明日も父ちゃんは、寺野屋に品を届けにいく。だから、おれ、後を尾けてみようかと」
「雑司ヶ谷に何があるのか、確かめようってわけか。それなら、おれもつき合うぜ」
「参詣案内はいいのか? 瓢までいなくなりゃ、まとめ役がいねえぞ」
「だったら明日は、ふたりの代わりに坊がそのお役を務めるよ」
「おめえは朝から、手習いがあるだろ?」
「実で商いを学びにいくって言えば、母さまは許してくれるよ」
 千代太が言って、話は決まった。明日の約束を交わして、三人は別れた。

つづく


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