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〈家族の嘘〉が暴かれる時、本当の人生が始まる。どんでん返し家族ミステリ── 『家族解散まで千キロメートル』レビュー【本が好き!×カドブン】
カドブン meets 本が好き!
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『家族解散まで千キロメートル』レビュー【本が好き!×カドブン】
書評でつながる読書コミュニティサイト「本が好き!」(https://www.honzuki.jp/)に寄せられた、対象のKADOKAWA作品のレビューの中から、毎月のベストレビューを発表します!
今回のベストレビューは、武藤吐夢さんの『家族解散まで千キロメートル』に決まりました。ありがとうございました。
盗難されたはずの仏像が倉庫で見つかる。父のせいに違いない。これは仏像を家族みんなで返しに行く物語であり、家族とは何かを問う作品です。
レビュアー:武藤吐夢さん
※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。
引っ越しを数日後に控えたある日、倉庫から仏像が見つかる。
それは東北で盗難事件になり、今まさにニュースになっているものだった。
神主は「今日中に返還したら罪には問わない」とテレビで主張している。
「犯人は父に違いない」と家族みんなが思う。
というのも、この家の父はまともに働かない、ダメ人間な上、近所のおもちゃ屋の女店主と、仏像が見つかった倉庫で浮気をしているのを娘に目撃されている。
さらに父は、そのおもちゃ屋の名物人形を盗んだ過去がある。
この物語は、仏像を東北まで返しに行く物語です。
その間、いろんなことが起こる。そのスリリングな展開が面白い。尾行してくる不審車両、謎のパンク事件、仏像の近くに置いてあった謎の紙。
父を疑い、借金のある兄を疑い、不審な態度の姉の婚約者を疑い、母を疑い。
この推理の過程がなかなかに面白い。
神主が仏像を破損したにも関わらず、まったく罪に問うてこない点や、犯人が曖昧なまま日常に戻る様は少し気持ち悪いのですが、これはフェイント。ある事件をきっかけに、ここから犯人の動機や事件の真相が見えてくるラストまで一気に突っ走ります。
前半のスリリングな展開がやはり魅力的です。それと犯人の動機。これが本書のモチーフだと思うのですが、考えが時代より少し先を行っている感じがします。未来の家族像を提示しているかのようで個人的には楽しかったです。
「不倫っていけないことなの?」と姉が問います。
確かに、家族に迷惑をかけるのですから、良いことではありません。でも、この個人の罪を、どうして家族という単位で連帯責任しなきゃならないのか。この問いは興深い。
倉庫で仏像が見つかり、犯人は父だと思った家族は、こう考える。「仏像を時間までに返却しないと終わる」と。
主人公は婚約中で、相手は警官です。バレたら婚約破棄です。兄は会社を経営している。姉も婚約者がいます。
「父のため」と言いながら、本当はそれぞれ自分のために仏像を返却しようとしているのです。
それは父の犯罪は、妻や子にとっても連帯責任だから。
姉の婚約者の言葉が印象的です。
「僕らが普通と感じているあの家族像って、たぶんものすごく一元的で、驚くほど視野が狭くて、びっくりするくらい自分勝手なんです。」
この家族はバラバラです。父の浮気騒動から後、夫婦仲は冷めきっており、子どもたちは父を嫌悪している。父は居場所がなく旅行ばかりしている。家というのは安らぎの場のはずなのに、この父は居場所がなくて息苦しさを感じています。家族と一緒にいるのが苦痛なのです。しかし、世間体や常識があるから父という役割を放棄できないでいる。それは母も子も一緒なのだと思う。
家族はかくあるべきもの、という常識が、個人をがんじがらめに縛り付けているような印象を受けました。
主人公は、妻となるはずの女性と両親との同居を考えている。理由は家族だからということだが、母は希望するかもしれないが、父はおそらく望んでいません。彼女も本音では嫌だと思う。
家族のために不幸になることが正解なのでしょうか。
「家族だから」という固定観念が、義務みたいに重石になり生きづらくしているように感じました。
最終的に、この家族は解散します。
人は幸せになるために家族を作るのです。それが個人の翼を折る、自由を抑圧する装置になっているのだとしたら、それはもう本末転倒で、家族を無理してまで維持する意味なんてないというのが著者の主張なのかなと感じました。
壊れている家族に執着するのっておかしいよ。
そんなの誰も幸せになれないよ。
そんな問いかけをされているようでした。
著者の浅倉秋成さんというと、『六人の嘘つきな大学生』とか、『俺ではない炎上』とかミステリー色が強い優れた作品が多いのですが、本書はミステリーなのですが、フォーカスが家族の未来像にあるのだと感じました。僕はこのモチーフが大好きです。読む価値のある作品だと思います。
▼武藤吐夢さんのページ【本が好き!】
https://www.honzuki.jp/user/homepage/no12836/index.html
書誌情報
家族解散まで千キロメートル
著者 浅倉 秋成
発売日:2024年03月26日
〈家族の嘘〉が暴かれる時、本当の人生が始まる。どんでん返し家族ミステリ
実家に暮らす29歳の喜佐周(きさ・めぐる)。古びた実家を取り壊して、両親は住みやすいマンションへ転居、姉は結婚し、周は独立することに。引っ越し3日前、いつも通りいない父を除いた家族全員で片づけをしていたところ、不審な箱が見つかる。中にはニュースで流れた【青森の神社から盗まれたご神体】にそっくりのものが。「いっつも親父のせいでこういう馬鹿なことが起こるんだ!」理由は不明だが、父が神社から持ってきてしまったらしい。返却して許しを請うため、ご神体を車に乗せて青森へ出発する一同。しかし道中、周はいくつかの違和感に気づく。なぜ父はご神体など持ち帰ったのか。そもそも父は本当に犯人なのか――?
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322309001298/
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