【連載第14回】河﨑秋子の羊飼い日記「年末は詐欺にご注意を」
河﨑秋子の羊飼い日記
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北海道の東、海辺の町で羊を飼いながら小説を書く河﨑秋子さん。そのワイルドでラブリーな日々をご自身で撮られた写真と共にお届けします!
>>【連載第13回】河﨑秋子の羊飼い日記「骨まで推せる」
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年の瀬も近づくこのごろ。動物に年越しの概念があるはずもなく、奴らを世話する畜産業は変わりなく忙しいのだが、うちはチーズ工房も運営しているためこの時期は特に慌ただしくなる。予約のお歳暮用商品の準備に加え、年末年始で家族が帰省した時にチーズを食べさせたいという地元のお客さんからの注文が多いのだ。忙しくもありがたい。
一年前、同じように慌ただしくしていた時期に一本の電話がかかってきた。お年を召したらしき女性の声だ。注文かな? と思ったがどうも口調が険しい。
要約すると、「チーズに髪の毛が入っていた」という内容だった。
食品加工の現場では、細心の注意を払っていても異物混入の可能性を0にできない。もし発生した場合には誠心誠意対応をさせて頂くのが基本だ。まずは謝罪し、購入日・購入場所などを伺った上で、補償の方向を探る。この時もその方向でご対応していたのだが、話を聞くにつれて、ちょっと内容の雲行きがおかしくなっていった。
「お宅のチーズを買った友達から○○って種類のチーズを5個貰ったんだけど、そのうちのひとつに髪の毛が入っていた。気持ちが悪いので残りのチーズも全て捨てた。だから同じものを5個私に送ってちょうだい。友達は10月に札幌の店で買ったって言ってた」…という内容なのだ。
うちの工房では生産規模が小さいため札幌で販売はしていない。帳簿を見てもその時期にその量のチーズを札幌の人へ発送した記録はない。さらに言えば、買ってくれた人への補償は当然のことだが、それを貰った人に直接代替品を送るのは筋が違う。
なんかおかしいな、と思いながら、なるべく丁重に「ではご購入頂いたご本人様に代替品をお送り致します」と申し上げても「いや自分のところに送れ」の一点張り。その切迫ぶりに不審を覚え、お話を伺いながら、言われた住所と電話番号をとある検索にかけてみた。
ビンゴ。クレーム詐欺の常習犯として多数報告されている人物の住所・電話番号・氏名と一致した。
なるほど、と思った私は「詳細を調査した上で検討致します」という方向で電話を終わらせた。それきりだ。こちらから電話はしていないし、代替商品も送っていない。もしまた電話がかかってきたら、「そちらのお話が虚偽だった場合、代替商品を受け取った時点で詐欺罪が成立する可能性がありますが、本当に送ってよろしいですか? 当方は出るところに出る用意がございますが」と申し上げるつもりだ。そして、一年後の現在も電話はかかってこない。
日頃、人様の口に入るものを製造している側として、我々は混入事故が0になるよう努めているし、もちろん実際に何かがあれば誠実に対応させて頂く心づもりでいる。それを、架空の混入をでっち上げて責めてくるなど不届き極まりない。よっぽど警察に突き出すか、「そちらの身元と過去の素行は割れてるんですよ…どうです、ブラックリストから情報を削除してあげますから、そのかわり千円をこちらの口座(※歳末たすけあい運動の口座)に振りこみませんか」と逆特殊詐欺を持ちかけてやろうかとさえ思った。(※思っただけです。やりませんよ)
作り手側が忙しくて「とにかく補償をして早急に問題を解決したい」と思う時期を狙ったのかと思われる。今まで成功例が幾つかあったために増長したのかな…とも深読みできるが、もはや確かめる術はなし。
製造販売業の皆さま、お互い忙しい時期ではありますが、混入事故予防に細心の注意を払いつつ、妙な詐欺には気を付けましょう…。
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ちなみにこのしいたけは隣町の中標津町で生産されているもので 肉厚でプリップリ軸は丁度良い噛みごたえでしてその上にうちの ゴーダチーズをこれでもかと乗っけてオーブントースターでじわじわと じわじわとじわっじわと焼いてやるとチーズからしみ出る油と しいたけ由来のジューシーな汁が相まって非常に美味な一品です。
河﨑秋子(かわさき・あきこ)
羊飼い。1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。大学卒業後、ニュージーランドにて緬羊飼育技術を1年間学んだ後、自宅で酪農従業員をしつつ緬羊を飼育・出荷。
2012年『北夷風人』北海道新聞文学賞(創作・評論部門)受賞。『颶風の王』では三浦綾子文学賞、2015年度JRA賞馬事文化賞を受賞。
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