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連載

真藤順丈「ビヘイビア」 vol.16

逃走していた技能実習生のうち、一人が遺体で見つかった。直木賞作家・真藤順丈による現代ミステリ!「ビヘイビア」#4-4

真藤順丈「ビヘイビア」

※この記事は2020年1月10日(金)までの期間限定公開です。

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 なにしろ昨日の今日だ。ラム・ワンディ殺しの現場となったネットカフェは建物自体が封鎖されていて、城之内たちは周辺を車で流すことしかできなかった。かまわずガフは近づきたがったが、鑑識のように現場の遺留証拠をさらえるわけでもなし、行ってどうなる? 建物のなかはお前の在留カードを見たがる警察官がうようよしてるぞ、と諭したところでガフはようやく無鉄砲の虫を静まらせた。
 これじゃ本当にお守りだな、と愚痴りながら車を田端に向けた。例の団地でガフは散々な目に遭ったので、できることなら近寄りたくないようだったが、一連の事件に関わる場所はすべて洗いなおしたいという執念が、臆病風をせき止めているようだった。
「それじゃあ、おねげします」
「俺が?」
 住人に見とがめられたらまた騒ぎになるというので、路肩に停めた車でガフは待機、隠れ民泊に使われていたという住棟に城之内が行ってみることになった。こちらまでは警察の捜査はまだ回ってきていないらしい。敷地の店舗一帯はシャッター通りになり、泥のこびりついたジュースの空き瓶やびたじよが転がっていた。介護や就労支援の貼り紙が誰かに読まれた形跡もなく色せている。
 昨日までここに滞在していたネパール人を見た者はいないか、誰かと会ったり、誰かが訪ねてきたりしていなかったか、興信所の調査員を騙ってちょっとした聞きこみをしてみた。押し扉のエントランスに入ると古びた階段の脇にステンレスの郵便受けが並び、広告やチラシが無造作に突っこまれている。旧式の防犯カメラが設置されていたがおそらくダミーだ。すれちがう住民は高齢者ばかりで、時間をもてあました老人や東南アジア系の外国人にラムのことを聞いたが、語るに足るものを持っている人間は一人もいなかった。
 俺はいったい何が悲しくて、こんな老朽化した団地でかびほこりねずみの死骸の臭いを嗅ぎながら、下手な聞きこみの真似をしなきゃならないんだ。こんなことが何かの足しになるとも思えなかった。すぐに音を上げて、あとは適当に流した。それなりに時間を空けてから車に戻ると、
「いやあ、東京砂漠。無関心は恐ろしいね」と悪びれずに言った。
「東京に砂漠はないでしょ」とガフが冷たい目を向けてくる。
「都会の無関心のたとえだよ。誰もネパール人なんて見てやしない」
「ここにいたのは二、三日だし。しかたないね」
 手ぶらで戻ってくるのも想定ずみ、といった態度が鼻についた。やっぱりどうもイニシアティヴは自分が握っていると思いこんでいるふしがある。「だから言ったろ、素人調査には無理があるんだ」と言いながら城之内はだんだん腹が立ってきた。
 というか手がかりがないとわかっていて行かせたなら、こっちは徒労もいいところじゃないか。なにがどっちも探偵役だ。いくら万代の厳命とはいっても、ていのいい召使いになったわけじゃない。これからもこんな調子で、運転手兼御用聞きのようにあつかわれるとしたらとても我慢がならない。
「そういや、ここまでの乗車賃をもらってないな」
「え、お金払うの」
「お前ねえ、こっちは営業中なんだぞ。一キロなんぼで飯食ってるんだ。走ったぶんの料金は払ってもらうからな」
「だってそれは、万代さんが……」
「万代にもらってるのは〈貸切〉にするための金だ。賃走のぶんは別払いでもらう。払えないならここで降りろ、ここの民泊にでも泊まっていけ」
 大人気ねえ。と言いたげにガフは顔をしかめる。万代とそんな取り決めはしていない。腹立ちまかせにありもしないことをまくしたてたが、礼儀を知らないこの外国人にせめて「ジョウノウチさん、ありがとう」という当然の感謝を刷りこみたかった。
「七五四〇円になります、領収書は?」
「ジョノチさん、意地悪いね」
「本当ならあれだぞ、実験に付き合ったり、聞きこみを代わったりした手間賃は別だからな。こっちは好きこのんでこんなところに二日もつづけて来てやしない。俺はぼろいジャージのネパール人なんてどうだっていいんだ!」
「え、二日つづけてって。たしかにラムはジャージ着てたね」
「昨日も来たんだよ。で、あのジャージの背中を追っていった」
「ラムを?」
「そうだよ、聞いてないのか」
「聞いてないよ、え、ラムをけたの」
「ああ、ネカフェに入るところまで、この目で見た」
「ジョンノチさん、それ、早く言ってよ」

 池袋のロサ会館横から北口中華街に向かう路地の奥にその店はあった。腹が減っていたので、遅い昼食がてらガフを連れていった。
 諸外国のバックパッカーが好んで利用する店で、この時間でも客席は埋まり、飛びかっているのは中国語、英語とさまざまだった。カウンターで寿司のパックとビーフンとそうざいを買って、ウォーターサーバーから水を汲んでくる。ここなら腹一杯食って千五百円もかからないし、客層からして盗み聞きを気にせずに込み入った話ができた。
「さあ、食え、ここは俺のおごりだ」
「ありがとうございます」
 言葉とは裏腹に、奢りならもっとぜいたくさせてよ、と言わんばかりの不服顔だ。こいつは育ちがいいのか悪いのか、どうも苦労知らずの本質が滲みだしているところがある。地頭がよくて執念深いというのもお坊ちゃまの気性と言えるんじゃないか。古都サマルカンドの出身と言っていたが、どんな幼少期を送ってきたのか、両親はどんな人たちで、どこでどんな青春を過ごしたのか、目の前にいる男について城之内はつくづく無知だった。もっとも自分語りをうながそうにも、城之内は空腹の度が過ぎて口数が激減していたし、ガフはガフで過去に思いをせる余裕はなさそうだった。
「あんまりにも偶然すぎる、そう思いませんか」
 ラム・ワンディの遺体の第一発見者が城之内だと聞いて、ガフは心底から驚いたようだった。てっきりそのあたりは万代から聞かされていると思っていたが。城之内はガフに急きたてられるままに、万代の指示でUR団地に向かい、そこからラムを追跡して遺体発見にいたるまでの経緯を語って聞かせた。
「ジョノチさん、キーマンじゃないですか。早く言ってよ」
 ガフはいったい何がひっかかるのか、惣菜に伸びた箸を静止させ、心ここにあらずの体で思索にふけっている。城之内はだんだんいらいらしてきた。
「ビーフン冷えて固まっちゃうぞ。いったい何が気になるんだ?」
「ぼくはあそこで、電話ボックスに閉じこめられて大ピンチになったよ」
「ああ、追っかけてるやつらに囲まれたんだろ」
「で、ジャミルディンを通じて〈全労議〉にSOSが飛んだ」
「それを万代がキャッチして、俺を行かせたんだ」
「どうしてそんなに情報が、横にスライドしますか」
「地獄耳だからな、万代って男は。高みからなにもかも見通してるようなところがある。網の目に張りめぐらせた情報入手経路があるんじゃないか」
「万代さんが知ることができたってことは、他の人も知ることができたってことじゃないですか。おなじ業者、たくさんあるでしょ」
 話しながらガフは考えをまとめようとしているようだった。ビーフンの麵をひっかけた箸を城之内に向けてゆらゆらと揺らす。
「あっちで起きたこととこっちで起きたことがおたがいに反応しあって、脳みそのシナプスみたいにピカピカッてまたたきあって、あるところで一度起きたことが、別のところで起きていることを元通りにならないものに変えてしまう。シトラやラムが死んだ事件のうしろではそういうことが起きているような気がするよ」
 頑張ってはいるが、日本語のの限界もあいまって言っていることがよくわからなかった。ガフの頰は紅潮し、あきらかに興奮しているのが見てとれる。「そうか、そういうこともあるかも」ガフはそう言うと、食事中にいきなりめいそうに入るように瞳を閉じた。城之内には何がそういうことなのか見当がつかなかった。
「業者も、ですよ」
「業者?」
「そういうこともあるかも」ガフは薄目を開けた。「これまでクロックワークの正体の噂あったでしょ。非正規の外国人がだれでどこにいるか、わかる立場の監理団体とか入管とかのじゃないかって。だけど逃げた実習生のことを知れたのは、逃がした業者もおなじですよ」
「ということはクロックワークの正体は、ば・ば・ば・万代!」
 決まりだ、と城之内は思った。ガフやラムの逃走をプロデュースしたのは他でもない万代だ。城之内の睾丸を犬に食わせようとしたあの魔王のような男なら、実習生たちの喉首を刃物でかっ切るぐらいわけないだろう。連続殺人の真犯人としてこんなに相応ふさわしい人間は思い当たらない。あとはこっちが真相に気がついたことを悟られないように、いかにして万代を監獄に放りこむかだが……
「早まらないでよ。万代さんがそうなら、クロックワークのことも調べようとしてるぼくに助っ人を貸すはおかしでしょ」
「ああ、すまん。そうだったらいいなと思って」
「他にも業者はいる、そうでしょ」
 万代はあれでいて「この国の実習制度はあこぎな奴隷労働」「誘いこまれた外国人たちは災難」「移民労働者の人権保護もできない国がオリパラなんて片腹痛い」と実習生たちの肩を持った発言が目立つ男だった。ベンチャービジネスの一環として、低賃金や時間外労働に苦しむ外国人たちの保護や再就職あつせんにマーケットを見出して、そこで荒稼ぎもしているが、制度の不備を嘆くほどには人権にあつい男だった。外国人への悪感情に身をゆだねて、もうけにもならない連続殺人にうつつを抜かすとは思えないし、逃げた実習生全員の保護を城之内に命じた人物が、その一人ひとりを殺していくというのはひようそくがあわない。
万代が極刑になれば借金もチャラになるかと期待してしまったが、残念ながらその可能性はかぎりなく低そうだった。
 あまり世間に知られていないが、万代をはじめとして外国人の権利関係や再就職にまつわる事業への新規参入はここ数年で急増している。いずれもシティユニオンとは一線を画し、違法と合法のはざまでかなり際どい案件もあつかっている。近年になって活況を呈している若い業界であるだけに、それぞれの情報は横一線で筒抜けということもあるのではないか。ガフが言いたいのはつまりそういうことだった。
「万代にも聞いてみるか、ガーデンからの脱出劇をどれだけの業者が知ってるのか、そのあたりを探れば活路がひらけるかもしれないな」
 うなずいているガフを見ながら城之内は思った。たしかにこの男は目端が利く、それまでと違う角度から、見えていなかったものを見ることができる鋭敏さをそなえている。その眼力をもってすればあるいは真実も射貫ける、とまで言ってしまってはおおだが、確実に変化を引き寄せることはできるんじゃないか。
 城之内自身の世界の見晴らしも少しはマシになるかもしれない。こいつをうまく使うことができれば、と舌なめずりをしている自分に気がついていた。相互理解は望むらくもないが、せいぜい手なずけて、信頼を勝ち得ておくにくはなかった。
「そろそろ行こう、ジョンノチさん」
 そうして実際に、活路は拓かれたのだ。城之内さん、本当におれがクロックワークだと思ったのか? とあやうくまた屋上に連行されかけながらも万代と話し、他のめぼしい業者を絞りこんでいくなかで、思いがけずに、ガフが一緒に逃げた実習生のうちの一人の居場所がわかった。
 紹介しますとガフは言った。彼女はグアテマラ人の父親と、インドネシア人の母親を持ち、美しく野性味あふれる肌をしていた。エジプトの女王のように目をアイライナーで縁取っていて、デニムのキュロットからは伸びやかな二本の脚が出ていた。荒々しさと傷つきやすさが混ざった顔を濃い化粧で彩っている。彼女の名前は、マスカラム・ジュファーといった。

#5-1へつづく
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「カドブンノベル」2019年11月号


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