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レビュー

ラストに現れるヒロインの、その強い覚悟と意思の力に、私たちは元気づけられる。―― 早見和真『八月の母』レビュー【評者:北上次郎(書評家)】

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早見和真『八月の母


早見和真『八月の母』カバー画像

八月の母
著者 早見 和真
発売日:2022年04月04日


▼早見和真『八月の母』特設ページはこちら
https://kadobun.jp/special/hayami-kazumasa/hachigatsu/

▼『八月の母』試し読みはこちら
https://kadobun.jp/trial/hachigatunohaha/cjubhr00vfso.html

ラストに現れるヒロインの、その強い覚悟と意思の力に、私たちは元気づけられる。

評者:北上次郎(書評家)

 すごい小説だ。
 誰が悪かったのか。なにがいけなかったのか。どこが分岐点だったのか。読み終えてもずっと、考えている。
 少しだけ遠まわりをする。早見和真はこれまで、さまざまな素材を扱って、さまざまな作品を書いてきた。野球小説、初恋小説、家族小説あたりまではまだ理解できるけれど、仏教を背景に「我いかに生くべきか」をめぐって彷徨する青年の熱い青春の物語を書いたりするのだ(それが『スリーピング・ブッダ』だ。高校野球を素材にしたデビュー作『ひゃくはち』に続く第2作がこの『スリーピング・ブッダ』だったから、あのときは驚いた)。どんな素材であっても早見和真は、群を抜く人物造形と、巧みなエピソードを積み重ね、鮮やかなエンターテインメントに仕立て上げるのだから感服だ。競馬小説『ザ・ロイヤルファミリー』で山本周五郎賞を受賞したのはまだ記憶に新しい。あのときも、早見和真が競馬小説を書くのかよ、と驚いたものだ。
 その早見和真に、『イノセント・デイズ』という作品がある。日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞した作品だが、本書を読みながらこの長編のことを思い浮かべていた。いきがかり上、その『イノセント・デイズ』の内容を少しだけ紹介するが、これは死刑囚田中幸乃の刑の執行日から始まる長編である。物語は、なぜ田中幸乃がそうなってしまったのか。さまざまな人の証言を積み重ねて時間線をどんどん遡っていく。ポイントはただ1点。再審請求をすすめられても田中幸乃は最後まで拒否してきた。ではなぜ、彼女は再審請求をしなかったのか、その1点に向かって物語は進んでいく。この構成が実にうまい。
 本書を読みながら『イノセント・デイズ』のことを思い浮かべていたのは、本書もまた先の展開が読めない物語であったからだ。ただし、『イノセント・デイズ』と異なるのは、何が起きたのか、今回は最後まで明かさないことだ。プロローグに登場する女性が誰なのか、それすら明らかにしないまま、物語が始まっていく。途中何度もこの女性の現在が挿入されるが、誰なんだろう。
 本書は二部構成で、まず第一部は親の愛に恵まれない美智子という女性の波瀾の人生が描かれる。中学生のときに義父に蹂躪されても誰も助けてくれないのだ。その孤独に胸が痛くなる。そうしてさまざまなことがあり、物語の主役は、美智子の娘エリカにバトンタッチされ、友達のいないエリカの少女時代が描かれていく。
 第一部の最後は、二十二歳になったエリカが働いている酒場に博司がやってきて、二人の関係が始まっていくが、ここは博司の側から描かれていくので、少女時代から二十二歳までの間に、エリカに何があったのかはすぐには明らかにされない。この章のラストまでを紹介してもいいのだが、エリカの「現在」に対して博司と一緒になって驚き、戸惑いたいので、ここでは書かないでおく。
 問題は続く第二部だ。これはいくらなんでも紹介できない。まさか、こんな展開になるなんて思ってもいなかった。しかもそれがどんどんエスカレートしていき、私たちはとんでもない地点まで連れていかれるのだ。息をのんでページをめくっていった、と書くにとどめたい。途中で何度もおやっと思う箇所があり(お母さんが刑務所に行っているとか、突然出てきたりするのだ)、それがラストで事態が判明するとすべてが明らかになるという構成もうまい。
 大事なことは、敵を作ることではない。自分の力で立つことだ。前を見て、しっかりと立つことだ。ラストに現れるヒロインの、その強い覚悟と意思の力に、私たちは元気づけられる。辛く暗く苦しい話ではあるけれど、そういう発見があるかぎり、まだまだ捨てたものではない。そういうふうに、これはむくむくと力が沸いてくる小説だ。

作品紹介



八月の母
著者 早見 和真
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2022年04月04日

著者究極の代表作、誕生。 連綿と続く、女たちの“鎖”の物語。
『イノセント・デイズ』を今一度書く。そして「超える」がテーマでした。僕自身はその確信を得ています――早見和真

彼女たちは、蟻地獄の中で、必死にもがいていた。

愛媛県伊予市。越智エリカは海に面したこの街から「いつか必ず出ていきたい」と願っていた。しかしその機会が訪れようとするたび、スナックを経営する母・美智子が目の前に立ち塞がった。そして、自らも予期せず最愛の娘を授かるが──。
うだるような暑さだった八月。あの日、あの団地の一室で何が起きたのか。執着、嫉妬、怒り、焦り……。人間の内に秘められた負の感情が一気にむき出しになっていく。強烈な愛と憎しみで結ばれた母と娘の長く狂おしい物語。ここにあるのは、かつて見たことのない絶望か、希望か──。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322008000196/
amazonページはこちら

▼早見和真『八月の母』特設ページはこちら
https://kadobun.jp/special/hayami-kazumasa/hachigatsu/

早見和真『八月の母』試し読み



八月は母の匂いがする。八月は、血の匂いがする。 ――早見和真『八月の母』試し読み
https://kadobun.jp/trial/hachigatunohaha/cjubhr00vfso.html


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