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「遍路」ではなく「辺土」を選んだ人たちと歩んだ、地を這う濃厚な旅――上原善広『四国辺土』レビュー【評者:安田峰俊】

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上原善広『四国辺土 幻の草遍路と路地巡礼



「遍路」ではなく「辺土」を選んだ人たちと歩んだ、地を這う濃厚な旅

評者:安田峰俊(ルポライター)

 未曾有の感染症流行によるここ2年の閉塞の時間は、私たちから多くのものを奪い、さまざまな感覚を忘れさせた。「旅」もそのひとつではないか。もちろんウイルス流行が比較的落ち着いた時期に、政府のキャンペーンに乗って無理矢理に旅らしきものをおこなった人もいるだろう。だが、旅先で見知らぬ誰かに会って相手の言葉に耳を傾け、現地の店で現地のものを遠慮せずに食べ、眠くなればどこでも、それこそ駅のベンチで眠ってもいい──。血の通った本物の「旅」の記憶は、もはや靄の向こうだ。体験が縁遠くなったことで、かえって美化された楽しいイメージばかりが心のなかを彩る。
 だが、旅には本来、重苦しく出口が見えないものだってあったはずだ。自分のルーツや過去の失敗と向き合うことを余儀なくされ、生きることの業をずっしりと吸い込んだ他人の人生を突きつけられ、いつ果てるともなく続く道を進む。それでも歩み続けなくてはならない。こんな厄介な「旅」の存在は、もはや本を読まねば記憶を呼び覚ませないのではないか。
 辺土(へんど)──。昭和30年代ごろまで、乞食さながらの草遍路(もしくは乞食そのもの)をこう呼んだ。「遍路=辺土」、聖と賤。経文を唱え四国八十八ヵ所を回る遍路は、畏敬のみならず畏怖の対象でもあった。
 やがて社会保障の充実とともに、「遍路=辺土」という図式は消え、「お遍路」が観光化された。だが、往年の辺土の末裔のような者たちもまた、現代でもやはり道を巡っている。著者はこの辺土の旅に身を投じ、その道中で他の草遍路らの人生に出会ってゆく。
 ときに経文を唱えて家々を回る「門付」と呼ばれる托鉢修行で喜捨を乞い、関東大震災直後に起きた日本人による日本人九人の虐殺事件「福田村事件」と向き合い、筆者の畢生の課題である路地(同和地区)の歴史を辿る。遍路の道を路地めぐりの道として歩む人がいた。

「ほとんどの人は、遍路というものがあることすら知らない。もし知っても、お金がないから遍路に出られない。私は苦しみ足搔あがくことで遍路という存在を知り、借金までしてお金を工面して遍路に出て、いろいろな人と知り合うことができた。でもほとんどの苦しんでいる人たち、本当に貧しい人たちは四国遍路という言葉を知っているだけで、実際に遍路がどんなものか知らないし、知っても出ることができない。私は遍路を知り、遍路に出られただけでも幸運でした」(316ページ)

 作中に登場する女性の遍路の一人は、著者にそう漏らしたという。
 いまや「お遍路」は、人によっては定年退職後の自分探しとして、また人によっては開運や良縁祈願を願うものとして、バスで回る気軽なレジャーとも化している。もちろん、そんな旅も決して悪くない。日常生活の休み時間に、四国の道を楽しく歩める人生は幸福なのだ。しかし、「辺土」として地を這う旅を選び、またそんな不器用な歩み方しかできない者たちもいる。
 重く目的なき彷徨を受け入れ、魂を慰めるのもまた遍路の道だ。そんな旅の足跡を、辿れる本がここにある。

作品紹介・あらすじ



四国辺土 幻の草遍路と路地巡礼
著者 上原 善広
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2021年11月26日

辺土とは、遍路で生活する者である。日本最後の聖と賤を描く類書なきルポ!
辺土(へんど)とは、遍路で生活する者である。
時に放浪者として迫害される彼らに密着取材!
誰も書けなかった「日本最後の聖と賤」たるもう一つの遍路を、5年をかけて描いた唯一無二のルポ!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000106/
amazonページはこちら


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