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レビュー

乱歩も賛辞を惜しまなかっただろう。徹底した合理的精神が解き明かす原典への回答――松岡圭祐『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

松岡圭祐『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実



▼『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実』特設ページ
https://bit.ly/3Ctd6vL

松岡圭祐『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実』

解説
新保博久(ミステリ評論家)

 ミステリの犯人やトリックを未読の相手に明かすのはエチケット違反とされている。確かに、アガサ・クリスティの某作やエラリー・クイーンの某作などについて、それをやられた側は被害甚大だろう。ところで、がわらんの『黄金仮面』の場合はどうか。黄金仮面の正体は意外な人物だが、登場人物のまさかこいつが犯人……と驚かされるのとは少しばかり違う。
 ――などと、思わせぶりに書くまでもない。本書を手に取り、この解説に行き着いたあなたは、もし乱歩の『黄金仮面』をまだ読んでいなかったとしても、それが何者のふんそうであるか(註*)聞きかじっていることもありえたし(インターネットでは書かれ放題だし、創元推理文庫版や光文社文庫版『黄金仮面』では各章の小見出しが目次に列記されているのをうっかり眺めたら分かってしまう)、もう確実に黄金仮面の正体を知ったことだろう。だが、たとえ『黄金仮面』を未読でも、本書『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』は気にしないでお楽しみいただけばよい。そのあと元祖『黄金仮面』にさかのぼったとしても、じゅうぶん面白いはずだし、むしろ興味は倍加するだろう。黄金仮面が何者か知ってしまうことで、乱歩原作初読の興趣がいくらか減じるとしても、この『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』はそれを補って余りある愉悦を読者にもたらしてくれる。ルパン三世はおみでもモーリス・ルブランのオリジナルは読んでいないとか、あけろうの活躍たんも少年物くらいしか知らないという読者であっても、開巻早々示されるルパンの鮮やかな手口にたちまち引き込まれること請け合いだ。
 私自身は、もちろん乱歩にもルブランにも親しんできたわけだが、本書を味わいながら常に感じていたのは、「乱歩に読んでほしかったなあ」という想いである。乱歩は『黄金仮面』の数年後に連載した『黒蜥蜴』を戦後、一九六二年になってしまが戯曲化したのを称揚して、「筋はほとんど原作のままに運びながら、会話は三島式警句の連続で、子供らしい私の小説を一変して、パロディーというか、バーレスクというか、異様な風味を創り出している」(「黒蜥蜴」パンフレット所載「原作者の期待」。引用は河出書房新社『江戸川乱歩日本探偵小説事典』による)と述べたものだ。乱歩がこの『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』に接したとしたら、同じように賛辞を惜しまなかったに違いない。新しい読者にも違和感なく楽しめるよう換骨奪胎するために、三島由紀夫は主にレトリックの力を駆使したが、松岡圭祐は徹底した合理的精神を導入している点が大きな特色だ。
『黄金仮面』に限らず、いったいに乱歩の長篇は非合理的で、あちこち無理が目立つ。『講談俱楽部』に連載した『蜘蛛男』が非常に好評だったので、僚誌『キング』からも依頼されて、一九三〇年九月から翌年十月まで連載したのが『黄金仮面』だが、
「この小説でアルセーヌ・リュパンを出すことは最初から考えていた。ちょうどモーリス・ルブランが彼の小説中にドイルのシャーロック・ホームズを引っぱり出して、リュパンと対抗せしめたように私もフランスの俠盗アルセーヌ・リュパンを日本の東京へ引っぱって来て、わが明智小五郎と戦わせてみたいと思ったのだ。しかし、(中略)英人のホームズがの隠居様に化けるのはわけもないが、リュパンが日本人に化けるのはほとんど不可能である」(「『黄金仮面』エスペラント訳出版に際して」。引用は河出文庫『謎と魔法の物語』による)
 そこで、愛読していたマルセル・シュオッブの怪奇短篇「黄金仮面の王」にヒントを得て、金色のマスクをかぶらせることにしたという。だが、それは合理的なようでも、考えてみれば、金色の怪人に扮して東京内のあちこちに出没する必要はない。当時でも西洋人はいくらでも来日していたはずだから、頻発する古美術品盗難事件と自分は関係がないという顔をしていれば済むところだ。
 高校に入ったばかりで、折しも刊行され始めた江戸川乱歩没後最初の全集で『黄金仮面』に初めて触れた身が、そんなことまで思い至るはずもない。そのころ翻訳ミステリ一辺倒だった私は乱歩全集に魅了されてあっさり宗旨替えしたが、いきなり大人向け作品からひもといたのがよかった。多くの子供たちのように、先に少年探偵団物の洗礼を受けていたなら、なんだこれはルブランの「獄中のルパン」の焼き直しではないかとか軽侮しかねなかった。翻訳物の読者だけに『ミステリマガジン』も背伸びして購読していたせいで、黄金仮面の正体も読む前から承知していた。
「おそらくわが国の推理作家中一番自由な想像力の持主であった江戸川乱歩も、その根底にファントマスの二人の作者(スーヴェストル&アラン)やジュール・ヴェルヌ的反抗の思想(国家や社会に対する)という基盤を持っていないために、黄金仮面では(のちに書いた二十面相と違って)せっかく妥協の少ない怪盗像を作り出しておきながら、最後には黄金仮面とはルパンにほかならないなどと、変なところで下敷を告白してしまう。しかも絶対に人殺しをしないはずのルパンも、日本では連続殺人をやってのける。これは西欧人たるルパンにとって日本人などは人間の数にも入らないためなのだそうだ。したがって明智先生としても、いつもの正義心に加えて愛国心までこめ、これを追うことになる。作者の基本的態度が不確かな以上、このような茶番劇に終るのも、けだし当然のことであろう」(伊東守男「ファントマスとルパン――反人間主義的英雄の登場」、『ミステリマガジン』一九六八年十二月号)
 という一文でネタを割られながら、読むこともあるまいと思っていた『黄金仮面』の正体を知らされてもつうようを感じなかった。翌年に乱歩全集で実物に接しても、A・Lの署名が発見された場面で「おお出た出た」と喜んでもいた。『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』の読者があとから『黄金仮面』を読んでも楽しめるだろうと考えるのは、だからでもある。
 乱歩に続いてルパンを自作に登場させた例には、西にしむらきようたろうの『名探偵が多すぎる』(一九七二年、講談社)もある。明智小五郎の招待により世界から三人の大物探偵が日本に集合するというので、ルパンが二十面相とタッグを組んで知恵比べを挑んでくる趣向だ。同国人のメグレ警視にだけは親愛を示すルパンながら、アメリカ人のエラリー、在英のポワロへの反感を隠さず、「日本人の明智小五郎は、僕が黄金仮面をかぶって日本に現われ、散々な目にあって逃げ帰ったといいふらしている。僕に対する最大の侮辱だ」と、『黄金仮面』の物語自体、明智のでっち上げだと言いたげだ。だがこの問題はそれ以上、作中でされることがない。
『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』の前半は、とうもりがいうような「茶番劇」の筋をそのままに、リアルで説得力のある物語に語りなおしたものにほかならない。ルパンは人を殺さないということになっているが、『虎の牙』で自身が語る武勇伝では三人のモロッコ人を平然と射殺している。これはルパンが外人部隊に参加した戦闘中の出来事だから、平時の殺人と同日には語れないと思うのだが、明智はこれが許せなかったらしい。西洋人以外の命は何とも思っていないのかと詰め寄るのは『黄金仮面』と同じだが、『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』でのルパンはそれが誤解であることをじゆんじゆんと説く。乱歩作品ばかりか、モーリス・ルブランに対しても読者が違和感を覚える箇所(有名なところでは『奇巖城』のラストシーンがある)に、読む者を納得させる合理的解釈が施されているのだ。
『黄金仮面』に関しては、高校一年だった私にも得心がいかないところがあった。ルパンが西洋人でない者は殺しても構わないと考える人物だったというのは、まあいいとしても、そのように劣等民族視する日本人女性に恋をして、フランスに連れ帰ろうという心情は矛盾してはいまいか。また、そのとき日本を脱出するのに、飛行機による世界一周をフランスで初めて(のはずである)完遂しようとするシャプランという国民的英雄の愛機を横取りするというのも、およそ愛国者ルパンらしくない。
 そして、幾度となく『黄金仮面』を読み返しながら、松岡圭祐に指摘されるまで気づかなかったのだが、黄金仮面が日本の古美術品を狙うなら京都を標的に選ぶべきだったのに、なぜ東京を拠点にしたかという疑問には意表を突かれた。その疑問を提示されても、乱歩は京都に土地鑑がなかったから、勝手知ったる東京を舞台にしたにすぎないというぐらいにしか考えなかったと思う。だが作中のリアリティを考えるなら、これはけっこう重大な疑問だ。乱歩やルブランの原典に見られる、こうした大小の矛盾・疑問点に、『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』がことごとく明快な回答を用意しているのに舌を巻いた。
 黄金仮面が盗品を隠匿するのに使った場所も原作どおりとはいえ、乱歩は適当に設定したのだろうが、エトルタの針岩(奇巖城)と同じ原理で、「古美術品の保管には、それぞれに相応の高度が必要になる。空気中の飽和水蒸気量は、高いところほど少なくなる。吹き抜けなら適度に空気が循環する。古美術品を劣化させないためにも、隠し場所は巨大な煙突状が望ましい」と、合理的理由が補強される。こうしたディティールによって、こうとうけいな物語に説得力が与えられているのだ。
 さらに『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』では、原典『黄金仮面』に新たな照明を当てつつ筋を追うのは物語の半分強で終わり、そこから独自の展開が始まる。明智の活躍を背景の年代順に並べ替えた『明智小五郎事件簿Ⅵ「黄金仮面」』(二〇一六年、集英社文庫)巻末の年代記でひらやまゆういちは、黄金仮面による最初の犯罪、うえの産業博覧会事件を一九二九年四月五日、シャプラン機の離日を同年六月十八日と考証している。その前年に起こったちようさくりん爆殺事件(一九二八年)の秘められた真相が、新たな謎として立ちふさがってくるのだ。ルパンは、ルブランの記述から一八七四年生まれと推定されている。『ルパン最後の事件』(一九四一年原刊。さかきばらこうぞう訳は偕成社刊)で「五十まぢか」と言われているから、黄金仮面事件は本家による『ルパン最後の事件』以後に起こったもので、ルパンが五十五歳になっているのは計算が合う。
 二大スターの対決だけに安住せず、歴史推理の妙味にも力が注がれているのは、本書と同様の趣向で先行する『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』(二〇一七年、講談社文庫)で、来日したホームズ探偵がとうひろぶみと一致協力しておお 事件ことロシア皇太子襲撃事件(一八九一年)の隠された秘密(「どこからこんな発想が出てくるのか、さっぱり分からないが、よくぞ考えたものである」と、解説のほそまさみつを嘆賞させた)を解き明かすのと同様である。『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』にしまそうが寄せた「これは歴史の重厚に、名探偵のケレン味が挑む興奮作だ!」という賛辞は、『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』にもそのまま、ある意味でそれ以上に当てはまるものだろう。
 ケレン、というのは良い意味で、松岡圭祐の一九九七年の小説デビュー作『催眠』や、『千里眼』など初期作品以来の身上のようでもあるが、『黄砂の籠城』(二〇一七年)では一転、重厚な歴史小説にも進出した。『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』と続いた連作は、島田荘司がいうように重厚とケレンとを止揚して、従来からの松岡ファンはもとより、ホームズやルパン、乱歩作品などの愛好家にも松岡圭祐を〝発見〞させ魅了するどうもくの路線だ。次にはどんなカードを切ってくるか、マジシャンの手つきに注目しないではいられない。
(本文敬称略)

註*ただしTV化作品、明智小五郎になかひろひさふんした一九六六年の日本テレビ「名探偵明智小五郎シリーズ/怪人四十面相」の第一話「黄金仮面」の正体はもちろん四十面相=二十面相(殺人も辞さない凶悪な二十面相だが)、たきしゆんすけ主演の東京12チャンネル「江戸川乱歩シリーズ/明智小五郎」の第三話「黄金仮面」(一九七〇年)および続篇、あまちしげる主演のテレビ朝日のシリーズ第六話「江戸川乱歩の黄金仮面/ ようせいの美女」(一九七せ年)および続篇でもそれぞれ、モーリス・ルブランの著作権者に配慮してか、番組独自のキャラクターが黄金仮面だったという設定で、乱歩原作とは異なる。
 また、少年探偵団シリーズ後期作品『仮面の恐怖王』(一九五九年)ではえんどうへいきちこと二十面相が黄金仮面となるが、むかし黄金仮面に化けていた「ルパンはもう死んじゃった」と言われているのは、生みの親ルブランが一九四一年に死去したのを踏まえているのだろう。『たのしい二年生』に連載された「かいじん二十めんそう」(同年。光文社文庫版江戸川乱歩全集第21巻『ふしぎな人』所収)でも二十めんそうが、おうごんかめんに化けているので、乱歩お気に入りの怪人像だったようだ。

作品紹介



アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実
著者 松岡 圭祐
定価: 968円(本体880円+税)
発売日:2021年11月20日

全米発売『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』に続く第2弾
アルセーヌ・ルパンと明智小五郎が、ルブランと乱歩の原典のままに、現実の近代史に飛び出した。昭和4年の日本を舞台に『黄金仮面』の謎と矛盾をすべて解明、さらに意外な展開の果て、驚愕の真相へと辿り着く! カリオストロ伯爵夫人に息子を奪われたルパン、55歳の最後の冒険。大鳥不二子との秘められた恋の真相とは。明智と文代の馴れ初めとは。全米出版『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』を凌ぐ、極上の娯楽巨篇!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322109000592/
amazonページはこちら

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