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レビュー

危機また危機、機知また機知――。史上初のK-POPミステリ! 人気シリーズ「特等添乗員αの難事件」の7年振り新作。

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:村上貴史 / 書評家)

 ■水平思考

 ワクワクする。

 そう、久々の《特等添乗員α》シリーズの新作が完成したのである。

 二〇一二年にスタートしたこのシリーズにおいて、前作、すなわち第Ⅴ巻が刊行されたのは、一四年二月のことだった。今回の新作『特等添乗員αの難事件 Ⅵ』が二一年二月刊行なので、実に七年ぶりの新作ということになる。

 このシリーズの魅力は、国内外での旅情や、〝人の死なないミステリ〞である点などいくつもあるが、二十二歳の添乗員浅あさ倉くら絢あや奈なが、その〝才能〞を活いかして大小様々な難問を次々とクリアしていく点が最も特徴的だ。

 絢奈の才能とは、水平思考、あるいはラテラル・シンキングと呼ばれる思考方法をごく自然に使えること。常人が考えもしないような思考の径路で正解へと到達できる。そしてこの才能が、旅先で起きる様々なトラブルにその場で対応し、その場で現実的に解決していかなければならない〝添乗員〞という仕事に相性が抜群だったのだ。

 その能力は、例えば、百名に及ぶ団体客の温泉ツアーにおいて、手違いで宿が確保されていなかったことが出発後に判明したという難局や、受験生親子を乗せたバスの車高が高すぎて陸橋の下をくぐれないという状況を鮮やかに打開する。そればかりではなく、広域指定暴力団の幹部を刑務所送りにしたり、国際的に手配されている神出鬼没の悪党を確保したりもするのである。いってみれば、ラテラル・シンキングを武器とする名探偵の役割も果たしてきたのだ。

 本シリーズの第I巻から第Ⅴ巻においては、中卒のニートだった絢奈が、後に恋人となる壱いち条じよう那な沖おきや、彼の元家庭教師だった能の登と厦いえ人との助力によってラテラル・シンキングを補う学力を身につけ、添乗員として実績を積み、あちこちのツアーから指名で呼ばれる〝特等添乗員〞として成長していく模様が描かれていた。那沖との出会いから恋愛感情の芽生え、揺れる心、ライバル出現といった様々な恋愛模様とともに、である。

 その恋愛劇も第Ⅴ巻で一応それなりに落ち着いたところでシリーズも一段落。そして七年が経過したのだが、今回のシリーズ最新作は、絢奈と那沖の恋愛関係も年齢も、第Ⅴ巻からの自然な継続として描かれている。作中の設定が七年ジャンプしているわけではない。なので、戸惑うことなく作品世界に入っていけるだろう。


書影

松岡圭祐『特等添乗員αの難事件 VI』
定価: 704円(本体640円+税)
※画像タップでAmazonページに移動します。


 ■添乗員

 さて、その第Ⅵ巻では、韓国芸能界で起きたオーディション番組での不正投票といった現実を背景に、浅倉絢奈たち三名の添乗員が引率する二泊三日の韓国ツアーでの顚てん末まつが――なんとも盛り沢山で波は瀾らん万ばん丈じようの顚末が――描かれている。

 そもそもが逆風の中でのツアーだった。韓国に渡ってトレーニングを受けていた日本人練習生三人が現地芸能事務所による監禁同然の取り扱いといった人権侵害によって命すら危ぶまれる状況に追い込まれたことをきっかけに、国土交通省は未成年練習生の渡と韓かんを認めない方向での調整を開始し、観光庁に対しては、韓ハン流りゆう芸能を観光旅行のセールスポイントにしないような指導を要請してきた。結果として、絢奈が添乗するツアーには客が集まらず、当初の想定よりも大幅に少ない人数での催行を余儀なくされていたのである。しかも、その少数の参加者がいずれも一癖ありそうな者ばかりだった。一方で絢奈をはじめとする添乗員の三人は、添乗員派遣会社の社長によりK-POPのガールズグループ調の服装と髪型を強要されていた。そんな具合に集合時点からあれやこれやと歪いびつだった一行は、韓国に到着して観光を始めたものの、もう一つ盛り上がりに欠けていた。そんななか、事件は起きた。ツアー客の一人が失しつ踪そうしてしまったのだ……。

 まずはこの失踪事件がなかなかにミステリアスである。ツアー客たちが観光地で写真を撮ったりして過ごすなか、客の一人が突然卒倒。駆け寄ったところ、同じ服装の別人に入れ替わっていたという事件なのである。衆人環視のなかで、この入れ替わり劇は如い何かにして行われたのか、何故行われたのか。謎として魅力的なうえに、絢奈が突き止める真相も、この物語の展開や舞台と密に結びついていて素晴らしい。

 一方で、後半に入ると活劇としての魅力も増してくる。特に、普段は制限速度を頑かたくなに遵守して車を運転する人物が、異国の地で心のリミッターを解除し、テクニックを全開にしてマニュアル車を爆走させるシーンが素晴らしい(もちろんそうする必然性がある)。

 その車が突入した先での騒動も刺激的なのだが、それが終わろうとする時点で披露される二曲が――曲(?)って、一体どんな展開なのか未読の方にはよく判らないだろうが、本書はそれほどに波瀾万丈なのだ――読者の心を温かくしてくれる。本書を読み進むなかで読み手のなかに蓄積された韓国芸能界に関する知識を背景として、この二曲の意味を読者は理解し、そして温ぬくもりを感じるのだ。いいシーンである。

 その他、とんでもないところで裏切りに遭遇したり、あるいは別の犯罪者も絡んできたり、はたまた絢奈が〝敵〞を困らせるために知恵を活かすシーンでも伏線が強烈に効いていたりと、危機また危機、機知また機知という一冊で、エンターテインメントとしての満足度は相当に高い。

 そのうえで、だ。

 本書は希望に満ちている。

 JYPやNiziUといったまさに現代を象徴する固有名詞を出すことで絢奈たちの世界を現代日本と結びつけつつ、旅行の自粛期間が明けたという設定で(COVID‐19そのものには言及せずに)、日常を日常として愉たのしめる世界を、さらにいえば日常における非日常をエンターテインメントとして愉しめる世界を、前向きに描いているのである。こんなご時世だからこそ読みたくなる小説なのだ。

 ■鑑定士

 松まつ岡おか圭けい祐すけは、この《添乗員α》シリーズに先立ち、二〇一〇年から《万能鑑定士Q》というシリーズを開始している。

 こちらの主役は、絢奈の一つ年上の凜りん田だ莉り子こ。沖縄の波は照てる間ま島での高校時代はほぼオール1という成績だったが、上京して転がり込んだバイト先でロジカル・シンキング(垂直思考)を教えられ、その後独立し、鑑定家として活躍している。彼女の武器はロジカル・シンキング。そう、絢奈のラテラル・シンキングと補完関係にある才能の持ち主なのだ。

 莉子と絢奈はイギリスのドーヴァーで出会い、絢奈がラテラル・シンキングを駆使して莉子と連れを窮地から救い出している(『万能鑑定士Qの推理劇Ⅰ』と『特等添乗員αの難事件Ⅰ』において、それぞれの視点からこの出会いが描かれている)。その際、莉子は――おそらくロジカル・シンキングによって――絢奈がラテラル・シンキングの使い手であることを見抜き、それを聞かされた莉子の連れは、〝凜田さんの弱点すべてを補ってあまりある人みたいじゃないですか〞との感想を漏らす。両方のシリーズの読者にとっては嬉うれしくてたまらないであろう場面だ。ちなみに二人はその後親しくなる。

《万能鑑定士Q》シリーズも、一六年の『万能鑑定士Qの最終巻』以来久々の新作『万能鑑定士Qの事件簿 0』が昨年(二〇年)に発表されており、本作とあわせて、莉子と絢奈の新作が出そろったことになる。いずれも〝人の死なないミステリ〞であり、ロジカルもしくはラテラルな機知が矢継ぎ早に繰り出されるミステリである。莉子にしても絢奈にしてもスピーディーかつ自然体でその才能を駆使するため、読んでいるこちらまでもがついつい切れ者になったかのように錯覚してしまうのだが、その感覚もまた愉しい。

 久々のシリーズ新作発表をきっかけに、既存作品を愛読してきた方だけでなく、これまで手を伸ばさずにいた方にも是非、この世界に足を踏み入れていただければと思う。〝とりあえず新作だけつまみ食い〞でもまったく構わない。莉子も絢奈も意外なところから才能を開花させ、新たな世界に羽ばたいたのである。入り口はどこでもよいのだ。

▼松岡圭祐『特等添乗員αの難事件 VI』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000414/


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