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レビュー

歴史書に「反逆者」と書かれた者たちは、郷土では英雄だった――森浩一『敗者の古代史』新書巻末解説【解説:前園実知雄】

日本考古学界を長年リードした第一人者が、地域の隠された歴史に挑んだ集大成!

巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。



森浩一『敗者の古代史』角川新書巻末解説

【解説:まえぞの(考古学者・奈良芸術短期大学特任教授)】

 森浩一先生の残された数々の名言の中でも、「考古学は地域に勇気をあたえる」という言葉はひときわ光彩を放っている。全国の遺跡を訪ねその土地の人びとと交流を持ち、地元に息づく習俗や伝承の中からも真実の歴史が見いだせるのでは、との思いがありその活動を生涯通じて続けてこられた。日本海沿岸に数多いかたと周辺の遺跡を俯瞰的にとらえ、「環日本海文化」の形で今までの「裏日本」というヤマト中心主義的な概念を歴史、特に考古学の世界からなくしてしまったのも大きな功績である。
 その研究方法は、やがて、「関東学」、「東海学」という地域を中心に考える研究方法として続けられた。古代史は決して「ヤマト政権」、「律令国家日本」からの一方的な意志によって動いているのではなく、そこに住んでいる人びとの生活の中で育まれた歴史に目を向けないと真実の歴史は見えてこない、という強い信念を持たれ、それを実践されてきた。
 また古墳時代研究の中で避けて通れない天皇陵についても、積極的に発言された。「○○天皇陵古墳」、さらには古くから地元で呼ばれている名称や、残されているあざめいなどで考えようと、天皇陵を古代史研究の重要な資料として客観的にとらえることを提唱した。現在の歴史教科書の記述は、この森先生の考え方が反映されたものだ。
けいしょ三年銘」の神獣鏡は、「卑弥呼の鏡」と言われることが多いが、森先生が二十代に調査を行った和泉黄金塚いずみこがねづか古墳では、棺の外に置かれていたという出土状態をもとに、棺内に安置された鏡との意味の違いを指摘された。その後の発掘調査によって、多量の三角縁神獣鏡が棺外から出土する例が増え「考古学にとって最も重要なことは、遺物そのものではなく、その出土状態が当時の人びとの思いを伝えていること」という指摘が正しいと明らかになっている。
 他にも森浩一先生の数ある業績の中で挙げるべきは、現在もなお考古学界で重要な研究誌として評価されている『古代学研究』を学生時代に創刊されたことである。季刊誌として第232号(2022年3月時点)まで続き、研究者の貴重な発表の場としての役割をはたしている。
 こう述べてくると森先生はとても厳しい方と思われるかも知れないが、ユーモアがあり、考古学以外も博学で優しい先生だった。私は大学2回生の講義ではじめてお目にかかってから亡くなられるまでの49年間、様々な場面で勇気をいただいた。おおの安萬侶やすまろの墓誌が発見された時の調査、藤ノ木古墳の石棺を開ける前夜、不安でいっぱいだった私は森先生に電話をした。その時に先生は「いつもと同じ気持ちでやればいい」と答えてくださった。その優しい言葉が大きな力になったことは間違いない。
 先生は食通で多くの食に関する著書もあるが、驚くべきことはいつも食べた食材を記録されていたことだ。ある年中国のねいかいぞく自治区で調査を行っていた時に現地を訪ねてくださったが、昼食時にレストランで出た食材のすべてを記録するため、私にウエイトレスに聞くようにとの指示があった。中華料理の食材の種類は多く、彼女も知らないものばかりで、最後は厨房にまで聞きに行ったことがあった。先生はそれを小さな字で箸袋に記録し、ノートに写すという作業をされた。数十年にわたって続けられた記録は、喜寿記念特別出版『森浩一、食った記録』(編集グループ〈SURE〉)として世にでた。
 分布調査で見つけた遺跡を確認していただくために先生を現地へ案内することもあった。その際は必ず遺跡とは直接関係のない近くの旧跡や名勝にも立ち寄って説明してくださり、地域の歴史を多角的に考えるべきことを教えてくれた。
 大学の研究室には畳敷きの部分があり、時折そこで横になって休まれていることがあったが、その時手にして目を通されていたのは、たとえば江戸時代の文人の日記などであった。体調を崩されてからも現地に足を運び、蓄積された知識をもとに書かれたのが『京都の歴史を足元からさぐる』全6巻(学生社)だった。学生時代に講義の中で「僕は考古学で日本史を書きたいんだ」と言われた時の印象が強く残っているが、この書を読んでいると先生のあのときの想いが伝わって来るような気がするのである。
 また先生は大学では英文科で学んでいる。考古学を目指しながらなぜ英文科に入学したのか尋ねると、歴史専攻が文化学科の中にあり、「文化」という言葉に抵抗があった、という答えが返ってきた。3回生のとき、先生の「英書講読」の講義を受けたが、テキストはイギリスの考古学者レオナード・ウーリーの『過去を掘る』だった。他の教授とは違いとても印象深い講義だった。

 本書は2011年11月号から2013年5月号までの『歴史読本』(新人物往来社)に掲載された文章がもとになっている。最終号は亡くなられる5か月前に出版されている。つまり膨大な著作のなかの最後の一冊といえるものである。2012年に右足の膝から下を切断された後も、ベッドに起き上がりこの原稿を書かれているお姿は、病院を訪ねたおりお見かけしていた。ここに掲載されている19編からは、勝者によって書かれた歴史書の奥深くに垣間見える事実と、現地を訪ねられて得た、感じた知識をもとに力を注がれたことがひしひしと伝わってくる。
 この連載を始めるきっかけは、6世紀の前半に起きた新羅しらぎも巻き込んだ「筑紫つくしの君磐井きみのいわいとヲホド王(けいたい天皇)との戦争」をどのようにとらえるべきか、が発端だったようだ。ヤマトではヲホド王政権が誕生し、旧勢力との対立も考えられる時期でもあった。『記・紀』とりわけ『日本書紀』は後の時代に、大王家の正統性を唱える必要から、時代の転換期に地域でおきる戦いをすべて反乱として記すという傾向が見られる。森先生はそこを鋭くつかれ、敗者と呼ばれた人びとの立場から古代史の真実に迫ろうという姿勢を貫かれている。
 たとえば「劔皇子つるぎのみことしての忍熊王おしくまおう」の章を見てみよう。神功じんぐう皇后と誉田別ほむたわけ皇子(応神天皇)が北部九州から東征した逸話の中では、日本武やまとたけるの孫として正統な後継者であった忍熊王は反逆者として描かれている。しかし、福井県の劔神社では劔御子として祀られていることに注目し、この忍熊王と兄の麛坂王かごさかおうは後の近畿と呼ばれる地域に政権を持っていた王達と考えた。神戸市の明石海峡を見下ろす前期古墳の五色塚ごしきづか古墳は彼らの父である、足仲彦たらしなかつひこ(仲哀天皇)の陵の可能性を説いている。
『記・紀』や『萬葉集』の記載事項と考古学資料をもとに古代史を立体的に見てゆこうという姿勢は、『日本神話の考古学』『記紀の考古学』(以上、朝日文庫)、『万葉集の考古学』(筑摩書房)など多くの著書でも述べられているが、本書はその集大成とも言えよう。

 最後に本書について少し私の意見を述べさせていただこう。私のおもな研究領域は6世紀後半から8世紀初頭のいわゆる飛鳥時代で、「十四 崇峻すしゆん天皇と蜂子はちのこ皇子」から「十九 大友おおとも皇子の死とその墓」がその時代のものである。それぞれについて先生ともっと語り合いたいがそれはもう叶わない。この6編は飛鳥時代を考える上で重要な出来事を、時代を追っていわゆる敗者の立場から捉えたものである。そのなかで私が直接発掘調査に関わった遺跡で先生と見解の異なる点を述べておきたい。
 その一つは蘇我馬子によって擁立され、同じく馬子によって殺された崇峻天皇の陵墓についてである。奈良盆地の東南部に一辺50メートル近い方墳で、規模の大きい横穴式石室の中には、立派な家形石棺を持つ赤坂天王山古墳がある。死の状況から見てもこの規模に違和感がないでもないが、森先生はこの石棺に空けられた方形の孔に注目され、死後間をおいて遺体は、斑鳩いかるがの藤ノ木古墳に改葬されたのではないか、という見解を示されている。青年時代に天王山古墳の石棺内に入られた体験と、藤ノ木古墳に残る崇峻天皇陵との伝承が根拠になっているが、藤ノ木古墳の石棺内の二人の遺体は、死後動かされた痕跡はない。
 またこの古墳に崇峻天皇陵との伝えが残されている最古の例は、延宝えんぽう7(1679)年の「宗源寺そうげんじ(法隆寺の塔頭たつちゆう)文書」に記された「文禄4(1595)年以前から崇峻天皇御陵山との伝承あり」というものである。そのほかには鎌倉時代の文永2(1265)年に「ミササギ」の地名の残る文書はあるが、そこには崇峻天皇の名は記されていない。私は蘇我、物部もののべ氏の争いの中で殺された崇峻天皇の兄である穴穂部あなほべ皇子の可能性を考えている。
 いずれも蘇我氏一族でありながら、蘇我馬子によって命を奪われた悲劇の皇子という共通点を持っている。私は長い時間のなかで、穴穂部皇子から泊瀬部はつせべ皇子(崇峻天皇)への伝承の転化があったのではないかという考えである。
 森先生は法隆寺についての新しい考えも提示されている。現在の西院伽藍がらんと東院伽藍(夢殿地区)に加えて寺域の西端にある西円堂に注目され、西院伽藍を中院伽藍ととらえ、西円堂地区を西院として考えるべきことを提唱された。東院の金堂は聖徳太子の姿を写したといわれる救世ぐぜ観音かんのん像を本尊とした八角円堂で、西円堂も同じく八角円堂である。この東西にある二つの八角円堂を聖徳太子と崇峻天皇の霊を弔う堂ととらえ、法隆寺に墓辺寺の性格があることも考慮すべきことを述べられている。
 病気になられてからも全国を訪ね、『京都の歴史を足元からさぐる』の山科編では、あの上醍醐かみのだいごの急峻な坂道を、教え子に背負われながら下ったことを書かれている。病床で最後に書かれた本書を読みながら、先生の座右の銘であった「生涯不熟」の言葉をかみしめている。

【作品紹介】
『敗者の古代史』


『敗者の古代史 「反逆者」から読みなおす』
著者:森浩一
定価:1056円(本体960円+税)
発売日:2022年9月9日


敗者が語る歴史の実相
歴史は勝者によって書かれている。朝廷に「反逆者」とされた者たちの足跡を辿り、『古事記』や『日本書紀』の記述を再検証。筑紫君磐井つくしのきみのいわい両面宿儺りようめんすくな、蘇我入鹿……地域の埋もれた伝承を掘り起こすと、見えてきたのは地元では英雄として祀られる姿だった。考古学界の第一人者が最晩年に遺した集大成作品。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322205000701/
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