京都生まれ京都育ちのせいで、私の周囲には物心ついた頃より、ごく自然に史跡があった。白河法皇が「是ぞわが心にかなわぬもの(自分の思うようにならないもの)」として挙げた「加茂河の水、双六の賽、山法師」のうち、加茂河(鴨川)は中学・高校のすぐそばを流れ、山法師(僧兵)の暮らした比叡山もまた、校舎の窓から一望できる。平家打倒を企む人々が密議を行なった鹿ケ谷には現在、恩師の一人がお住まいであるし、十四世紀半ば以降、日本の政治の中心地であった「御所」は現在、京都市民の憩いの場である「京都御苑」。現在でも私は数日に一度は、自転車でその中を走っている。
しかし贅沢を言えば、自分の暮らすこの町がかつての都であり、その名残がほうぼうに残っていればこそなお、私は現在と過去のあまりに激しい推移に思いを馳せずにはいられない。今から千年前、この地はいったいどんな風景だったのだろう。白河法皇がその氾濫を嘆いた川は、どれほど荒い流れだったのか、庶民の家々に比べたとき、御所や貴族の邸宅はどれほど絢爛だったのか。そして町をゆく人々は、どんな服装をしていたのか。
もしタイムマシンが完成したならば、私は是非千年前の京都に行き、かつてのこの町を自分の目で確かめてみたい。しかしそんなことが叶わぬ現在、結局は自らの知識と想像力で以て古の京都を空想するしかないが、残念ながら人間の想像力には限界がある。そういったときに役立つのが、本書に代表されるいわゆる「学習歴史まんが」である。
もしかしたら今この解説をお読み下さっている方の中には、本シリーズをご自身のお子さんのために求めようとなさっている方もおいでかもしれない。だが、待っていただきたい。もちろん、小学生や中学生の歴史学習の補助として、本シリーズを用いられるのは、用途として極めて正しい。だが実のところ、「学習歴史まんが」とは年齢の長幼を問わず、歴史を知ろうとするすべての方の助けになる書物。お子さんと共に親子でお楽しみいただけば、必ずや家庭で談論風発たる歴史談議が始まるだろう。
たとえば過去の人々の着ていた服や、寝起きしていた建物。そういったものを図で眼で見るだけで、歴史への想像力はぐんと広がる。その上更に、名前と事績しか伝わらぬ歴史上の人物に顔を与え、彼らが動いた都の一部をビジュアルに示せば、そのイメージはどれだけ身近なものになることか。そして「学習歴史まんが」で一度でも歴史の概略を掴んだ方は、後日、より詳細な歴史書を開いたとき、自身の中の歴史イメージが極めて豊潤かつダイナミックなものに変化していることに、必ずや驚かれるはずだ。
そもそも歴史とは、小難しい事実の羅列ではない。人が生き、争い、世相が変化することこそが歴史の基本である。だとすれば事実を羅列するのではなく、歴史上の人物に焦点を据えてその時代を描こうとする本シリーズは、年号や用語の暗記偏重に陥りがちな誤った歴史教育に背を向け、奔流にも似たダイナミズムを通じて歴史の本質を描こうとした画期的な試みとも言える。
なお本書・第4巻「武士の目覚め」は、清和源氏の東国進出から平清盛による福原遷都までを範囲とし、貴族社会の衰退と武士勢力の伸張を描いた一冊。源氏と平氏という分かりやすい武家同士の対立構造のみならず、天皇・公家と武家、更には都と東国といった対比を行なうことで、かつての歴史では見落とされがちだった地方史にも光を当てている。
一般に日本史の中で人気が高い時代は、戦国時代と幕末。この二つの時期に共通するのは、個性的な人物が日本全国で頭角を現し、各地が様々な事件の舞台となったことだ。それに対し鎌倉時代以前は歴史の舞台となるほとんどが都とその近辺であり、私はこの時代の不人気の理由の一端は、この限定的な地域性にあるのではと常々考えている。
そんな中で本書は第3章「栄える奥州・乱れる都」を中心に、奥州の都にも劣らぬ繁栄ぶりを活写しており、日本史の舞台が都以外の地へと広がって行く様を示している。そして次なる第5巻で描かれるのが、西国における平家の滅亡と東国・鎌倉に開闢する武家政権であることを考え併せると、本書が天皇と都のみを中心とする一元的価値観から、新たな階層である武家と地方をも包括した多元的価値観への転換を軸としていることは、非常に大きな意味がある。そう、一見、マンガの形で分かりやすく歴史を理解させるように見えて、本書は「日本とは何か」という根源的な問いを我々に投げかけてもいるのだ。
難しいものを難しく説くことは、極めて容易い。困難なのは、難しいものをあらゆる年代に理解できるように説くことだ。本シリーズはまさに、その困難な務めに挑んだ得がたい作品群。ましてや今回、文庫化によってよりハンディになれば、本シリーズは人生の折々に開き、その読解力に応じた歴史理解を与える恰好の人生の友となるはずだ。
子供の頃に読んだ本が、大人になってもなお役立ち続けることほど、読書体験における幸福はない。だからそんなシリーズをこれから手に取ることが出来る方々を、私は少々羨ましいと思ってしまうのである。
書誌情報はこちら>>『漫画版 日本の歴史 4 武士の目覚め 平安時代後期』
☆シリーズ一覧はこちらから→角川文庫版 まんが学習シリーズ『日本の歴史』
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