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レビュー

美しい花には毒がある――日常に潜む狂気と呪縛を、皆川博子が幻想的な筆致で描く8篇『愛と髑髏と』

文庫巻末より「編者解題」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(編者:くさ さんぞう / ミステリ評論家)

 本書『愛とどく』は、一九八五(昭和六十)年に刊行されたみながわひろの第五短篇集の久々の復刊である。それまでの四冊は、いずれもミステリ、犯罪サスペンスをメインとしたものであり、本書が著者にとって初めての本格的な幻想小説集ということになる。つまり、昨二〇一九年に、同じ角川文庫から復刊された『ゆめこちりめん』を皆川幻想小説のひとつの頂点とするなら、この『愛と髑髏と』は皆川幻想小説の原点というべき作品集なのである。

 皆川博子は七二年に児童向け時代小説『海と十字架』を刊行して作家デビューを果たすが、それだけで注文殺到とはいかず、新人賞への応募も続けていた。七二年には、青春ミステリ『ジャン・シーズの冒険』を第十八回江戸川乱歩賞に、「地獄のオルフェ」を第十九回小説現代新人賞に、それぞれ投じて最終候補となっている。

 七三年、「アルカディアの夏」で第二十回小説現代新人賞を受賞。七三年には講談社「小説現代」だけだったが、七四年にはぶんげいしゆんじゆう「オール讀物」、光文社「小説宝石」、角川書店「野性時代」、七五年には新潮社「小説新潮」、徳間書店「問題小説」と、作品の発表舞台も次々と増えていく。

 この時期には、『トマト・ゲーム』(74年3月/講談社)、『水底の祭り』(76年6月/文藝春秋)、『祝婚歌』(77年5月/立風書房)、『の血を流して』(77年12月/講談社)と四冊の短篇集がまとまっている。収録作品の中には幻想小説の匂いを感じさせるものもあるが、基本的にはいずれもサスペンス・犯罪小説集である。

 七三年に「トマト・ゲーム」で第七十回直木賞候補、七六年に『夏至祭の果て』で第七十六回直木賞候補、七九年に『冬の雅歌』で第七回泉鏡花文学賞候補、八〇年に「蛙」で第三十三回日本推理作家協会賞候補と、何度も文学賞の候補となり、その実力は高く評価されていたにもかかわらず、この時期の作品がどこか窮屈そうに見えてしまうのは、小説雑誌がリアリズム偏重主義で、幻想的な作品を受け入れる素地がなかったためだろう。

 ひがしまさ氏のインタビュー集『ホラーを書く!』(99年7月/ビレッジセンター出版局)には、「これは出場所を間違えたかな、と(笑)。当時は風俗小説全盛の……私があこがれていた幻想文学の世界とは、縁もゆかりもないような場所でしたからね。まだエンターテインメントという言葉もなくて、中間小説と呼ばれてた」「書けなかったんですよ、長いあいだ。こういうの(引用者ちゆう:幻想小説)、書いちゃいけない、書いちゃいけないと言われ続けてきた」などの発言がある。幻想小説なんか書いても読者には分からないからダメ、というのが編集者のじようとうだったようだが、おそらく、そういう編集者自身が、幻想小説を理解していなかったに違いない。

 そんな逆風の中、少ない機会をとらえては発表してきた幻想小説が、ようやく一冊にまとまったのが、この『愛と髑髏と』なのである。第四作品集『薔薇の血を流して』の刊行から数えて、まる七年が経過していた。収録作品の初出は、以下のとおり。

風     「ショートショートランド」83年11月号
悦楽園   「オール讀物」80年6月号
猫の夜   「オール讀物」81年4月号
人それぞれに噴火獣「素敵な女性」80年4月号
ふなうた    「問題小説」78年2月号
丘の上の宴会「オール讀物」82年4月号
ふくしゆう    「オール讀物」79年5月号
暁神    「問題小説」78年7月号

 初刊本は八五年一月に光風社出版より刊行され、九一年十一月に集英社文庫に収められた。本書は二十九年ぶり三度目の刊行ということになる。本書には、集英社文庫版に寄せられた服部はつとりまゆみ氏の解説を再録させていただいた。

 初刊本刊行時、「幻想文学」第十一号(85年6月)に書評が掲載されているので、ご紹介しておこう。

 本書には八篇の短篇が収められているが、その内七篇までが妄執や狂気を孕んだ〈をんな〉を主人公とし、彼女らがどぶどぶと頭までつかっている異様な〈愛のかたち〉を描いている。唯一の例外である「猫の夜」は、一匹の犬の苦痛に対するたえざる忍従が、全人類の放恣(ほうし)を確保しているという寓話で、髪までびっしょりとぬらす分厚い霧の壁を思わせるような作者特有の重苦しい語り口が内容とマッチして、なかなかに読み応えのある作品となっているが、やはり〈をんな〉を描いたものは迫力がちがう。たとえば「人それぞれに噴火獣」は子供の残酷さと大人びた恋慕の情(言葉にすると陳腐になるがそれ程生やさしいものではない)によって妹を殺してしまう少女の話だが、最後にその少女が自殺して物語は暗く終る……かと思うとラストが冒頭部と突然照応して少女の亡霊が立ち現われ、物語が一層暗さをます──という仕組みになっていて凄じい。七つの短篇はどれも土壇場で、からだの回りの空気が薄ら寒くなるような印象を与えながら、もう一つくるりとからだをひねってみせる。その手際が何ともいえず良い。蛇足だが書評子の好みでは「風」の雰囲気が抜群に素晴らしく感じられた。

 書評の筆者の沢田真吉氏についての情報が皆無であるため、同誌の編集長だった東雅夫氏に問い合わせたところ、「それは私の別名義です」という驚きの回答を得た。そういえば東さんは、せんがいあきゆきくんと私と三人で一巻ずつのへんさんを担当した白泉社シリーズの幻想小説編『げんよう』(01年12月)に『愛と髑髏と』から「風」「猫の夜」「丘の上の宴会」の三篇を採り、解説での言及を「風」一篇のみに費やしていた。あまりにも印象的な冒頭の一文を引いた後、東さんは、こう書いている。

 皆川博子との縁を結んだ拙文(『幻想文学』第九号掲載「怪奇幻想ミステリー五十選」の「皆川博子」の項)を執筆していたときにも切実に感じたもどかしさ──その嗜好といいイマジネーションといい、どこからどう見ても〈幻想と怪奇〉の資質に恵まれたこの作家が、どうして現実からの全き離陸を果たそうとしないのか……『巫子の棲む家』をはじめ、『トマト・ゲーム』『薔薇の血を流して』といった初期作品に接して抱かざるをえなかった隔靴搔痒(かっかそうよう)の思いを、この「寝がえりをうつ庭」の一篇があっさりと吹き飛ばしてくれたのである。

 この解説のために用意した三つの引用資料が、いずれも東さんの手によるものであったことに驚きを禁じ得ない。つまり、八五年の時点で皆川作品を幻想小説の文脈で評価できた書評家は、その道の専門家である東さんしかいなかった訳だ。

 八六年の長篇『恋紅』で第九十五回直木賞を受賞してからは時代小説の注文が殺到したというから、ますます幻想小説の肩身は狭くなるが、八八年に『変相能楽集』『聖女の島』、九〇年に『薔薇忌』、九一年に『絵双紙妖綺譚 朱鱗うろこの家』、九三年に『骨笛』、九四年に『あの紫は』『』と着実に刊行は続き、九八年の『ゆめこ縮緬』と『結ぶ』では、巨大な皆川山脈の中で幻想小説が一際おおきな峰となっていることが、誰の目にも明らかとなった。

 こうした流れを踏まえて本書の収録作品を振り返ってみると、ほとんどの作品で(巻頭の「風」でさえも)何らかの「犯罪」が描かれていることが分かる。これは小説雑誌にもとめられた推理小説・サスペンスのフォーマットにのつとったうえで、独自の幻想世界を展開しようと試みた証拠だろう。

 東さんの指摘するように「現実からの全き離陸」を幻想小説の本質とするなら、本書に収められた八篇は、皆川博子がしようのための滑走を始めた記念すべき作品群であり、それこそが冒頭で本書を「皆川幻想小説の原点」と位置づけた所以ゆえんでもある。

 初めて手に取るという皆川ファンの方はもちろん、既に旧版を読んでいる同好の士の皆さんにも、改めてじっくりと味わっていただきたい作品集である。



▼皆川博子『愛と髑髏と』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321901000144/


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