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日本史最大級のプロジェクト! 長安にも負けない新たな都を造営せよ――『平城京』安部龍太郎【文庫巻末解説】

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
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『平城京』文庫巻末解説

解説
おお ひろ  

 二〇一〇年、奈良県はへいじよう京遷都千三百年を迎えた。
 マスコットキャラクターのせんとくんがメディアをせつけんし、数々のイベントが開催されたのをご記憶の方も多いだろう。その後も保存・整備事業により奈良市の平城京跡では建物や大路の復原、遺構の表示など、国営公園(平城宮跡歴史公園)としての整備が進んでいる。
 平城京はとうの京・ちようあんに倣って造営された都市で、東西約四・三キロ(外京を含むと約五・九キロ)、南北に約四・九キロ。その広さの敷地がきっちりと区画されている。「平城京復元図」で検索するとさまざまな図面や模型を見ることができるが、そのみつさには驚くばかりだ。今のような技術も重機もゼネコンもない千三百年前に、何もないところにゼロからこんな町を作ったのである。考えてみればすごいことではないか。
 平城京に遷都する以前の都は、現在の奈良県橿かしはら市から明日あす村にかけての地域で、ふじわら京と呼ばれる。『ほんしよ』によれば着工はとう四年(六九〇年)、宮都(天皇の住まいと、それを中心としたエリア)が完成したのはそれから十年以上経ったけいうん元年(七〇四年)とも言われている。だが、それからたった四年で遷都の詔が発せられる。新都造営は突貫工事で行われた。川の付け替え工事や整地作業、だいごく殿でんの移築などをわずか二年で形にし、平城京に移ったのは七一〇年のことだった。
 学生時代に「なん(7)と(10)きれいな平城京」というわせで覚えた人も多いだろうが、なぜかくも急いで遷都されたのか、二年でひとつの都市を造るという無理難題にあたって具体的にどのような工程が踏まれたのかを知っている人はどれくらいいるだろう。それを伝えてくれるのが本書、その名もずばり『平城京』である。
 主人公は遣唐使船の船長だったべのふなびと。ある事件の責任をとらされ謹慎していたが、そこに兄の阿倍宿すくが訪れる。長安に倣った新都を奈良山のふもとに造ることになったから手伝ってほしいというのだ。宿奈麻呂は新都造営の責任者(造平城京司長官)で、期限はこの時点で三年。これは権力者・ふじわらのからの絶対命令だ、と。
 失敗すれば阿倍一族はただでは済まない。だがはくすきのの戦い以来、何かと冷遇されてきた阿倍家としては名誉ばんかいのチャンスである。船人は兄に協力して現場で指揮をとることになった。短い工期でやることは山積みだ。ところがそこに様々な妨害が起きる。遷都を良しとしない一派がいるらしく、ついに死者まで出てしまった。いったい誰が遷都を阻もうとしているのか──。
 というのが本書のアウトラインである。阿倍宿奈麻呂が造平城京司長官だったことや弟がいることは史料にあるが、本書における船人の造形はフィクションであることをお断りしておく。だがこの政治の世界と工事の現場をつなぐ船人という視点人物を創造したことで、物語に一本筋が通った。ちなみにこの設定は決してこうとうけいなものではない。阿倍氏はかねて唐や新羅しらぎへの使節を輩出しており、白村江の戦いでは宿奈麻呂の父・は(負けはしたが)将軍に任ぜられている。当時、築城や陣地造営は軍事の一環だった。つまり外交と軍事に秀でた阿倍氏にとって土木工事は得意分野だったのである。


平城京
著者 安部 龍太郎
定価: 924円(本体840円+税)


 本書にはふたつの幹がある。ひとつはどのように新都が造営されたかを描くテクノクラート小説としての側面。そしてもうひとつは、妨害工作をしているのは誰かというミステリの側面だ。ひとつずつ見ていこう。
 まずテクノクラート小説としてだが、これが実に具体的でもうひらかれることばかりだ。工程と工期の予測を立て、必要な労働力を割り出す。一万人の労働力が必要となれば、彼らが寝泊りする小屋の材料を確保する──つまり都市造営の準備の準備である。労働者が住む小屋にはどのような構造が適しているかなどという議論から始まるのには驚かされた。だが考えてみれば、大規模な普請には当然必要なことだ。むしろこういう過程をしっかり描くことで物語は一気にリアリティを増すのである。
 さらに「さもありなん」と思ったのは、立ち退き交渉だ。新都予定地に以前から住んでいる人々は立ち退きを拒否する。そこにはこの時代ならではの理由がある。そしてそれを解決するのも、この時代ならではの交渉術なのだ。実に新鮮である。
 集まった労働者たちがトラブルを起こしたり、施主である朝廷や役所と現場の板挟みになったり、急なみかどの視察に慌てたりと、現代にも通じるような問題も起きる。それをひとつひとつ解決していく様子は、まさにテクノクラート小説のだいと言っていい。
 また、ミステリとしての面白さも抜群だ。相次ぐ妨害工作。帝の勅まで出ている国家の方針に逆らうのは一体誰なのか。少しずつ手がかりを集め、反対派をあぶり出していく過程は実にサスペンスフルだが、事態はそうシンプルではない。最後に明かされる真相にはひざを打つこと間違いなしだ。
 そこに大きく関わってくるのは、朝廷内の力関係や人間模様である。その背後には四十年近く前のじんしんの乱、そこからさらに九年前の白村江の戦い、果ては六十年以上前のいつの変から続く歴史がある。それら過去の出来事がどのようなものであったか、それがどう(作中の)現在につながるのかといった説明が要所要所で自然に差し込まれるため、知らずらずのうちに当時の状況が整理されて読者に届くようになっている。実に巧妙だ。
 そしてこのふたつの幹──古代テクノクラート小説であることと遷都妨害の黒幕を探すミステリであるということは、本書に込められたひとつの大きなテーマにしゆうれんしていくのである。
 新都造営には、唐に学び、影響を受け、大陸との国交によって力をつけようとする、東アジアの中の日本という「面」の視点がある。黒幕探しには、白村江の戦いから壬申の乱を経て遷都に至る歴史の「線」がある。さらに言えば、本書にまだ若いびのまきや少年の阿倍なかを登場させることで、過去からつながってきた歴史の「線」は未来にもつながることを著者は示唆している。
 面と線。これが『平城京』の根幹だ。そして同時に「なぜ遷都を急いだのか」「なぜ遷都を妨害したのか」の謎もここに集約される。
 りゆうろうは近年、歴史をグローバルな視点でとらえ直すという試みを続けている。その傾向はなんぼくちようから戦国時代の著作に顕著だが、本書もその一環だ。国家がまだ若かった古代に周辺諸国から受ける影響はより大きかったはずである。倣うべき大国が身近にある。その一方で、父祖たちが作り上げてきたこの国ならではの──まだ若いとは言え、若いが故に強い思いがある。それは対立しないのか。それをどう融合させるのか。その融合が成されたときこそ、国の形が見えるのではないか。「面」の中で「線」を紡いでいくこと、それこそが本書のテーマなのである。
 壮大にして深遠なテーマを、テクノクラート小説かつミステリというみやすい構造に落とし込むことによって、本書は古代史ビギナーからマニアまで満遍なく楽しめるものとなった。幅広い層に自信を持って薦められる一冊である。
 なお、本書に登場するあわたのひとは、白村江での敗戦から長らく国交が途絶えていた唐との国交再開を託された遣唐使の長だった人物だ。彼を描いた『迷宮の月』(新潮社)をぜひ本書と併せて読まれたい。「面」と「線」がよりクリアになることと思う。

作品紹介



平城京
著者 安部 龍太郎
定価: 924円(本体840円+税)

日本史最大級のプロジェクト! 長安にも負けない新たな都を造営せよ――
遣唐大使の命に背き罰を受けていた阿倍船人は、突如兄から重大任務を命じられる。立ち退き交渉、政敵との闘い……。数多の困難を乗り越え、青年は任務を完遂できるのか。直木賞作家が描く、渾身の歴史長編!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322002001022/
amazonページはこちら


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