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レビュー

赤川次郎のノンストップミステリ! 温泉宿で不倫疑惑に幽霊の噂、1億円騒動まで勃発!?『花嫁は墓地に住む』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(評者:藤ふじ田た 香か織をり / 書評家)

 四十年弱の歳月を経て振り返ってみても、一九八二年という年は、現在のアラフィフ世代(私もです)にとって、ひときわキラキラしていた印象深い年でした。

 シブがき隊たい、松まつ本もと伊い代よ、堀ほりちえみ、三み田た寛ひろ子こ、石いし川かわ秀ひで美み、早はや見み優ゆう、小こ泉いずみ今日きよう子こと中なか森もり明あき菜ななど後に「花の82年組」と称されるアイドルたちが次々とデビューし、「ぶりっ子」と揶や揄ゆされていた(松まつ田だ)聖せい子こちゃんが『赤いスイートピー』で女子人気を爆アゲ。日本レコード大賞は『北酒場』(細ほそ川かわたかし)、オリコンの年度一位は『待つわ』(あみん)。『悪女』(中なか島じまみゆき)に『チャコの海岸物語』(サザンオールスターズ)、『聖母マドンナたちのララバイ』(岩いわ崎さき宏ひろ美み)、『い・け・な・いルージュマジック』(忌いまわ野の清きよ志し郎ろう+坂さか本もと龍りゆう一いち)などなど、今も色いろ褪あせることないヒット曲がばんばん街中に流れていたものです。

 そのひとつに薬やく師し丸まるひろ子こ『セーラー服と機関銃』もありました。前年の十一月に発売され、十二月に公開された赤川次郎さん原作映画の大ヒットもあり、同曲は一九八二年の年間セールス第二位にランクイン(*オリコン)。『E.T.』、『ランボー』、『少林寺』。階段落ちの双そう璧へき『蒲田行進曲』と『転校生』の公開もこの年でした。

 本書『花嫁は墓地に住む』が第二十七弾となる「花嫁シリーズ」は、そんな一九八二年の夏に誕生。第一作『忙しい花嫁』は、雑誌「週刊小説」でこの年の八月から十月までの連載を経て、翌八三年一月にノベルス版が刊行されました(実業之日本社/ジョイ・ノベルス)。ちょうど『タモリ俱楽部』(テレビ朝日系で放送中の人気深夜バラエティ番組)と同い年になるんですね。生みの親である赤川さんは、テレビやラジオから流れてくる『セーラー服と機関銃』を聴きながら執筆されることもあったのではないでしょうか。

 それから約三十八年。今年二〇二〇年二月に第三十三弾の最新刊『花嫁は三度ベルを鳴らす』が発売されたシリーズはまだまだ好調に現役続行中! 永遠の(!?)女子大生・塚つか川がわ亜あ由ゆ美みは今も昔も、多くの読者のアイドルであり続けています。



 長編として書かれた最初の『忙しい花嫁』と、シリーズで唯一、亜由美が主人公ではない第二作の『忘れられた花嫁』(この作品の主人公だった永戸明子は何故この一作だけで消えたのかという問題については、評論家の円えん堂どう都と司し昭あき氏が角川文庫版『血を吸う花嫁』の解説で言及されているので、気になる人はぜひ一読を。かくいう私もずっと疑問に思っていたので、なるほどなぁ、と唸うなりました)、そして赤川さんのデビュー四十周年となる二〇一六年に発売されたシリーズ第三十弾の『綱わたりの花嫁』以外、「花嫁シリーズ」には基本的に二作の物語が収められています。

 本書『花嫁は墓地に住む』もまた然しかり。最初に収録されている「花嫁は名剣士」は、企業の内部告発というシビアな問題を内包する、シリーズのなかでもヘビー級に属する作品です。これまでにも、大学に通う傍らで、ウエディングドレスのショーモデルのアルバイト(『七番目の花嫁』表題作)や、成り行きで芸能事務所の社長を務めたり(『舞い下りた花嫁』表題作)、ヨーロッパにある小国の王女の身代わりとなったり(『舞い下りた花嫁』所収「花嫁は特殊任務」)と、様々なアルバイトや密約ならぬ密役を果たしてきた亜由美ですが、今回、親友の神かん田だ聡さと子こと臨んだのは〈会議の間、何も起らないように用心する〉のが任務の「用心係」。本来は男性に限るはずだった求人が、どんな手違いからか(単に亜由美が無視しただけかも……!)二人が担うことになったのです。

 ところがこのアルバイト、当初は暇で大おお欠伸あくびをしていた亜由美が、結果的にこれ以上ないほど「用心係」として大活躍。間一髪のところで大手企業である〈M重工〉の人々を爆弾事件から救います。しかし事が爆弾事件だけに(!)、どうもきな臭い空気が残り、立ち込める煙のなかに亜由美は巻き込まれ、いやこの度も自ら飛び込んでいくのでした。

 冒頭で描かれる〈K化学〉で内部告発をした吉よし永ながと、〈M重工〉の自社製品が海外で兵器として使用されることを憂慮している笹ささ田だ。「会社を裏切った奴を放っておけば、次が出て来る。他の社員を震え上がらせろ」と笹田を痛めつけるよう気弱な専務・河かわ辺べに命じる、およそ「ハラスメント」なる言葉を知らない社長の真さな田だ。偶然再会した高校時代の先輩・唐から沢さわと不倫に走る笹田の妻・治はる子こ。果たして〈M重工〉の面々を吹っ飛ばそうと目論んだ「爆弾魔」は誰なのか。そして吉永や笹田の窮地に颯さつ爽そうと現れた女剣士は──。

 一方、表題作の「花嫁は墓地に住む」は、東京とはいえ郊外の小さな町で、スーパーを経営する四十八歳の河こう本もと昭あき男おと十九歳のパート従業員・須す田だ朱あけ美みが密会している場面から幕を開けます。時は深夜十二時、場所はよりにもよって古い寺の墓地。いくら二人が不倫関係で、ひとの目を避けたいとはいえ、「仕方ないんだ」ってことはないだろう! と思いますが、ともあれイチャイチャがはじまりかけたところに、その場に最も相応ふさわしくないともいえる、ウェディングドレス姿の花嫁が現れます。

 二人の前まで進んで来た花嫁が足を止め、自らヴェールを両手でめくり上げると、真っ青な顔色に、両目はただの暗い穴でしかない死者の顔が。たちまち悲鳴を上げて逃げ出した二人でしたが、その週末、河本が仕事関係者と訪れた温泉宿で朱美と合流する計画は、流れることなくそのまま遂行されたのでした。

 しかしその週末、温泉宿〈紅葉もみじ旅館〉で朱美が顔を合わせたのは、河本だけではなく、親しん戚せきの神田聡子とその親友である塚川亜由美、高校時代の担任だった正まさ倉くら昭あき代よ、挙句に河本の妻・由ゆ起きと朱美の母・敬けい子こが連れだって現れ、亜由美の両親・貞さだ夫おと清きよ美みに殿との永なが部長刑事も駆けつけて来る。もちろん、忘れちゃならない亜由美の相棒・ダックスフントのドン・ファンもしっかりちゃっかり来ています。

 絶体絶命のとんだ鉢合わせを、朱美はどう切り抜けるのか、という一方で、教師という職を追われた正倉昭代と、二十四歳にして〈紅葉旅館〉の仲居頭を務める久く保ぼ田た唯ゆいの物語も描かれていきます。一難去ってまた一難、山あり谷あり温泉ありの怒ど濤とうの展開にすっかり忘れかけていた「墓地の花嫁」の真相には、そう繫つながるのか! と、思わずニヤリとさせられてしまうはず。

 硬軟でいえば「硬」になる「花嫁は名剣士」と、「軟」といえる「花嫁は墓地に住む」。けれど、どちらの作品にも、印象的なシーンは多々あります。内部告発について、未だ学生の身である亜由美と聡子がいつか社会に出たときに、会社の命令と自分の信じていることが矛盾していたらどうするか悩む場面。「女剣士」がさらっと述べる「自分の仕事への誇りは個人の感情とは別です」という台詞せりふ。生徒たちだけではなく父母からの信頼も厚かった昭代があっけなく「辞職して下さい」と言い渡された場面。旅館の従業員たちに凄すさまじい勢いで「一億円」の話が広まっていく様子。本作に限らず、この「花嫁シリーズ」は、ライトな文体でユーモアを交えて描かれる物語のなかに、こうした考えさせられたり、ハッと気付かされる箇所が必ずあります。そして、それは読む度に同じとも限りません。十六歳で読んだときにはまったく何も引っかからなかった台詞や場面が、三十年後に再読したら、ざくっと胸に刺さる、というようなことも少なくないでしょう。

「刺さる」という言葉の意味とはまた違いますが、亜由美に命を救われた〈M重工〉の顧問・久く保ぼが、「分るかね? 会社は親、社員は息子、娘も同然だった」と語るのも、いやいや、今の時代、大企業の顧問がそんなこと言うなんて、と思われるかもしれません。でも、そういえば去年(二〇一九年)、業界最大手の某プロダクションの社長とタレントが自分たちの関係は「親」「子」だと涙ながらに語るのを私たちは見聞きしたばかり。社長の真田の言動も、こんなに短絡的でハラスメント大王な社長なんて……と誰だって思うでしょうが、もってまわった言い方を要約すれば「生意気で頭にくる」「俺は馬鹿にされるのが我慢ならん」と喚わめいている「偉い人たち」なんて大勢います。赤川さんが描く人物は、作品のために創られたのではなく、私たちの生きる社会に存在しているのです。

 三十八年前、『忙しい花嫁』で、母の清美が事故に遭ったと連絡を受けた亜由美は、駆け付けた病院で父へも知らせようと十円玉しか使えない「赤電話」から会社に連絡していました。恋人の谷たに山やま隆一先生はまだ姿を見せず、亜由美は同じゼミ生の有賀雄一郎といい雰囲気で、清美に「妊娠しないように気をつけなさい」と言われたりもして。実は何度も細かな調整がされている長く愛されている食品の「変わらぬ味」のように、「花嫁シリーズ」には味付けの変化を見極める楽しさもあります。そういえば、亜由美はいつから携帯電話を持ったのか。機をみてシリーズを遡さかのぼり読み返すことにも、ぜひ挑戦してみて下さい。

▼赤川次郎『花嫁は墓地に住む 花嫁シリーズ』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321902000556/


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