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レビュー

青春学園ミステリの里程標となる傑作『マツリカ・マトリョシカ』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(評者:宇田川 拓也 / ときわ書房本店 文芸書・文庫担当)

 二〇〇九年、第十九回あゆかわてつ賞受賞作『午前零時のサンドリヨン』でさつそうとデビューしたあいざわにとって、作家生活十周年にあたる二〇一九年は、単にキャリアの節目を迎えたこと以上に大きな意味を持つ記念すべき年となった。

 その年の九月に講談社から刊行された『mediumメデイウム 霊媒探偵じようづかすい』は、難事件を解決に導いたこともある推理作家のこうげつろうと人形めいたぼうの霊媒師である城塚翡翠のコンビが複数の殺人事件解明に挑むいっぽうで、一切の証拠を残さず若い女性ばかりを狙う殺人鬼の魔の手が翡翠に忍び寄る──といった内容の連作形式の作品だ。初版に巻かれた黒地の帯には金色の文字で「すべてが、伏線。」とのみ記され、なんとも挑発的だが、物語の後半で起こる度肝を抜く展開と目を見張る奇術をるがごときめくるめくロジックは、そのじやつに偽りなし。たちまち大絶賛を巻き起こし、年末に発表される『このミステリーがすごい! 2020年版』国内篇と『2020 本格ミステリ・ベスト10』国内ランキングで第一位に輝き、Apple Books2019年ベストブックのベストミステリーに選出された。その勢いは年が改まっても衰えず、全国書店員の投票によって決定する「2020年本屋大賞」にもノミネートされ、ミステリファンだけに留まらない厚い支持を印象付けた。

 とはいえ、なにも相沢沙呼は『medium 霊媒探偵城塚翡翠』で突然〝化けた〟わけではない。際立った現象が起こる前には、なにがしかの予兆があるものだが、本作『マツリカ・マトリョシカ』こそ、そのブレイク前夜を象徴する重要かつ格別な一作である。もっといってしまえば、著者が自らの作風の限界に挑んだ入魂の作品であるとともに、日本ミステリ史における青春学園ミステリの里程標となる傑作なのだ。



 えない内気な高校生のしばやまゆうが出会った、学校の向かいにあるはいきよビルに住み、双眼鏡で校舎を観察している魔女めいた正体不明の美しき女子高生〝マツリカ〟。彼女から「おまえ」「しばいぬ」と呼ばれ、命じられるがまま学校の怪談を調査する柴山が遭遇した謎を〝廃墟の魔女〟が解き明かす連作集『マツリカ・マジョルカ』『マツリカ・マハリタ』に続く本作は、シリーズ第三弾にして初の長編だ。

 ある日、女子テニス部の部室の天井に浮かぶ女性の顔のような動く染み「怪奇、顔の染み女」の調査に行き詰まっていた柴山は、美術部の一年生である春日かすがから、いまは〝開かずの扉〟となっている第一美術準備室にまつわる不思議な話を耳にする。かつて〝ちようさん〟なる女子生徒が首をったとされるそこに、どこからともなく現れては消える一匹のちよう。そして文化祭の準備でこの部屋に入った女子生徒がこつぜんと行方知れずになり、一週間も経ってから校庭の片隅で見つかった少女は、うわごとのように「胡蝶さん、胡蝶さん……」と繰り返すばかり──というものだった。

 後日、いわく付きの第一美術準備室へ向かおうとした柴山はクラスメイトのむらしようから、二年前にそこで女子生徒が襲われる事件があったことを教えられ、さらに写真部のたかなしさとまつもとまりかとともに〝開かずの扉〟を開ける場に立ち会うことに。

 いざ開け放たれた室内は、異様なことになっていた。女子の制服を着せられたトルソーが仰向けに倒れ、無数の青い蝶の標本に彩られている。その傍らにはびたカッターが落ちており、トルソーの胸ポケットにはカエルのキーホルダーが付いた自転車のかぎが入っていた。窓には鍵が掛けられ、さながら密室殺人事件の現場のごときこの状況を、高梨は「密室殺トルソー事件」と命名。加えてトルソーが着ていた制服に関して柴山に不名誉極まりない疑惑の目が向けられ、さらにはこれが密室状況下で女子生徒が襲われた二年前の事件とうりふたつであることが判明する。こうして柴山は春日や友人たちと、現在と過去──ふたつの密室を解き明かす調査に乗り出し、一連の出来事をマツリカに報告するのだが……。

 タイトルの〝マトリョシカ〟とは、人形を上下に分割すると、なかにひと回り小さな同形の人形が入っていて、さらにそのなかにも同じように人形が──という入れ子細工でおみのロシアの民芸品のことだ。そっくり重なった現在と過去の密室は、まさにマトリョシカのごとくであり、柴山をはじめ登場人物たちが各々展開し、作中で幾度も繰り返される推理のトライ&エラーもまた、解いても解いても崩し切れない謎が現れるという意味でしかりといえる。

 そんな本作の特徴を挙げると、やはり一番はこの多重解決の型破りな濃度にある。

〈マツリカ〉シリーズは学園を舞台にした、いわゆる「日常の謎」系のミステリである。こうしたタイプの作品は基本的にライトな読み心地がセールスポイントであり、謎解きも入り組んだ難解なものや高度な専門知識を要するものは避けられがちだ。『マジョルカ』『マハリタ』も重大な出来事は起こるものの物語の基調はライトテイストであり、マツリカが披露する推理もその味わいを損ねないものになっている。ところが本作では一転、「日常の謎」の限界を試すような推理に次ぐ推理が人物を変えながら繰り広げられていく。


マツリカ・マジョルカ

シリーズ第1作『マツリカ・マジョルカ』


 穿うがった見方かもしれないが、第五章にある高梨のセリフ「まぁ、本格マニアやったら、人が死んでいない密室は密室じゃないと言うかもしれん」からは、ならば本格マニアも認める〝人が死んでいない密室〟を書いてやろうではないか──という歯ぎしりが、松本まりかの問い「人が死なない密室を書いた小説で有名なものはないんですか?」に対する返答「少なくとも長編の作品でそういうのはあまりないんとちゃうか? 最近はライトミステリとか増えてきておるから、短編とかならあるかもしれへん」からは、ならば〝あまりない〟長編で〝人が死なない密室を書いた小説〟の決定版をものしてみせようではないか──という著者のたぎる野心が透けて見えるようだ。

 著者はデビュー作以来、本格ミステリ作品では「殺人事件」を扱うことに背を向け、作家活動十年を迎えてようやく『medium 霊媒探偵城塚翡翠』をもってその禁を破ったほど、「日常の謎」に並々ならぬ意欲で取り組んできた。その書き手がじつにけんろうな謎を用意し、ジャンルの枠を壊しかねないほどこれでもかと謎解き要素と見せ場を詰め込んだのだから、本格マニアも本作には素直にうなるしかあるまい。

 しかも、それだけ振り切った内容にもかかわらず、軽妙な「日常の謎」のトーンが損なわれることもなければ、本格ミステリとしても青春小説としても隅々まで目が行き届き、型崩れを起こしていないのだからおそれ入る。

 さらに驚くべきは、じつは『マジョルカ』『マハリタ』の二冊が丸ごと本作の伏線だった、あるいは長いプロローグだったと思えるような、考え抜かれた構成だ。

 興をいではいけないのでいちいち列挙することは控えるが、たとえば、思春期の少年が女性に対して抱いているセンシティブな内面を描いた小説としても秀逸な本シリーズの魅力が、終盤の謎解きにおいても極めて重要な役割を果たす点(そうか、そういうものなのか。いわれてみれば確かに──と柴山くんと一緒に得心する男性読者も、きっと少なくあるまい)。また、クライマックスのマツリカ登場シーンも、前二作を踏まえていればこそ最大級に映えるものだ(ちなみに、柴山とマツリカによる役割を分けた過去密室&現代密室解明の構図も〝マトリョシカ〟的といえる)。そう考えると「すべてが、伏線。」というインパクト抜群の惹句は、先に本作で使われていてもおかしくはなかったのではないかと思えてくる。

 物語の青春小説的側面にも目を向けると、謎が解き明かされ、ついに判明した犯人に、柴山は自分自身を見る(その重なりもまた〝マトリョシカ〟的だ)。柴山と犯人がたいし、言葉を交わすなかから浮かび上がる、自分の居場所と存在価値を求めるおうのう、青春のすべてをささげてでも届かない答えに必死で手を伸ばし続ける切実さ。犯行の動機となるその強烈な想いは、少年少女たちが真相を求めて過ごした時間がまばゆいばかりにたのしいひとときだったからこそ、犯人の心をさいなむ。その苦しみと痛みを少しでも和らげようと、今回の事件を通じてわかったことをそっと告げる柴山の姿は、これまでさらしてきた情けないあれこれを帳消しにするほど男前で、シリーズ愛読者の目には頼もしく映るに違いない。

 とはいえ、柴山が大きな成長を遂げたことで、シリーズの終着点も一気に近づいてしまった感があるのも事実だ。さて、このような破格の作品のあとに、我らが相沢沙呼はいったいどんな続きを考えているのか。大きな期待を胸に、その完成をかくしゆして待ちたい。

 最後に、これからしばらくは『medium 霊媒探偵城塚翡翠』で初めて相沢作品に触れる読者も多いであろうことを見越して、念を押しておこう。

 本作は著者が「日常の謎」の限界に挑んだ入魂の作品であるとともに、日本ミステリ史における青春学園ミステリの里程標となる傑作である。

相沢沙呼『マツリカ・マトリョシカ』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321909000262/

関連記事:『medium』の次に読むべき作品はこちら! 二重の謎というこだわりを追求した学園本格ミステリ 『マツリカ・マトリョシカ』文庫化記念、相沢沙呼インタビュー


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