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レビュー

時代に抗い、自由に、自然に生きる姿『アンブレイカブル』

書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。

(評者:北上 次郎 / 文芸評論家)

 そうか、鶴彬はこんなふうに柔らかく、そして大きな男だったのか、と驚く。戦前の「反戦川柳作家」で、治安維持法違反の嫌疑で検挙され、留置場で赤痢に罹患して29歳の若さで没――という略歴しか知らなかったので、本書を読むと、鶴彬という存在がぐんぐん大きくなっていく。
 たとえば、陸軍歩兵二等兵鶴彬が、非合法組織「日本共産青年同盟」の機関紙『無産青年』を金沢第七聯隊内に持ち込み、閲覧に供したとして治安維持法違反に問われた軍法会議の様子が本書に出てくる。
『無産青年』を軍隊内に持ち込んだのは、日本共産党を支持し、この勢力の拡大強化を企てたものではないか、と問われると、22歳のこの青年はこう答える。

「自分は共産党の政治勢力拡大には殆ど関心はもっていない。『無産青年』は、自分で読んで面白いと思ったから人にも勧めただけだ」

 と、すらすらと証言する。そのくだりを作者は次のように書いている。

「そのいったいどこが悪いのか、と言わんばかりの、悪びれぬ態度である。かと思えば、証言途中ふいに、しゃべり疲れたので少し休ませてほしい、と言って勝手に一息いれるといった具合で、まったく自由自在」

 さらに続けて、その前年の二つの事件が紹介される。「質問があります事件」と「なぐらない同盟事件」だ。前者は、聯隊長が全隊を前に軍人勅諭を捧読中、突然「聯隊長、質問があります!」と大声をあげた事件。入営間もない二等兵が、軍人勅諭を捧読中の聯隊長に直言するなど、前代未聞の出来事で、鶴彬は十日間の重営倉入り。後者は、「理由もなく暴力を振るう者がある。軍として善処を求める」と上申書を聯隊長に提出した事件。
 軍隊内ではさまざまな兵に愛されていたという証言を聞いた憲兵丸山は、次のように言う。

「奴が起こした騒動はすべて、周囲が当たり前だと思っている軍の不文律にもの申しただけだ」

 たしかに鶴彬は反戦作家であったけれど、硬直した姿勢を持っていたわけではなく、自由に柔らかく、大きな人間であったと本書は伝えてくる。

 凶作を救えぬ仏を売り残している
 ざん濠で読む妹を売る手紙
 万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た
 手と足をもいだ丸太にしてかえし

 という鶴彬の句には、その時代の哀しみと怒りが充満しているが、その底に、16歳のときに作った句、

 暴風と海との恋を見ましたか

 日本海を見て育った少年の心が息づいているような気がするのである。
 本書を読んで急いで鶴彬について書かれた本を数冊買い求めた。この男のことをもっともっと知りたくなるのだ。鶴彬に魅力があふれていることもあるが、作者の描き方が、そう誘ってくる。1998年に、澤地久枝が復刻した一叩人編『鶴彬全集』(限定五〇〇部/一万六千円)も探したが、これはこの稿の締切りまでに見つけられなかった。気長に探すつもりである。
 鶴彬のことだけを多く語りすぎた。本書は、小林多喜二、鶴彬、三木清、そして若い編集者群像――戦前に生きた人間たちの、時代に抗う姿を描いた連作集である。そうか、鶴彬だけではないのだ。小林多喜二も、三木清も、こういう人間だったのかという驚きがある。息苦しい時代であるのに、いやだからこそ、自由に、自然に、生きている。その柔らかな手触りを、作者が絶妙に描いていることに留意したい。


書影

柳広司『アンブレイカブル』(KADOKAWA)
定価: 1,980円(本体1,800円+税)


柳広司『アンブレイカブル』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322008000549/


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