『ドキュメント』刊行記念! 湊かなえ 厳選おすすめ本
『ドキュメント』の刊行を記念し、湊かなえさんがこれまで刊行した作品のうち、おすすめの「学校小説」をミステリー評論家の佳多山大地さんにご紹介いただきます。
文=佳多山 大地
問題:日本国憲法に定められている、国民のいわゆる三大義務をすべて答えなさい。
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のっけから、学校の公民の授業で習ったことのおさらいを。答えはもちろん、教育、勤労、そして納税。カッチリ決まった条文からの出題なので、勤労の代わりに労働と書いてしまうと、甘い先生なら△、厳しい先生なら×ということに。
湊かなえのファンなら、きっと彼女に教員経験があることをご存知だろう(採点のときの甘辛具合は不明)。
1973年の早生まれである湊は、バブル崩壊後に到来した就職氷河期に立ち向かい、武庫川女子大学家政学部を卒業後はアパレルメーカーに勤務する。ところが社会人1年目、バス通勤をしている最中に青年海外協力隊の隊員を募るポスターに誘惑され、説明会に出てみることに。会場で渡された冊子には、派遣先の国々が求めている職業一覧があり――そこにトンガ王国が家庭科の先生を募集しているのが目に飛び込んできたのが“人生決断の時”。10代の頃、
そんな湊にとって、いわゆる学校小説は自家薬籠中のものである。まずは誰もが義務めいて経験する〈児童・生徒〉の側で、さらに誰もが経験するわけではない〈教師〉の側で、学校のオモテもウラも知るのだから。最新作の学校小説『ドキュメント』が刊行されるこの機会に、湊が物した学校小説から5作を
湊かなえ おすすめ「学校小説」5選
① 『告白』(2008年8月刊)
第29回(2007年)小説推理新人賞受賞作「聖職者」を皮切りに連作形式の長編に仕立てた、記念すべきデビュー作だ。4歳の娘を亡くした中学校教師・
デビュー作にして第6回本屋大賞を受賞した『告白』は、2010年に松たか子主演で映画化され、第34回日本アカデミー賞で4冠を達成。興業的にも大ヒットを記録した。
② 『少女』(2009年1月刊)
書き下ろし刊行された第2作。2人のヒロイン、
『少女』は、2016年に
単行本デビューからわずか10ヶ月、仲間の1人を変質者に殺された女子児童たちの成長と償いを描いた第3作『贖罪』(2009年)が世に出る頃には、湊かなえは「イヤミスの女王」なる冠を戴く。イヤミスとは“読み終えて
③ 『高校入試』(2013年6月刊)
タイトルからド直球の学校小説である『高校入試』は、イヤミスの女王の称号を背負ってベストセラー作家の仲間入りを果たした湊かなえが、初めて自らシナリオを手がけた同名テレビドラマ(2012年/フジテレビ系)を小説化した作品だ。舞台となるのは、県内有数の名門公立高校。入学試験の前日、会場となる教室の黒板に「入試をぶっつぶす!」と殴り書きされた貼紙が見つかり、教師陣に動揺が走る。まさか在校生の誰かが、試験中に何か騒動を起こそうと企んでいるのだろうか……?
帰国子女の英語教師、
単行本デビューから10年で、湊かなえは押しも押されもせぬ実力派作家としての地歩を固める。2012年、無骨な漁師のプロポーズのような言葉に意外な真相が秘められていた「望郷、海の星」(短編集『望郷』に収録される際「海の星」と改題)で第65回日本推理作家協会賞・短編部門を受賞。また、太平洋を望む港町を舞台に、ボランティア活動に励む3人の女性の名誉欲と自己防衛本能を暴いた『ユートピア』(15年)で第29回山本周五郎賞を受賞する栄にも浴している。
デビュー10周年を記念して刊行されたファンブック「湊かなえ読本」(17年)に掲載されたインタビュー記事によれば、湊は自らにつきまとう「イヤミス」の看板について「まあ、腐れ縁の彼氏みたいなもので(中略)適当な距離を保ちながら、しかし今後も長くつき合っていきたいですね」と語っている。イヤミスの女王の地位を守りながら作風の幅を意欲的に広げてきた湊は、〈山ガール〉ブームの後押しにも一役買った『山女日記』(14年)や自身も大学4年のとき被災した阪神・淡路大震災と正面から向き合った『絶唱』(15年)のように、真摯な〈励まし〉や〈祈り〉のメッセージを籠めた人間賛歌の書も手がけて好評を呼ぶ。
④ 『ブロードキャスト』(2018年8月刊)
湊かなえが初めて挑んだ新聞連載小説。実際に開かれる「Nコン」ことNHK杯全国高校放送コンテスト(作中では「Jコン」ことJBK杯全国高校放送コンテスト)を目指す放送部の生徒たちの活動を生き生きと描いて、なにより〈物語の力〉を強力にアナウンスする真っ向勝負の青春小説だ。中学時代は陸上部の有力選手だった主人公、
⑤ 『ドキュメント』(2021年3月刊)
湊かなえ作品と放送部は、じつは『ブロードキャスト』以前から縁が深い。全編が書簡形式の異色のミステリー『往復書簡』(2010年)には高校時代に放送部だった男女が登場していたし、先に紹介した『高校入試』(13年)では全国高校放送コンテストのためドキュメンタリー番組を制作した放送部員が“騒動の発端”と呼べる位置にいたのだった……。偶然か運命なのか、トンガから帰国後、湊が新生活を始めた淡路島は高校放送部の活動が盛んな地域だった。湊自身は、中学のときはバレー部、高校は剣道部と体育会系の人間だったのだが、新しい職場で熱心に活動する放送部の生徒たちと接するようになったことがその後の創作活動に与えた影響は大きかったようだ。
最新長編『ドキュメント』は、『ブロードキャスト』の続編である。主人公の町田圭祐は、入学前の
――それにしても。『ドキュメント』の単行本化に際し、書き下ろされた「終章」には驚きもし、胸が詰まる思いがした。ミステリー的な驚きではないので、ここで触れてもかまわないだろう。そう、高校2年に上がった町田圭祐たち放送部の面々は、勝負に挑むことすらできなかった。“放送部の甲子園”JBK杯全国高校放送コンテストは、中止となってしまうのだ。「小説 野性時代」での連載(2020年1月号~21年1月号)をスタートさせた時点では、まさかこんな
学校小説とは、誰もが義務のように通う場所を背景とするだけに、一種の普遍性をもって長く命脈を保つ。発表から5年、10年が経っても、『ブロードキャスト』を手に取る若い読者は、それを“今の自分たちの物語”として読むことができるだろう。しかし湊は、その続編たる『ドキュメント』の最後で、あえて学校小説としての普遍性をやや損なっても、たった今“時代の困難”に直面している子どもたちの側に寄り添う覚悟を決めたのだ。きっと困難を乗り越えて圭祐たちが挑む、高校3年最後の夏の奮戦記を書いてくれますよね、湊さん!
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