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特集

【インタビュー】青春小説とホラー、ミステリの融合作登場 杉井光『羊殺しの巫女たち』

2023年に発表した『世界でいちばん透きとおった物語』が大きな話題になるなど、杉井光はライトノベルのジャンル外にもファンの多い作家だ。その杉井が長篇ホラーに初挑戦した。因習の残る村を舞台に、6人の少女たちが自分を縛る運命と闘う姿が描かれる。意外性に満ちた物語の原点にあったのは、あの名作たちだった。

取材・文=杉江松恋 撮影=川口宗道

杉井光『羊殺しの巫女たち』インタビュー

「いつか『IT』のオマージュを書きたいと思っていた」

僕はホラーのよい読者ではないんですが、昔からスティーヴン・キングの『IT』は大好きだったんです。あれは少年時代に一つの約束をした仲間たちが大人になってそれをやり遂げるという話で、ホラーというより青春小説の部分が好きだったんですよ。みんな『IT』というとピエロのペニーワイズが怖いという話しかしないのが悔しくて、いつか日本を舞台にしたオマージュ作品を書いてみたいと思っていました。作家デビュー前からの夢でしたね。


――キングというのは納得です。日本のホラーはそれほど読んでこられなかったというお話ですが、本作には伝承や祭事などさまざまな要素が盛り込まれて、しっかりとした民俗ホラーになっていますね。

これも大好きな作品で、小野不由美先生の『屍鬼』はだいぶ参考にさせてもらいました。この小説の舞台は閉鎖的な村で、村長と医者と、宗教指導者の三役ががっちり支配している。『屍鬼』だとお寺なんですけど、本作は「おひつじ様」という神様が支配する村なので、神社が中心です。そういう図式を作ったらあとは自動的に決まっていきました。『IT』、『屍鬼』、そして綾辻行人『Another』が目標にしていた三作なので、装画が『Another』を手がけた遠田志帆さんに決まったときは、本当に嬉しかったですね。



――そういえば、なぜ「おひつじ様」なのでしょうか。

『IT』のように過去と現在を描くということで、干支を思いついたんです。十二支から選ぶとなるとひつじ一択でしょう。ネズミとかイヌは可愛すぎてボスキャラにならない(笑)。


――物語の中心にいるのは同い年の6人の少女です。彼女たちが「おひつじ様」を巡る秘儀に参加することから話が進んでいくわけですが、6人の書き分けは大変だったのではないかと思います。

そこはセリフだけで書き分けられるように頑張りました。ライトノベル書きというのは、読者にヒロインと恋に落ちてもらわないと商売にならないんです。6人のヒロインたちから読者がそれぞれのお気に入りを見つけてくれることを祈りたいですね。


――前半と後半で彼女たちに対する印象はだいぶ変わります。特に有力者の娘である伊知華はとても冷徹な感じに描かれているのですが、後半で彼女が何を考えているのかがわかるとそれは覆されます。その変化によっても、読者は強く惹かれるわけですね。

「ライトノベルとホラーは相性が悪い」

そうですね。伊知華はいちばん力を入れて書いた人物なので、彼女の魅力がまず読む人に伝わればいいなと思っています。実はホラーって、ライトノベルと大変相性が悪いんです。キャラクターがひどい目に遭って舞台から退場する小説ですから、せっかく愛着を持ってもらっても、いなくなってしまうわけなんですよ。読者にキャラクターを好きになってもらってシリーズを続ける、というのがライトノベルのビジネスモデルなのに(笑)。だから今回は、これ一回限りの惚れさせキャラをたくさん作ってもったいなかったですね。



――本作はホラーであると同時に、伏線回収を前提としてサプライズを仕込むという、ミステリの技巧が効果的に使われた作品だと思います。

はい。僕はミステリ作家とはちょっと名乗りづらいですが、その技法を借りて多ジャンルの小説を書くのが得意なのだと思っています。いわゆる本格としての厳密さよりも、フィギュアスケートのジャンプのような、形の美しさを僕は求めています。


――複数のトリックが使われていますし、ミステリとしても満足度は高いと思います。

僕は、ミステリには手数が重要なところがあると思っているんです。お笑いと同じで、いっぱいかますと受け取る側の満足度も上がる。これは見抜かれるだろうな、というものを出しておいて、その背後にもっと大きな驚きを隠しておいたり。そういう小細工はたくさん使ってます。


――小説は過去パートと現代パートが交互に進んでいきます。先ほどのお話だと、過去ありきの現代編ということなんですね。

はい。現代編は枠物語の外枠みたいな感じです。この小説のために『IT』を読み返しましたけど、あれはほとんどが過去篇で現代の部分は1/3くらいなんです。そういうことを再発見しながら、もういちど勉強し直しました。


――今回のタイトルですが、『羊殺しの巫女たち』というのは最初からあったものですか。それとも書き終えてからつけたものでしょうか。

これは最初からありました。どの作品も先に決まることが多いんです。お話のほうから、名刺を持ってきてくれるみたいな(笑)。



――「こういうものです」と自己紹介してくれますか。今後のことをお聴きしたいんですけど、ホラーをこのあと続けて書かれる予定はおありでしょうか。

手持ちの素材はないですね。何しろこれは、デビュー前からの夢を叶えてしまったような小説なもので。ホラーに関しては、こういう風にすれば読者を怖がらせられるぞ、という勘所を見つけたいですね。今のところ僕はまったくのホラー素人なので、まずは自分で読んで怖いと思える作品を書くことが大事だと思っています。ホラーにはミステリと違って理詰めではない要素があるので、そこが難しいです。やはり青春小説がいちばん好きなので、ホラーとうまく組み合わせる方法が見つかったら、バンバン書く未来もあるのかもしれません。


――期待してお待ちしております。

また帰ってきます。よろしくお願いします。

作品紹介



書 名:羊殺しの巫女たち
著 者:杉井 光
発売日:2025年08月27日

『世界でいちばん透きとおった物語』著者による二度読み必至ホラーミステリ
「十二年後、次の祭りの日に、ここでまた集まろうよ。みんなで」
山に囲まれた早蕨部村で12歳を迎える6人の少女たちは、未年にのみ行われる祭りの巫女に任命される。それは繁栄と災厄をもたらす「おひつじ様」を迎えるため、村の有力者たちが代々守ってきた慣習だった。祭りの日、彼女たちは慣習に隠された本当の意味を知る――。そして12年後、24歳になった彼女たちは、村の習わしを壊すというかつての約束を果たすため、村に集う。脈々と受け継がれた村の恐るべき慣習と、少女たちの運命が交錯する中、山で異様な死体が発見される。
あなたは、真実に気づくことができるか。衝撃のホラーミステリが幕を開ける!

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