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特集

【インタビュー】筒井康隆さんの原作から約60年。細田守版・小説『時をかける少女 A Novel based on the Animated Film』インタビュー

青春アニメーション映画の金字塔「時をかける少女」(原作=筒井康隆 脚本=奥寺佐渡子 監督=細田守)。2006年の公開から19年を経て、このたび細田守監督自らの手で小説化された。なぜこのタイミングなのか、新作「果てしなきスカーレット」との共通点とは……苦労に満ちた執筆秘話を、たっぷり語っていただきました。

インタビュー・構成 角川文庫編集部

細田守版・小説『時をかける少女 A Novel based on the Animated Film』インタビュー



最初は書ける気がしなかった


――アニメーション映画「時をかける少女」から19年を経て、細田監督自ら小説版をお書きになりました。まずは執筆の経緯をおしえてください。

もともと、自分で小説にしようとはまったく考えていませんでした。自分の映画作品を自分で小説化したのは「おおかみこどもの雨と雪」からです。それは、「おおかみこども」が自分の母親の話だったからなんです。自分の母のことを知らない作家の方に書いていただくのは、母に対して申し訳ないというか、まずいんじゃないかと感じたからです。それをきっかけに、小説版も自分で書かなきゃいけないな、責任を負わなければいけないなと思うようになりました。
もちろん「時をかける少女」は筒井康隆さんの原作小説を元にした作品ですから、自分に映画を監督する以外の役割があるとは、一切思っていなかった。
ところが今から5年位前ですかね、当時KADOKAWAの副社長をされていた井上伸一郎さんがやってきて、「細田さん、アニメーション映画『時をかける少女』そのものを追体験できるような小説版を書いてください」とおっしゃった。
僕は、今さらだと思ったのですが、井上さんが「筒井先生にお願いしてご快諾いただいた」と言うんです。筒井先生に許諾をいただいたとなると、そのままにしておくわけにはいかない。
とはいえ、最初は書ける気がしなかったんです。現在進行形で映画を作っていてその小説版を書く、ということはやってきましたが、映画「時をかける少女」を作り終えてからその時点で14年くらい経ってますから。気持ちはやはりその時に作っている作品に集中している。依頼当時は「竜とそばかすの姫」を作っていましたし、終わったらすぐ「果てしなきスカーレット」の企画が始まりましたし、なかなか「時をかける少女」と向き合うタイミングがありませんでした。


真琴は今も生きている


――しかし、「スカーレット」の小説版を書き上げた後に、担当編集者にご相談いただきましたよね。それまでも何度か、「原稿用のファイルをデスクトップには置いてあるんですけど……」と仰っていました。

そうそう、絵コンテのト書きとセリフを文字に起こしたファイルを元に小説原稿をイチから書いていくのですが、そのテキストはずっと用意してあったんです。
でも切り口が分からず、担当編集の方に「どうやって書いたらいいと思いますか?」という相談をしました。いろんなアイディアが出た中で、「19年経っているわけだから、19年後の真琴が回想して書く、『スタンド・バイ・ミー』のような形式はどうでしょうか」というアドバイスをいただき、なるほど、それは妙案、と思いやってみたけれど、これがまた全然書けない(笑)。
もともとの作品に組み込まれている視点ではないから、作品が変わっていくことへの抵抗感もあったんだと思います。で、苦労した挙句、やっぱりリアルタイムで書くしかないな、という覚悟が決まったのかもしれません。


――私の記憶では、スタジオ地図で打ち合わせをしていた時に、高橋望プロデューサーが、「スカーレットと時かけって通じてますよ」と仰ったんです。

ああー、ありましたね! 高橋さんにも相談していたら「スカーレットと絡めて書けばいいんじゃないですか」って言うんです。「そんな馬鹿な。書けないよ! 全然別の作品じゃん!」と思っていたけれど、よく考えるとたしかに通じるところはあるんですよね。もうひとつ別の話ですが、25年3月に「果てしなきスカーレット」の特報ができたので、それを見たら、「時をかける少女から19年」というテロップが入っている。東宝の若い宣伝プロデューサーがピンときて入れたんですね。そういうことが積み重なると、関係があるような気が僕もしてきてしまう(笑)。それもきっかけの一つだったかもしれません。


――ともあれ、リアルタイムで書いたら、書けたんですね。

書けたんです。「時をかける少女」というのは時間にまつわる物語だからなのかな、と思うのですが。最初は、19年経った今小説版で書く意味を視点に見出そうとしたんだけど、そうじゃなくて、今「時をかける少女」をそのまま書くことそれ自体に、時間を超える意味が出てくるというか。物語の中でわざわざ時間を二重構造にしなくても、読者がその二重構造を感じ取ってくださるのではないか。ということに書きながら気づきました。そういう意味でも筒井先生の原作は奥深い作品だなと改めて思いました。これまでも実写映画やテレビドラマと形を変えて来た原作の、「時間をめぐる物語の作用」が、作品の魅力につながるんだなと。
アニメーション版を作る時も、40年前の原作を元に映画をどう作るか、ということを考えたのですがそこからさらに19年。約60年の時間を超えて、新鮮に描ける可能性があるということに驚きました。小説で書いていても、19年前の真琴を書いているのではなくて、今生きている真琴を書いている気がしたんです。映画では19年前のガラケーが登場していますが、小説版では「携帯電話」としか書かない。ひょっとしたら今の高校生が読んだら、現代の話として受け止めてくれるかもしれない。これもまた時を超えている、それが小説というメディアの面白さかもしれません。
実写映像の「時をかける少女」の宿命があるとすれば、出演された方が年齢を重ねていくということだと思います。アニメーション映画の方が、古びにくいという点があります。小説はもっと垣根がないので、小説という媒体自体に時間を超える特性がある気がします。2006年に小説版を書くより、2025年の今書く方が、意味がある題材なのではないかと思い始めると、書きながらやる気がわいてくるわけです。そうすると、今を生きている真琴だったらどう感じるだろう、と身近に感じながら書き進めることができました。


――書きあがった後、監督が「真琴は今も生きているんだと分かりました」と仰っていたのが印象的でした。

過去回想にすると死んだ時間になってしまうというか、固定された時間になってしまう。今の時間の物語として書くと、可能性がある、どうにでもなる気がしてくる。真琴が千昭に、映画で描かれた以上のもっと決定的なことをうっかり言ってしまいそうな気がしてくる。もしくは功介や千昭が真琴にもっと決定的なことを言ってくれそうな気さえする……、ま、言わないんですけど(笑)。でもそれくらい、時間の岐路に立っているような気がしてくる。



――セリフを大きく変えているわけではないですが、小説ならではの表現として、後半に真琴の心情がグーッと出てくるところが素晴らしいと思いました。お話を伺っていると、リアルタイムで描いたからこそ、真琴の心情が出て来たんですね。

そうですね。そもそも真琴の一人称をどう書くか、ということを掴むまでに時間がかかったのかもしれません。映画の内容的にコミカルな部分があるので、最初は文体もコミカルにしなければいけないのではないかと思っていてうまく行かなかったんです。それを落ち着いた文体にした瞬間に、書けるようになった気がします。まじめな顔して冗談言う、みたいな、それがかえって真琴らしいかも、と。真琴に寄り添って書くうえでは、表層的な文体を高校生のようにすることではなくて、その高校生の言葉の裏にどういう心情があるんだろう、ということを押さえるのが大事なんだなと思いました。

「未来」は変わっていく


――話は変わりますが、アニメーション映画「時をかける少女」公開時のインタビューをいくつか読ませていただき、ハッとさせられました。当時の「未来」に対するアプローチ、コンセプトはどういうものだったか、改めてお聞かせください。

もともと筒井先生は1960年代に『時をかける少女』をお書きになっています。当時は、「社会的な問題を未来は克服していくだろう、特に科学技術によって乗り越えていくだろう」という希望があった時代だったと思うんです。1970年には万博があったり、「未来は今よりももっとよくなっているはずだ」と僕も子供のころそう思っていました。でも2006年当時、今の子供は全然そう思っていないだろうなと感じたんです。2000年以降の「未来観」は全然違うだろうな、と。では今の子供たちにとっての未来ってなんだろう? と。でも最初は分からなかった。ところがある時、取材に訪れた高校で、目の前を白いポロシャツ姿で走っていく女の子が通り過ぎた。その瞬間、「あ、これが未来だ」と思ったんです。つまり、科学技術が未来を変えてくれるんじゃなくて、白いポロシャツを着たその子のバイタリティ自体が「未来」なんだ、と。きっと彼女たちにとって、未来は誰かから与えられるものじゃなくて、自分たち自身の元気さや希望が「未来」なんじゃないか、と考えた。2006年に映画を作るならば、その走っていく少女のバイタリティを作品にすることで、過去に作られた「時をかける少女」の映像作品や原作と違う、新しいコンセプトを見出せるんじゃないかと気づいたんです。結果的に原作とは違うストーリーラインになりましたが、なぜ違うかというと「未来観」が違うからだと思います。


映画ができてから筒井先生に見ていただいて、「原作とは全く違う、でもそこがいい」と言っていただいて。ふつうはもっと「原作通りにしてほしい」と言われそうにも思うのですが、どこかでこちらの思いを分かってくださったのではないかと感じて、とても嬉しかったです。
ひょっとすると、「未来」というものをどう描くのか、その変化を常にとらえていくのが、筒井先生の原作にとどまらずに広がっていく、「時をかける少女」という物語が持つテーマなのかもしれませんし、これからも誰かがバトンを引き継いでいくテーマなのではないかという風に思います。


――非常に興味深いお話ですね。そういった未来観が2006年当時のものだとすると、19年経った2025年の今、そこに変化はありますか。

今はAI時代ですよね。考えようによっては、すごく「未来」です。下手したら、1960年代にSFで描かれていた世界を超えている「未来」かもしれない。でも、ひょっとしたら今の方が、未来に対してネガティブな要因は多いんじゃないかと思います。2008年ごろが日本の人口のピークで、その後も少子化が進んでいますし、世界の中の日本の経済的な順位は下がっています。日本に限らず、ヨーロッパの国々も下がっているわけですけれども。みんな2006年より不安な中で生きているんじゃないかと思います。
でもその中で映画や小説に言えることがあるとすれば、「未来は変わっていくんだ」ということです。そして「変えるのは、あなたたちです」ということを言うために映画や小説ってあるんじゃないかということを、改めて思うんです。未来や希望は潰えないと、あえて言葉にしなければいけないような未来に、僕らはいるのかもしれない。


――今お話を伺っていて、「スカーレット」について仰っていたこととつながる気がしました。いまだに野蛮な戦争が起きていて、「我々はもっといい未来を迎えられるはずじゃなかったっけ?」と。

そうなんです。「スカーレット」を発想したきっかけはコロナと戦争ですし、「時をかける少女」と「スカーレット」には、構造的にもどこか通じるものがある。つまり、住んでいる時間が違う者同士が出会って、影響を与え合いながら「未来」を再定義して作り上げていく、という点ですね。
そういう意味では、「スカーレット」を書き上げた後だからこそ、「時をかける少女」の小説も書けたのかもしれませんね。


造本にもこだわった一冊


――造本について、お伺いします。当初から監督が、ビジュアルを入れたいと仰っていました。今回は見返し、口絵にも背景美術を入れています。

いいですね、いきなりキャラクターの画が登場するのではなく、背景美術・世界観から入っていくのがとても良いと思います。山本二三さんの繊細な背景美術が真琴のひと夏を描き出しているので、そこから世界に入ってもらえるのは嬉しいです。カバーで描かれているシーンも、本文内のテントウムシも、随所にこだわった一冊になりましたね。


――複製原画も作らせていただきました。ファンはグッとくるシーンをチョイスさせていただきました。

小説とともに楽しんでいただけるとありがたいです。映画公開から19年経ったからこそできた一冊になったと思います。昔映画を見てくださった方が、その時間を思い出して読んでくださるような、もう一度その時間を味わってくださるような読書体験になると嬉しく思います。


撮影/神藤 剛


プロフィール

細田 守(ほそだ まもる)
1967年富山県生まれ。91年東映動画(現・東映アニメーション)入社。アニメーターおよび演出家として活躍後、フリーに。『時をかける少女』(2006年)、『サマーウォーズ』(09年)を監督し、国内外で注目を集める。11年にはアニメーション映画制作会社「スタジオ地図」を設立。監督・脚本・原作を務めた『おおかみこどもの雨と雪』(12年)、『バケモノの子』(15年)はともに大ヒットとなり、『未来のミライ』(18年)ではアニー賞を受賞、米国アカデミー賞長編アニメーション部門にもノミネートされた。『竜とそばかすの姫』(21年)では、カンヌ国際映画祭のオフィシャル・セレクション「カンヌ・プルミエール」部門に選出され、世界中で注目を集めている。


▼「時をかける少女」複製原画 詳細はこちら
https://store.kadokawa.co.jp/shop/e/eti0662/?srsltid=AfmBOoo1J-mbONd37L3QHVf2zUk6KmvnTp14Ec6LnW-DROhfIZJar8hq

作品紹介



書 名:時をかける少女 A Novel based on the Animated Film
著 者:細田 守
発売日:2025年08月29日

待ってられない未来がある。あの名作アニメ映画を細田守監督自ら小説化!
ある夏、偶然“タイムリープ”という能力を手にした女子高校生の真琴。ついてない毎日を変えるため、ささいなことで時間を跳び越えタイムリープを繰り返すが、その積み重ねの先に思いもよらないピンチが訪れる。
かけがえのない時間と大切な人を救うため、真琴が決めた未来とは――。

*本作は劇場版アニメーション映画「時をかける少女」(原作 筒井康隆/脚本 奥寺佐渡子/監督 細田守)をもとに小説化したものです。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322505000585/
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