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特集

逃亡の果てに“楽園”はあるか? 映画『楽園』に連なる、シリーズ最新作!! 吉田修一『逃亡小説集』刊行記念インタビュー

撮影:洞澤 佐智子  取材・文:タカザワ ケンジ 

書影

シリーズ第1弾『犯罪小説集』

――次の「逃げろお嬢さん」はそんな報道の渦中にいる逃亡者が登場します。逃げているのは、夫が大麻所持の現行犯で捕まった元アイドルの「マイマイ」。誰もが知る有名な事件を思い出しますが、主人公はそのアイドルではなく、長野で小さな温泉宿を経営する男です。高校時代にマイマイのファンだったその男のもとに、逃亡中の彼女が現れます。

吉田:でも男は、これはドッキリ番組じゃないかと疑う(笑)。


――コミカルな要素がありますよね(笑)。ニヤニヤしながら読みました。

吉田:逃げている女性が、ある人を連想させてしまうので、あまりそちらに近づくのもなあ、と。それで男性ファンの目線にしたんです。それに『犯罪小説集』に続く第二弾ということもあって、同じようなトーンの作品集にはしたくなかった。いくらか明るめにしたいなと思った結果が、「逃げろお嬢さん」です。


――ところで、吉田さんにとってアイドルというと誰ですか?

吉田:小泉今日子さんですかね。


――おニャン子クラブ直撃世代じゃないですか。

吉田:長崎で放送してなかったんです、あの番組(笑)。


――失礼しました(笑)。主人公の康太は熱心なアイドル・ファンですが、吉田さんはどうでしたか。

吉田:私はここまでアイドルにハマったことはないですね。中学、高校と映画にハマっていたので、どちらかといえば、ソフィ・マルソーとか。


――『ラ・ブーム』! 懐かしいですね。さて、少し横道にそれましたが、「逃げろお嬢さん」のマイマイは、有名なアイドルではあるけれど、同時に不運なアイドルでもあります。

吉田:彼女もやっぱり理不尽のなかにいるんですよ。歌でも演技でも、本当だったらトップになれるはずの人。でも、世の中の見る眼がなかったり、時代とズレてしまったりで上には行けなかった。でも、それってどうしようもないじゃないですか。どんなにアイドルとしての資質があっても、ほかの条件も揃わなければ一番にはなれない。その理不尽さですよね。


執筆中の「心の叫び」


――最後の作品が「逃げろミスター・ポストマン」。舞台は北海道、網走です。

吉田:実際の執筆順とは前後しますが、『逃亡小説集』の取材で最初に訪れたのが網走だったんです。もう二年前になりますけど。その時の取材をもとに書いたのがこの作品です。


――日本郵便の孫請けをやっている運送会社のドライバーが、配達の途中に荷物ごと失踪してしまう。主人公は失踪してしまった男の元義理の兄、幸大です。幸大はイワシ船に乗る漁師ですが、流氷で船が出せない冬にはポールダンスの店でアルバイトをしています。

吉田:漁師がポールダンスの店で働いているという設定は、本当に網走でそういう人に会ったからなんです。カルチャー・ショックでした。そもそも、流氷のせいで冬に漁ができないこともそうだし、その間の働き口として建設現場ならイメージが湧きやすいですが、ポールダンスのお店とは。なるほどなあ、と。そこに人間と北の大地の逞しさを感じたんだと思います。



――それも現実がイメージを裏切る例ですね。

ところで、近年は長篇作品の刊行が続いていますが、吉田さんにとって短篇とはどんなものでしょう?

吉田:仰る通り、長篇が続いていたので、久しぶりに短篇に取り組めたのは新鮮でした。よく言われることではありますが、短篇は短距離走のようなものですね。しかも、映画『楽園』の公開に合わせて刊行することもあって、執筆時間もかなりタイトでしたから。特に「逃げろ純愛」と「逃げろミスター・ポストマン」は、この夏に一気に書き上げた。でも、それが良かったんじゃないかと自分では思っています。時間をかけてこねくり回したら面白くなくなったんじゃないかな。大変ではありましたが。


――締切に追い詰められたことで切迫感が出ましたか。

吉田:最後の「逃げろミスター・ポストマン」に、幸大が「逃げようと思えば逃げられるのかもしれないと思えた瞬間、急に気持ちが軽くなる」と思う場面があるのですが、書いていて本当に心からそう思っていました。実際に逃げられなくてもね。心の叫びです(笑)。


――『逃亡小説集』刊行と期を同じくして『犯罪小説集』を原作とした映画『楽園』が公開されます。骨太の映画に仕上がっていました。

吉田:自分の作品の映画化というよりも、瀬々敬久監督の映画に自分の短篇を二つ入れてもらったという感じが強いですね。主演の綾野剛さんが、完成した『楽園』を見て「世の中には抱きしめてあげないといけない人が沢山いる」と言ってくれたんです。実際に登場人物を演じた役者さんに言われて、「ああ、そうだったのか」と、あの短篇集で書こうとしていたことに気づかされました。『逃亡小説集』も、読者の方の感想から気づかせてもらえることがきっとあると思います。

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吉田修一(よしだ・しゅういち)
長崎県生まれ。2002年『パレード』で山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で芥川賞、07年『悪人』で毎日出版文化賞と大佛次郎賞、10年『横道世之介』で柴田錬三郎賞、19年『国宝』で芸術選奨文部科学大臣賞と中央公論文芸賞を受賞。シリーズ前作『犯罪小説集』を原作とする映画『楽園』が大ヒット公開中。


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