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レビュー

高校生の傷害事件に隠された真実とは。 常識破りの警察小説!――今野 敏『呪護』文庫巻末解説

高校生の傷害事件に隠された真実とは。 常識破りの警察小説!
今野 敏『呪護』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

今野 敏『呪護



今野 敏『呪護』文庫巻末解説

解説
せきぐち えんせい 

 今野敏がインタビューやエッセイなどで、おりにふれ語っている言葉がある。
「警察小説って便利なんですよ」
 というのがそれだが、本書『呪護』刊行の際のインタビュー(『本の旅人』二〇一九年四月号)でも、このシリーズは作者の代名詞である警察小説の世界に、伝奇小説の要素をミックスしたユニークな作品ですねという問いに対して、おもむろにこの言葉を口にし、
「(警察小説は)ミステリでも恋愛小説でもオカルトものでも、どんなジャンルでも盛りこめる、すごくいい器」
 と語っていたものだった。
 以前ほかのところで書いた文章の繰り返しになるが、警察小説の一般的イメージというと、事件の捜査を主体とした刑事や制服警官たちの行動を緻密に描く小説、もしくは名刑事が登場して難事件を解決する小説といったものになるだろうか。ところが、ある時期にこれが一変する。警察官といえども(会社)組織の一員であることには変わりなく、また警察内の部署にしても捜査を担当するだけでなく、警備や交通さらには事務職系の仕事をする人たちも多数存在するという、実に当たり前のことにみなが気づいたのである。
 さて、そこから何が起こったか。
 あくまで警察官という特別な職業と枠組みの中で生きる人たちを主人公にしたものではあるけれども、警察小説が企業と同じような題材としての組織小説にも、仕事ばかりではなく常に家庭のことも気にかけ憂えている家族小説にも、警察官の恋を描いた恋愛小説にもなりうる、誠に柔軟な魔法のごときジャンルとして、にわかに注目されるようになったのだった。
 いや、そればかりではない。本来の謎解きを中心としたミステリはもとより、警察官と事件関係者の交流を細やかに描けば時代ものにも負けない人情小説になり、一方でその時々の流行や世相を捉えた風俗小説にもなりうる。もちろんアクションたっぷりの活劇小説や、ハードボイルド風の作品も忘れてはならない要素だ。
 また事件の捜査を通じて得た経験を自分の糧とし、人間としての幅も出てくる過程を描いた、成長小説だって考えられる。あるいはスピンオフして、事件の加害者家族、被害者家族を軸に据えたものだっていい。
 つまりはこれが今野の言う、警察小説はどんな小説のジャンルにも対応できる「器」という意味なのだ。しかもこの器は、どんなものを投げ込んでも奇跡のような化学反応を起こし、驚くべき結果をもたらしてくれるのだった。
 加えて、事件を挟んでこれほど人間感情の裏表を暴き出し、ストレートな形でも、とことんひねった形でも描写できる小説はなかったかもしれない。可能性を広げるという意味では、作者にとっても、読者にとっても、こんなに魅力的な小説のジャンルはなかったように思う。
 そこでふと思い出したのは、かつて吉田茂元首相が、とあるインタビューで愛読書は何ですかと問われ、野村胡堂の『銭形平次捕物控』を挙げ、その理由として現代の小説はいくら読んでも、そこに生活が浮かび出て来ないからつまらないが「銭形平次」の中には江戸の市民生活があると説明していたエピソードだ。不可解な出来事や事件の謎解きだけにはとどまらず、そこにもうひとつふたつ、物語として、小説として面白く読める要素を加味したものだからと答えたのである。
 何のことはない。昔から捕物帳は「器」の役割をはたしていたのだった。とはいえ、一九八〇年代後半あたりから始まった警察小説の新しき波は、こうした過去の捕物帳などの歴史も踏まえながら、その後も進化と深化を重ね、やがて絶大なる人気を博していくことになる。今野敏はその流れを牽引した中心的作家である。

 前置きが長くなってしまった。さて、本書『呪護』(初刊は二〇一九年三月)は《鬼龍光一》シリーズの四作目(プレ・シリーズの『鬼龍』を加えれば五作目)となる作品である。これは冒頭でも記したように、簡単に言えば伝奇小説と警察小説が合体したもので、はるか古くより受け継がれてきた鬼道衆の力を持つ「祓師」と、少年事件を専門に担当する警察官が、亡者や狐き、じゆつなど常識では測れないさまざまな怪奇事件を解決していく物語だ。まさに、どんなジャンルでも盛り込めるということを実践したシリーズでもある。
 過去のシリーズ作をお読みになっている読者ならおわかりだろうが、今回もまたまずは事件の発端からして奇妙なものだった。
 都内の私立高校で、男子生徒が教師をナイフで刺すという事件が起きた。その生徒が言うには、同級生の女子生徒が教師と淫らな行為をしているところを目撃し、彼女が襲われていると思ったのだという。だが、女子生徒の供述は微妙に食い違っていた。先生とセックスしていたのは間違いないが、それは法力を発揮するために必要だったからというのだ。
 その供述を聞いて、警視庁生活安全部少年事件課の富野輝彦は、またか、と思った。なぜか自分は、怪しげな話に関わってしまう。富野はそんなことを考えていたのだった。
 この場合──警察小説と伝奇小説のジャンルミックスということになるが、これは極めて難しい。あまりに対照的すぎて、通常であれば概ねどちらか一方に寄った物語展開になっていくものだからだ。警察小説寄りならば、少年の犯罪はもちろんだが、女子生徒に対する教師の強制性交等罪、もしくは淫行条例違反も問われることになり、捜査の手は当然伸びていく。淫行条例違反はかりに合意の上であっても成立し、物語も必然そちらの方向に進んでいくことになる。
 一方、伝奇小説寄りであれば、法力だの術者だのといった事柄は一般常識のらちがいにあるものだけに、どうかすると噓っぽくなりがちで、警察の存在などいつの間にかどこかへ消えてしまいかねない。言ってみれば、ガチリアルとオカルト・ロマンの交差というか、現実と非現実のぶつかり合いである。まったく正反対、対極の位置にあると言ってもよい。普通ならまず混じり合うことはないだろう。ところが今野敏は、この両者をものの見事に融合させてしまうのだった。
 噓っぽくなりがちなオカルト風味の物語には、だからこそリアリティを保証する上でも必要なのだと言わんばかりに、地に足のついた警察小説の結構を強調するのである。ことに前半から中盤にかけて、富野たちがひたすらこだわって意見を戦わせる教師の淫行条例違反問題などは、中にはちょっとくどすぎるのでは、と思われる読者も出てくるかもしれない。しかしこれこそが重要なステップであって、この部分の描写がなければ今野敏の警察小説とは言えないかも……とまでわたしは思っている。
 というのは──他の警察小説でもそうなのだけれども、今野敏は常に理想の警察官を思い描き、こういう人物がいてほしいとの思いを託して書いている。そもそも法律というのは権力側がその気になれば、いかようにも適用できるものである。たとえば、かつて「転び公妨」と呼ばれた行為があった。警察官が狙った人物のそばに行き、突き飛ばされたふりをして転ぶだとか、自ら体当たりをして倒れるなどし、公務執行妨害罪を適用して逮捕するのだ。時に権力はこうしたことを平気で行い、それを恥じるそぶりも見せない。しかもこれは決して極端な事例ではないというのである。法律を楯にするだけでなく、都合のいいようにねじ曲げ一人歩きさせて権力を行使する。こんな警察官は許せない。今野敏はいちにその思いを自身の警察小説に叩きつけてきたのであった。
 ましてや本シリーズの富野輝彦は少年事件課の警察官である。少年少女たちを前にし、おいコラお前らといった態度をとり、上から見下すような物言いで対処していたら一体どうなるだろう。富野は若い彼らときちんと話をし、その上で警察官としての職務をまっとうしようとするのだった。今回も女子生徒や父親、また教師に対してもしんに応対し、簡単に法律で裁いてしまっていいのかと思い悩む。教え子と関係を持った教師は、常識的には法で裁かれ、社会的に抹殺されてしまうのだ。しかし、もしも真相が別のところにあれば、彼は救済されなければならない。こうした姿勢が今野敏の警察小説の根底にある。
 この基本設定、基本構造をぶれずにきっちりと描いておいて、そこへ全身黒ずくめの鬼龍光一と、全身白ずくめの安倍孝景という怪しげなふたりを登場させ、荒唐無稽とも言える呪術などの要素を積み上げていく。どちらもいい加減なものではいけない。すると不思議に、対立するジャンル同士の相乗効果というのか、警察小説としても、伝奇小説としても、面白みが際立ってくるのだ。これもまた化学反応がもたらす結果であった。
 物語の発端となった教師と女子生徒の行為にしても、鬼龍と孝景はレイプなどではさらさらないと最初から知っていたふしがある。それも、その場所がある神社のそばに位置するこの学校内でなければならなかったことも含めてだ。教師と女子生徒は性的儀式を信奉する密教団体〈元妙道〉の信者であり、教師を刺した男子生徒はそこと対立する〈真立川流〉の一員だというのだ。つまり事件の核心部分は、敵対する密教系流派の現状にあるというのが、鬼龍と孝景の見方であった。
 さてさてここからおよそ壮大な伝奇的世界が広がっていく……のではあるんだが、何をどう書いても、ネタばらしになってしまいかねないおそれがあるから困る。伝奇小説にネタばらしも何もないだろうと思われるむきもあろうが、それはとんでもない誤解だ。謎の存在と解明は、物語にとっては最も基本的な要素であり、最大の見せどころなのである。今回の場合は、それが想像を絶するものであるだけに、余計に控えておきたいのである。
 それでも、ほんの一部だけでも紹介しておくと、日本の都──奈良にしろ京都にしろ江戸(東京)にしろ、これらはいずれも古代中国の陰陽五行説にある「四神相応」をもとに、風水やら呪術やらに根ざした考えが町造りのベースになっている。さらには江戸においては、鎮護するためにおんみようどう以外の方法も利用し、ある人物をまつった神社や塚などを建立、設置したとも言われる。これについては加門七海氏の著作に詳しいが、いずれにせよ、富野たちの行動によって、現代の東京にやがて巨大な呪術空間が現出するのである。いや、これには驚いた。
 また本書では、おおくにぬしの直系である富野の身にあることが起きて、こちらも読みどころのひとつだ。
 何やら最後は、もごもごと口に物を入れたような書きぶりになってしまったが、本書の面白さ、きようがくのとんでもなさは保証しよう。

作品紹介・あらすじ
今野 敏『呪護』



呪護
著者 今野 敏
定価: 836円(本体760円+税)
発売日:2022年03月23日

高校生の傷害事件に隠された真実とは。 常識破りの警察小説!
都内の私立高校で、傷害事件が発生した。白昼の実験準備室で男子生徒が教師を刺したという。警視庁少年事件課の富野が取り調べを行ったところ、加害少年は教師に襲われていた女子生徒を助けようとしたと供述した。ところが、女子生徒の口からは全く異なる事実が語られる。捜査を進めるなかで、富野はお祓い師の鬼龍光一と再会、事件の背後に人知を超えた力が隠されていることに気付くが……。スリリングな警察小説。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000591/
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