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人生で大事なものが凝縮された、神様からの贈り物――劉慈欣『火守』レビュー【評者:内田剛】

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劉 慈欣『火守



劉 慈欣『火守』レビュー

評者 内田剛(ブックジャーナリスト)

 なんと深遠な物語世界なのだろう。悠久の海からスタートし、遥か天空の星へとつながる。まさに地から湧き上がり天から降り注ぐような一冊である。読めばきっと心の奥底に火が灯り、明日へと一歩踏み出す確かな力を感じるはずだ。生老病死という営みと喜びや哀しみのすべてを凝縮させた『火守』は神様からの贈り物なのかもしれない。「約束」を果たすことの尊さを知る豊かな「学び」もある。そして自分自身にとってだけでなく、いちばん大切な「誰か」の存在、「何か」の力、その愛おしさにも気づかされるだろう。これぞ人生を共に寄り添いたい「座右の書」。著者の圧倒的な筆力はもちろん、心にくいばかりに物語に寄り添った挿画や翻訳も特筆すべき素晴らしさだ。メッセージが絶妙に伝わり、読まれるほどに価値がでる。宝物にもなる名作の誕生に心から拍手を送りたい。
 物語は命の気配すらない東の孤島から始まる。主人公の若者・サシャを取り囲むのは壮大な海。人々の日常を照らす太陽が昇る「東」という方角、幾多の命を生み出す母なる「海」。砂浜に打ちつける波音が胸の鼓動にも聞こえてくる見事なプロローグである。最果ての地にたどり着いたサシャにとって人生最大の冒険であったが、彼には絶対に成功させなければならない目的、病に苦しむ恋人・ヒオリの命を救うという使命があった。
 かけがえのない者への一途な想い。それは生きるための希望であり命を懸けた闘いでもある。その決意と覚悟が凄まじい。自らのすべてを捧げて恋人の幸せを願う、これは究極の愛の物語でもある。人は誰でも天に星を持つ。その輝きが命の証でもあるのだ。弱った星は色を失い、役割を終えれば流れ星となる。宇宙そのものが壮大な輪廻を呑みこんだ人生の集合体なのだ。闇に包まれた現実世界の中で僕らは気がつけば下を向いてしまっていないだろうか。空を見上げて誰かを思い浮かべれば、前向きになれる風を感じることができる。強く想うことから奇跡のストーリーが始まり、諦めない気持ちを高めてくれるのだ。
ヒオリの星に向かう方法はただひとつ。島に住まう老人の力を借りて恋人の星に行くことだけだった。職人気質の火守につき従いサシャは天空を目指す。もちろん星へ到達するには途方もないエネルギーが必要だ。鯨の肉は燃料となり歯は部品になる。ロケットの材料を集めるために過酷な労働に耐え、大自然の恵みにも頼らねばならない。人間の力ではどうすることもできない自然の摂理もあれば、とてつもなく長い年月をかけて培った人類の叡智もある。ただ自然の恩恵にあずかるのではなく真摯に感謝することも共生の精神が大切だ。この世は厳しい環境の中で懸命に生きてきた先人たちの血と涙が地層となってできている。遥か彼方でこの世界の明かりを絶やさず伝え続けている火守の姿から、僕らは誰かの無償の「愛」と「力」によって守られているのだ、という真実に気づかされる。
海、鯨、月、太陽、宇宙。想像力を無限にかき立てるスケールの大きさに目を奪われるが、心に深く刻まれるのは愛、情熱、希望、志といった目には見えない感情の粒子だ。ピュアな想いが細胞レベルの細やかさで、優しく温かく全身の隅々まで沁みわたる。自然や感情の描写も見事なこの物語には不思議な説得力がある。さらに誰でも納得し共感できる普遍性もある。孤独を感じたら空を見上げてみよう。人の「いのち」の象徴である天空の星々がいつまでも美しく輝き続けることを願い続けたい。そして今この日常に生きている奇跡を噛みしめたい。さまざまな気持ちが折り重なっていつしか祈りの境地にたどり着く。サシャの生涯を懸けた冒険は、読む者の血肉となって記憶に刻まれることだろう。『火守』は迷える時の道標となれば、行くべき方角を示してくれる羅針盤にもなる。語り継ぐべき新たなスタンダードとなることに間違いない。人生で大事なものはきっとここにある。

作品紹介・あらすじ



火守
著者 劉 慈欣
訳者 池澤 春菜
絵 西村 ツチカ
定価: 1,650円(本体1,500円+税)
発売日:2021年12月20日

中国SF『三体』の劉慈欣、唯一の物語絵本。星を旅する物語。
人はそれぞれの星を持っている。病気の少女のため、地の果てに棲む火守の許を訪れたサシャは、火守の老人と共に少女の星を探す過酷な旅に出る--。世界的SF作家が放つ、心に沁みるハートウォーミングストーリー。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322102001054/
amazonページはこちら


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