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『警官の道』
『警官の道』レビュー
評者 西上心太(書評家)
アンソロジーには二種類ある。一つは編者(アンソロジスト)がテーマを決め、既存の作品から選び出すというスタイルだ。もう一つはこのテーマで書いて欲しいと、直接作家に依頼するケースである。
前者は世に存在するおびただしい作品を渉猟し、テーマに似合う作品を選ばなければならないため、編者自身の識見が問われる。後者の場合は通常、編者=編集者となる場合がほとんどだろう。こちらの方は依頼する作家を選ぶセンスと、その依頼に応じてくれる作家との信頼関係も必要になる。作家側から見れば、同じテーマによる競作にもなるわけだから、生半可な気持ちでは受けられないのではないかと思う。
本書『警官の道』は後者のタイプのアンソロジーであり、テーマはもちろん警察小説だ。そして依頼に応じたメンバーの共通点は、新鋭から中堅に差しかかったキャリアの持ち主であり、次代を担う人気作家であることだ。
葉真中顕「上級国民」に登場する警察官は県警警備部所属の公安刑事・渡会だ。渡会は交通事故で死亡した老人の遺族に関わる調査を、上司から極秘に命じられる。有力者と繋がりのある加害者を守るため、遺族の弱みを探り、交渉を有利に進めようというのだ。渡会は警察を私物化する者たちに憤りを感じながら、任務を遂行するが。
〈上級国民〉の対極にいる被害者側のしたたかさが浮かび上がるラスト。短編ならではの切れ味鋭いツイストが決まる。
中山七里「許されざる者」は長編でおなじみの警視庁捜査一課の犬養隼人が登場する。オリンピック開会式の日に、八王子の森で有名演出家の他殺体が発見される。彼は閉会式の演出担当チームの一員だった。
身勝手な強者の驕りという作品のテーマは、酷暑とコロナ禍の下で実施されたオリンピックを象徴しているかのようだ。
呉勝浩「Vに捧げる行進」で描かれる犯罪は落書きである。寂れた商店街のシャッターに、同じ模様の落書き事件がくり返される。その度に交番勤務のモルオは駆けつけて、住人の怒りと直面することになる。
犯人の意図はどこにあるのか。コロナ禍におけるヒステリックな世相の動きを根底に、シュールな展開が待ち構えている。
深町秋生「クローゼット」の荻野大成は上野署刑事課で荒神と異名を取る武闘派刑事。しかし彼はゲイという誰にも言えない秘密があった。
多様性を認める職場とはとても言えない警察という組織で、ゲイが被害者になった事件を追いながら、彼の苦悩は募っていく。連作に発展していくのではと思わせるキャラクターだ。
下村敦史「見えない刃」に登場する明澄祥子は上司から性犯罪専従を命じられる。ベテランの東堂と初めて組んだ事件の被害者は22歳の女性だった。だが被害者は警察に訴えたあと自殺をはかり、意識不明が続いていた。
性犯罪の扱いの難しさを、セカンドレイプというテーマで抽出した作品だ。
長浦京「シスター・レイ」に登場する能條玲は、語学講師をしながら母親の介護をするバツイチ女性。友人のフィリピン人女性から、特殊詐欺の共犯の疑いをかけられ、行方不明になった息子の救出を頼まれる。
あれどこが警察小説なのかと思われるかもしれないが、ご安心を。玲の活躍を追っていけばその答えは自ずから判明するだろう。彼女もまた再会したいキャラクターである。
柚月裕子「
人気シリーズのスピンオフ作品。別の角度から描いた工夫が光る。そして聖の今後にも気を持たせる掉尾を飾るにふさわしい作品だ。
次代を担う七人の競作。期待に違わぬアンソロジーである。
作品紹介・あらすじ
警官の道
著者 呉 勝浩
著者 下村 敦史
著者 長浦 京
著者 中山 七里
著者 葉真中 顕
著者 深町 秋生
著者 柚月裕子
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2021年12月20日
警官で生きるとは? 豪華警察小説アンソロジー
「組織で生きる者の矜恃」
オール書き下ろし新作
次世代ミステリー作家たちの警察小説アンソロジー
「孤狼の血」スピンオフ、「刑事犬養」シリーズ新作収録
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