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レビュー

二人の刺青がある女、殺されたのは何者か。金田一耕助シリーズ!――横溝正史『スペードの女王』文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

横溝正史『スペードの女王



横溝正史『スペードの女王』文庫巻末解説

解説
中島河太郎 

 探偵小説に親しんでいる読者なら、トリックに型があって、一人二役とか、密室とか、アリバイ打破など、その代表的なものにんでいるだろう。
 また横溝正史氏の忠実な読者なら、氏が「顔のない屍体」のトリックに、特に関心を寄せて、しばしばその作品に使用されていることも承知しておられるはずである。
 昭和十年前後といえば、わが探偵小説界にとっては、いわば疾風怒濤の時代であった。通俗物全盛にあきたらぬ機運が興って、批評の振興、小栗虫太郎、木々高太郎らの新人登場、海外本格長篇の紹介などがあいって、その本質論をはじめ、新探偵小説待望の声がほうはいと起こった。
 著者は昭和七年に博文館を退社し、文筆専業を志した矢先、発病してかつけつし、療養生活を余儀なくされていた。だからこれらの新機運を転地先の諏訪で感じとる他はなかったのである。
 一年半の闘病生活を経て再起したのは十年のはじめで、「鬼火」は氏の転機を告げる問題作であったばかりでなく、新生探偵小説のきよとなった。
 それから「蔵の中」「かいやぐら物語」「蠟人」など、戦前の耽美的傾向の代表作がつぎつぎに生まれでたのだが、健康を害していたので、小説以外にはほとんど筆をらなかった。
 当時活発な探偵小説論を載せていた専門誌「ぷろふいる」「探偵文学」「探偵春秋」あるいは「月刊探偵」の編集者から、しきりに意見を求められたが、もとめに応じられなかった。責めを果たそうと思って、手帳のはしや原稿紙にその時々の感想を書きつけておいたが、発表するには至らなかった。
 十二年に氏の年来の友人が出版社を興して『真珠郎』を刊行した。谷崎潤一郎の題字、江戸川乱歩の序文、松野一夫の口絵、水谷準の装幀という、先輩友人の好意に飾られた豪華本となったが、その付録に「私の探偵小説論」を添えている。
 これはこの書物の刊行を機会に、これまで書き散らした草稿をひとまとめにしたものだが、そのなかに「顔のない屍体」というエッセイがある。著者が早くからこのトリックに深い興味を抱いていたことが歴然とする。
 このトリックは「一人二役」や、「密閉された部屋における殺人事件」などとともに、「もっとも顕著なトリックの一つである、どんな作家も、一度は必ずこのトリックと取っ組んで見ようという衝動にかられるらしい」といい、このトリックを扱った作品をやつぎばやに四篇読んだという感想を述べておられる。
 その四篇というのは、フィルポッツの「赤毛のレドメーン一家」、クイーンの「エジプト十字架の秘密」、ステーマンの「殺人環」、乱歩の「柘榴ざくろ」である。
 このトリックが他に比べて、「非常に顕著な相違があるというのは、他のものにはそれぞれ、いろいろな解決法があって、作者のねらいどころの力点が、主として、どのような解決法によって読者を驚かせるかというところにあるのに反して、『顔のない屍体』の場合には、いつもその解決法が極っているということである」と述べ、また「探偵小説の興味の多くが、その意外なる解決法にあるにもかかわらず、『顔のない屍体』の場合に限って、常に解決は読者にかんされることになるのである。それにも拘らず、この問題がいつも読者の興味をとらえ、作者の食欲をそそるのは、興味の焦点が解決法にあるのではなくて、いかにして分りきった解決が、巧みにカモフラージされるかというところにある」と、著者は関心のよりどころを吐露された。
 横溝氏は最近読んだというこれらの作品に、縦横に論評を加えながら、このトリックは「やはり被害者と加害者が入れ換わっているというほうが、少くとも、現在では面白いようである。作家はそれをいかにカモフラージすべきか、そこに工夫をこらすべきであるようだ」と結んでおられる。
 これほど執着をもっておられるトリックだから、著者は手をかえ品をかえ、新しく創意をこらして取り組んでいる。氏の作品をしようりようしている読者なら、たちどころにいくつも浮かんでくるはずだが、本書もその一つで、昭和三十五年六月に書下し長篇として刊行された。
 復員して間もなく、「獄門島」の事件を解決した金田一耕助は、京橋裏のビルに見すぼらしい事務所を開いた。間もなく旧制中学時代の級友風間とあう。彼は土建屋で、その二号の経営する割烹旅館松月に居候いそうろうをきめこんだ。その後、数々の事件を解決したので、収入もふえたのであろう。世田ケ谷区緑ケ丘町のしゃれた高級アパートに移った。これが昭和二十九年のことだから、本書の事件はその新居に持ち込まれたことになる。
 彫り物の第一人者といわれた男の細君の話は奇怪を極めていた。事故死した夫の経験談だが、目隠しをされて車に乗せられ、眠っている女性の内股に入れ墨をさせられたというのだ。しかもそのお手本は、彫り物師を案内した女性が、同じ場所に彫ったスペードのクイーンである。彼女のほうは気づかなかったらしいが、それを見た彫り物師は、七年前に自分が手がけたものだった。
 仕事を終えて家へ戻ってきたものの、二十日もたたぬうちに、彫り物師はふしぎな死を遂げたが、警察はその調べに熱を入れてくれなかった。ところが半年後に首なし女性の水死体が片瀬沖で発見され、その内股の付け根にある入れ墨の図柄に思い当るものがあったので、金田一への往訪となったのだ。
 首なし死体の上に、同様の入れ墨をした二人の女性が姿を消しているので、どちらが被害者か、あとあとまで正体がつかめない。二人の彫った年代には七年の差があるのだが、医学的にはそれを彫った年時の推定は困難なのである。
 お手本の入れ墨のほうだと、麻薬密輸の大ボスの妾であり、新しく彫られた女性は、政財界の背後にいる汚職屋の愛人であるが、どちらにしても被害者が判明することによって、奥にある底知れぬ秘密の暴露のきっかけになりそうだが、あいにくきめ手がつかめぬという焦燥感が、サスペンスを一段と盛りあげている。
 しかも首なし死体はその前奏曲にすぎなかった。凶悪無類の犯人は、まるで虫けらを殺すように三人の男女を片づけた。しかも強敵の金田一までを狙って、緑ケ丘荘の入り口に潜んでいたほど、自分の進路をふさぐものは打ち倒すのに平気だった。
 普通であれば入れ墨のお陰で、すぐ身許は分るはずだが、この事件だけはその存在が邪魔になるのだ。「顔のない屍体」トリックを、入れ墨を導入することによって、物語の興趣を猟奇的にも神秘的にも高めることに成功している。同一トリックとはいいながら、著者のように趣向のこらしようによって、どんなにでも新鮮で変化に富んだ物語を生み出せるかを立証した。精進の力ほどおそろしいものはない。

作品紹介



スペードの女王
著者 横溝 正史
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2021年11月20日

二人の刺青がある女、殺されたのは何者か。金田一耕助シリーズ!
片瀬の沖に浮かんでいた若い女の首なし変死体。内股にはスペードのクイーンをあしらった名人彫物師による刺青が! もう一人、同じ刺青をもつ女がいるようで……。複雑に絡み合う謎に金田一耕助が挑む
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322105000603/
amazonページはこちら


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