「蟷螂(とうろう)の斧」…力のない者が、自分の実力もかえりみずに強い者に立ち向かうことのたとえ。「蟷螂」とはカマキリのことで、相手がどんなに強くてもカマキリが斧に似た前足をあげて立ち向かう様から。
『グラスホッパー』『マリアビートル』に続く殺し屋シリーズ第三弾。そのタイトルが『AX』、日本語にして「斧」とくれば、切れ味鋭くターゲットを真っ二つにしていく殺人鬼を思い浮かべるかもしれない。しかし、本作の主人公「兜」にそんなイメージは似合わない。いや、確かに、これまで登場してきた殺し屋たちの中でも一、二を争う凄腕の暗殺者ではある。ただし、その強さは無敵ではなく、時として「蟷螂の斧」を思わせる瞬間があるのだ。
まず、妻を前にした時である。
「夕食、トンカツじゃなくてもう少しあっさりしたものでもいいかな。そうめんとか」 兜の胃袋はすでに、トンカツを食べる気持ち満々の、トンカツの形状になっているほどの感覚ではあった。さらに妻の言葉は、「いいかな?」という相談の形式を取っている。普通の人間であれば、「やはりトンカツが食べたい」と自らの希望を主張することを考えるかもしれない。が、それはアマチュアだ。長年の付き合いから兜はどう答えるべきかを知っており、悩むことなくそれを口にした。 「俺も、そうめんくらいのほうがいいように思っていたところなんだ」 (「Crayon」p.110より)
こんな調子であるから、息子の克巳からはもっと堂々としていればいいのにと、白い目で見られ、同情すらされている。(当然、自分が実は殺し屋であることは家族には明かせず、文房具メーカーの営業社員という表の姿を何とか取り繕っている)
次に、殺し屋の仲介役「医師」との戦いにおいてである。兜は息子が生まれたことを契機に殺し屋の仕事を辞めたいと訴える。しかし、辞めるには大金が必要だとはねのけられてしまう。仕事を与える側と与えられる側という主従関係に抗いきれず、兜は「仕事を辞めるために、その仕事で金を稼ぐ」といった状況に陥ってしまっているのだ。
生きていると自分の意志ではどうにも出来ないことに突如として見舞われる。それによって人生が大きく左右されてしまうことだってある。兜が殺し屋になったのも自らが望んだ結果では決してない。その瞬間生きていく為に、そうならざるを得なかっただけだ。もっと別の人生があったはずなのに、と考えたことのない人はいないだろう。そんな理不尽な世界で希望となるのは、愛する人とのつながりだ。兜が妻の顔色をこれほどまでに窺うのも、それだけ彼女の事を大切にしている証に他ならない。だからこそ、家族との平和な日常を守りたい一心で殺し屋の仕事から足を洗おうとするその奮闘ぶりは胸に迫る。最愛の家族のため、敵に、そして人生そのものに立ち向かっていく兜と、その「蟷螂の斧」の一撃をぜひ見届けてほしい。