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レビュー

ブラック企業を舞台にしながらも、美しい読後感を残す『逃げ出せなかった君へ』

【カドブンレビュー】


 この本は、タイトルが表している通り、“逃げ出せなかった君”と、“君”に関わった人々のその後を描いた小説だ。
 しかし読後感はストーリーに反し、さらさらと美しい。
 就職活動に失敗してブラック企業にたどり着いた新入社員の大友、夏野、村沢。冷酷な上司に罵倒されながら、早朝から深夜まで投資用マンションを売り込む日々。全然売れない、何日も帰れないで精神的にも肉体的にも限界だった。ある深夜、三人は思い立って近所の安居酒屋に行く。そこで束の間、人間らしさを取り戻して飲んだビールは、三人にとって間違いなく“人生で一番美味いビール”だった。その後、大友は会社から逃げ出そうと画策。村沢は上司の上河内に心酔して絶対服従。しかし、心優しい夏野は上河内に標的にされ、追い詰められていく……。
 この第一章「無敵社員」は、ブラック企業の中でもがく新入社員たちの苛酷な日常を描きながら、美しい印象を残す短編として成立している。一切の無駄を省いた平易で簡潔な文章。何気ない会話や仕事風景から立ち上がって来る新入社員それぞれの性格や関係性。その中にひっそりと挟まれる伏線と見事な回収。悪人はいつか報いを受けるという道徳観。“美しい”と感じる要素はいくつもあるが、中でも出色なのは、安居酒屋で三人がビールを飲むシーンだろう。薄く氷が張るほどキンキンに冷えたジョッキに注がれたビールを「美味い」「美味い」と唸りながら飲む姿は、泥のような日常との対比も相まって、青春ドラマのように光り輝く。
 第二章以降は、新入社員たちとなんらかの形で関わった人々のその後が描かれるのだが、彼らも一様に傷を抱えてもがいている。だからこそ訪れる、それぞれの“美しい”瞬間。時にしみじみと、時に涙を流しながら味わって欲しい。


書誌情報はこちら≫安藤 祐介『逃げ出せなかった君へ』


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