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レビュー

とらわれない女性たちをとらえるものは 『父と私の桜尾通り商店街』

 懸命になればなるほど〝世間〟や〝常識〟なるものから外れていってしまう。分かっていても、引き返せない。だって〝世間〟や〝常識〟なんて関係のない、自分が自分だと思える自分がそこにはいるのだから——そうして突っ走る姿が健気にも、若干狂気じみているようにも見えて、ふと胸がしめつけられそうになってしまう。今村夏子作品は、いつだってそうだ。

 二〇一〇年に太宰治賞受賞作を改題した「こちらあみ子」が評判となり、翌年には同名タイトルの作品集で三島由紀夫賞を受賞した著者。受賞後、しばらく新作の発表がなかった時期を経て、ここ最近は着実に作品を発表、読者を喜ばせている。新作『父と私の桜尾通り商店街』は、六篇を収めた短篇集。切り口はさまざまだが、やはりどれも、愛おしいと同時に、何か絶対的に手の届かない存在に出会ってしまったような切なさを抱かせる。

 表題作はタイトルからも分かる通り、商店街が舞台だ。語り手は、桜尾通り商店街の端にあるパン屋の娘である〈わたし〉。三歳の頃に母親が商店街の振興組合の理事長と駆け落ちしたらしく、以来残された父と娘は商店街の人々から白い目を向けられ、店にねずみが出るとの噂を流されもし、〈わたし〉は商店街を避けて歩くような生活を送ってきた。店は細々と経営を続けてきたが、その年、父親が店を畳み、高齢の祖母のいる故郷へ帰りたいと言い出す。店を手伝ってきた〈わたし〉は特別商売に興味があるわけでもなさそうで、素直に同意する。少しずつ材料の在庫を消化し、店に並ぶ商品がコッペパンだけになった頃、見知らぬ女性客に「ありがとうございました。おいしくいただきました」と言われた一言が、〈わたし〉の心に火をつける。なぜなら、長年レジの番をするなかで、それは彼女がはじめて耳にした言葉だったからだ。

 その女性に買ってもらうために〈わたし〉はコッペパンのサンドイッチを作り、それは客の間で評判となっていく。そこで父娘のパン屋が持ち直し、商店街の人々とも和解してハッピーエンド……となれば分かりやすい話だ。父娘に気持ちを寄り添わせて読んでいる身としては、ついそうなってほしいと願ってしまうが、しかし、これは今村作品。決してそんな展開にはならない。父親はすでに疲弊しきっているだけでなく病に悩まされてもおり、そして〈わたし〉は相変わらず、商売には興味がない様子。彼女が熱心にサンドイッチを作るようになったのは、はじめて「ありがとう」「おいしい」と言ってくれたたった一人の客のため。それだけなのだ。その女性客の正体はほどなく明かされるのだが、これがもう——本当にこの作者は容赦がないなと思わせるものだ。

 ちょっとしたエピソードや細部の描写に生々しさを忍ばせながら、独特のユーモアと、切実さと、不穏さと、そして容赦のなさを含むのは他の短篇も同じ。ある女性がパートナーの甥や姪と行動することで起きる齟齬を描く「白いセーター」、語り手が知り合ったばかりの女性の家で起きた出来事を振り返る「ルルちゃん」、奇妙な現象に見舞われた先輩を見守る「ひょうたんの精」、異なる時期に同じ店で働いていた女たちが老いた店のママのもとを訪ねる「せとのママの誕生日」、工事現場の男と子どもたちを通して知り合った学童の先生のその後が痛々しい「モグラハウスの扉」、そして表題作。主要人物となる女性たちの行動は、どうにもこうにも危なっかしい。それを「狂気」だの「天然」だのといった言葉で片づけられないのは、ルールにとらわれない彼女たちの行動に、どうしようもない純粋さの欠片を見出してしまうから。その欠片が、こちらの心の非常に繊細な部分に突き刺さる。そこから生まれるのは、共感、憧れ、恐れ、もどかしさ、切なさ——。彩り豊かな短篇集から喚起される感情はなんとも複雑で、いつまでも咀嚼していたくなる。


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