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レビュー

世界標準のマジックリアリズム完成――佐藤 究『テスカトリポカ』書評プロジェクト#1

麻薬、暴力、資本主義、アステカ神話などいくつもの顔をもち、読み手ごとに異なる箇所で魅了され幻惑される小説『テスカトリポカ』。本作の多彩な魅力を、本邦屈指の読み巧者たちが多面的に語る書評プロジェクト、第1弾!

世界標準のマジックリアリズム完成

(評者:内藤麻里子/文芸ジャーナリスト)

 殺戮と祝祭に彩られた、とんでもないクライムノベルが誕生した。
 中南米に端を発し、日本で大きく展開する物語なのだが、舞台となるこんな日本、見たことがない。いや、外国人技能実習生や日系移民が増えた現在、実際に気づいていないだけで変貌が始まっているのかもしれない。そんな可能性に思い至らせる点で、見たことのない新宿を現出させた馳星周の『不夜城』(一九九六年)以来の衝撃だった。いや、グローバル化によって、その状況はよりスケールアップしたと言っていい。この国はもう、我々の知る日本ではなくなっているのだろう。

 佐藤究が異色のパニック大作『Ank: a mirroring ape』で、我々の度肝を抜いたのは二〇一七年のこと。同作はその後、大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞をダブル受賞した。あれから待つこと四年。新たに世に送り出したエンターテインメント大作は、期待を裏切らない面白さ。我々は再び作品が放つ強烈な磁場の虜となった。

 思えば『Ank:』にしろ、今回の『テスカトリポカ』にしろ、佐藤究作品はこれまでに見たこともない物語世界を創り出し、ストーリー展開とともにこちらの認識を揺さぶってくる。そんな世界を形作る仕掛けが『Ank:』ではチンパンジーであり、「自己鏡像認識」という人間存在にかかわる認知力であった。『テスカトリポカ』では、スペイン語であり、アステカの神話である。


佐藤 究『テスカトリポカ』
定価: 2,310円(本体2,100円+税)
※画像タップでamazonページに移動します。


 メキシコ北西部の町、クリアカンで物語の幕が開き、物語はぐんぐん加速して急展開していく。軸となる人物は二人。
 一人はメキシコで麻薬戦争に敗れたカルテルの頭目の一人、バルミロ・カサソラ。追っ手から逃げてジャカルタに潜伏した後、臓器ビジネスを始めるために日本に乗り込む。バルミロのすさまじい暴力と知略の日々、ことに臓器ビジネスを準備する過程は無類の面白さ。
 彼の足跡に絡みついてくるのが、スペイン語とアステカの神話だ。

 小説で方言を使うと、迫真のリアリティーや独特の味わいを醸し出す。「麻薬密売人ナルコ」「エル・ポルボ」「心臓ヨリヨトル」など終始一貫して主要な表現や単語にスペイン語のルビが振られ、リフレインされていくと、方言を使ったときと同じような効果が生まれ、中南米の風が吹きつけてくる。一方で、バルミロは祖母によってアステカの神話を叩き込まれている。この神話が驚くほど血にまみれているのだ。

 スペイン語と古代文明が相まって、呪術的に物語を締め上げていく。緊迫感、密度が高まるにつれ、そこに描かれる麻薬密売や臓器売買、殺しでさえもただの麻薬密売、臓器売買、殺しではなく、神への供物を思わせる幻想を立ち上らせる。そんな凄惨な暴力の中に、どうしようもない生命の鼓動や、生きることの哀しみが見えてくるのである。佐藤究版マジックリアリズムの完成とでも言おうか。繊細に構築しながら、それをつづる有無を言わせぬ剛腕ぶりに気持ちよく酔いしれてしまった。

 軸となるもう一人は、メキシコから働きに来た母と、暴力団幹部の父から生まれた土方コシモ。育児放棄され、小学校もまともに通わなかったが、二メートルを超える体格に驚異的な怪力、瞬発力を持つがゆえにバルミロに見いだされる。教育がなかった分、無垢なのである。手先が器用でナイフ作りに才能を見せ、特別な武器の柄に彫るアステカの神々のモチーフに純粋に浸っていく。とはいえコシモの暴力は、誰も手出しができないほど破壊的だ。
 そんな二人がそろったとき、アステカの神の呪力は増幅し、神聖さをうたい上げるかのようなクライマックスが訪れる。「テスカトリポカ」とは、バルミロが信奉する神であり、「夜と風ヨワリ・エエカトル」とも、「双方の敵ネコク・ヤオトル」、「われらは彼の奴隷テイトラカワン」、そして「煙を吐く鏡テスカトリポカ」とも呼ばれる。最後に挙げた不思議な言葉「煙を吐く鏡」の意味が解かれたときは、ちょっと鳥肌が立った。このまま世界は呪術的な暗黒に覆われてしまうのか――。詳しくは説明できないが、これだけは言ってもいいだろう。暗黒世界を旅してきた我々は、最後に奇妙な安寧に包まれる。

 さて、この作家の視線の射程距離はどれほどだろうか。『Ank:』のときも同じ思いにとらわれた。今回の物語の軸となる二人はメキシコ由来の人物だ。それが全く気にならない。この物語を引っ張るべき必然の登場人物たちだった。舞台である日本もアジアの中の日本、世界の流れの中でとらえた日本だった。「日本の小説」という枠は、端から頭にないのだと思う。世界を視野に入れた堂々たるエンターテインメントであった。
 次はどこに足を踏み入れるのか。何を見せてくれるのか。早くも次作が待ち遠しい作家は、そうはいない。

『テスカトリポカ』amazonページはこちら

▼佐藤 究『テスカトリポカ』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322003000419/


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