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レビュー

ここに私がいるということ、ここに私がいたということは、絶えず世の中を揺さぶっている――『ひきなみ』

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『ひきなみ』レビュー

評者:大前粟生/作家

 千早茜の新作『ひきなみ』は社会の閉塞感に抵抗する小説だ。様々なレベルの同調圧力や差別に取り囲まれながら生きる「葉」と「真以」、ふたりの女性の出会いと別れ、そして再会を描く。
 物語は、小学六年生になる葉が祖父母のいる香口島に引っ越してくるところから始まる。東京の父母の家で、半ばネグレクトのような扱いを受けていた葉は、島の住人たちの同調圧力や女性蔑視に裏打ちされたコミュニティに息苦しさを覚える。そんな葉の心の拠り所となるのが真以だ。
 島に渡る高速船の中で初めて真以を見たときから、葉は彼女のことが気になっていた。そしてそれは憧れに変わっていく。
 村の寄合で葉は男子からも女子からもからかいを受ける。東京から来たというだけで。女であるだけで。お気に入りのヘアゴムを「パンツ! パンツ!」とからかわれたり、携帯電話を取られたりする。そうした幼稚極まりない行動に対して抵抗し難い空気がこの島に終始流れている。何せ大人たちも「男」「女」ではっきりと役割が分かれ、損をしているのはいつも女性なのだ。私たちが暮らす実社会でもまだまだ見受けられるこうした空気に、唯一抵抗しているのが真以だ。彼女は寄合の男側のテーブルの上を駆け抜け、葉の携帯電話を奪った男子に蹴りを入れ平手を張る。それは葉を助けるための真っ当な抵抗だし、理不尽さにNOを突きつけるための真っ当な行いに見えるが、島の住人たちにとってはそうではない。自分たちが内面化しきっている男尊女卑の価値観から外れた真以のことを「異端」だとしか感じることができない。しかし、外から来た葉だけは違った。「異端」同士、葉は真以に惹かれていく。
 高速船に乗って生理用ナプキンをふたりで買いに行ったり、真以の母親がストリップ劇場で踊るのを見たりして、葉は自分が女であること、自分が自分であることに対して、誇りを得ていく。真以に近づけるような気がしていく。与えられた環境に馴染めない自分たちふたりだけの世界が、真以といるときは見える気がした。彼女は私にとってかけがえのない存在。真以も自分のことをそう感じているに違いないと、葉は信じていた。信じたかった。
 物語は中盤、ある出来事をきっかけに一変する。いや、ゆっくりとゆっくりと、その変化はやってきてはいたのだが、まるで夢から覚めるようにして、ふたりは離れ離れになる。真以に裏切られたという思いを抱くようになった葉は、東京に帰っていく。
 そして後半、大人になった葉は大手飲料メーカーに就職し、所属先である販売促進部の部長から日々ハラスメントを受けている。それも、「女」であるという理由でだ。同僚たちも面と向かって部長に抗議することなどもなく、葉はここもまた閉鎖的な「島」なのだと実感する。どこまで行っても逃げられない。でも逃げたい。傷によって繋がり直すようにして、葉は子ども時代の真以に思いを馳せる。勇敢な真以のことを、自分のことのように思い返し、毎日をなんとかやり過ごしている。そんなある日、葉はひょんなことから現在の真以の足取りを掴む。そうしてまた、ふたりの関係が紡がれていく。「逃げる」こと、「抵抗する」こと、「生きる」ということ。ふたりはふたりなりに言葉を、思いを重ねていく。
 同調圧力や女性蔑視、そしてそれらへの抵抗と、登場人物それぞれの考え方が行きつ戻りつしている、というのがこの小説の肝心なところだ。私たちはまっすぐ前進するばかりではない。時には後戻りすることもあるだろう。もうだめだ、と何かを諦めたくなることもあるし、諦めたままでいた方が安心かもしれない。けれど、ずっと同じままではいられない。何も変わらないように見えても、世の中に絶えず揺れ動かされているし、ここに私がいるということ、ここに私がいたということは、絶えず世の中を揺さぶっている。葉は、真以は、私たちは、波のように暗やみを吸い込み、そして光を讃えながら、少しずつ進んでいく。少しずつ、世の中を変えていく。

大前粟生
1992年生まれ。京都市在住。同志社大学文学部卒業。著書に『回転草』『私と鰐と妹の部屋』『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』『岩とからあげをまちがえる』『おもろい以外いらんねん』がある。

作品情報



ひきなみ
著者 千早 茜
定価: 1,760円(本体1,600円+税)

私たちずっと一緒だと思っていたのに。彼女は脱獄犯の男と、島から消えた。
小学校最後の年を過ごした島で、葉は真以に出会った。からかいから救ってくれたことを機に真以に心を寄せる葉だったが、ある日真以は島に逃げ込んだ脱獄犯の男と一緒に島から逃げ出し、姿を消してしまう。裏切られたと感じた葉は母に連れられ東京へ戻るが、大人になって会社で日々受けるハラスメントに身も心も限界を迎える中、ある陶芸工房のHPで再び真以を見つける。たまらず会いに行った葉は、真以があの事件で深く傷ついていることを知り――。女であることに縛られ傷つきながら、女になりゆく体を抱えた2人の少女。大人になった彼女たちが選んだ道とは。
評者:https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000503/


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