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レビュー

産みの苦しみ 『砂上』

 気取ってはいられない。自分の心のなかにある、他人には語れない秘密を明らかにしなければならない。熱気を持って、しかし、あくまでも冷静に。今年、作家デビューして十年になるという桜木紫乃の新作『砂上』は、なりふりかまわぬ率直な心と、それを他人事のように見つめる醒めた目が溶け合った、みごとな女性小説になっている。
 北海道の札幌に近い小さな町に住む柊令央という主人公は、四十一歳になる。離婚している。数年前から小説を書くようになり、新人賞にいくつか応募しているが、無論、そう簡単には入選しない。それでも、令央は、熱に浮かされたように小説を書き続けている。
 作家になりたいというより、自分のなかにある得体の知れない闇になんとか言葉で形を与えたい。そうしないではいられない。その熱の正体を彼女がまだはっきりと分かっていない。小説を書き切るとは、熱の実質に迫ることだ。
 徐々に分かってくることだが、彼女には重い心の屈託がある。人には語れない過去の秘密がある。十六歳の時に、子供を産んだ。生まれた女の子は、母親の子供とした。つまり令央から見れば、本当の娘が妹になった。
 母、自分、娘=妹。この三人の奇妙な関係が、ずっと令央の心の重荷になってきた。これまで拙い小説を書き続けてきたのも、この重荷を見つめたいからだった。それでも、どこかに心のひるみがあり、現実を直視出来ない。書き上げる小説はきれいごとに終わってしまう。深く、前に進めない。
 そんな時、東京から出版社の編集者がやって来る。不愛想な女性で、令央は最初「いけすかない女」だと思うが、この編集者の厳しい批判は的確で、令央は納得せざるを得ない。
「ひとりよがりの一人称」はやめて三人称一視点で書くこと。「書き手が傷つきもしない物語が読まれたためしはありません」「心を痛めながら書いて下さい」。令央は、自分より五歳下の編集者に反発しながらも指摘を受け入れ、何度も書き直してゆく。編集者との闘いであり、自分の心の奥底にどこまで迫れるかの闘いである。小説を書くことの苦しさが痛いほど読者に伝わってくる。令央には、生まれ育った北海道を自分の生きる場と思い定めて小説を書くようになった桜木紫乃自身の若き日の姿が反映しているだろう。
 桜木紫乃は、一貫して北海道を舞台に、格差社会の底辺で生きる女性たちを共感を持って描き続けてきたが、令央もまた、そうした女性の一人。月六万円の安い給料で町のビストロで働く。別れた夫から月々、振り込まれる慰謝料五万円と合わせた十一万円で、ひと月をしのがなければならない。先の見えない暮らしのなかで、活字にしてもらえるかどうか分からない小説に打ち込む。その必死さ、切実さが読者を惹きつける。
 そこまでしても、令央には書きたい闇の固まりがある。やがて令央自身、その核に気づく。水商売をしながら自分と、娘=妹を育ててくれた母親の生き方に迫ること。それは、自身の出生の秘密を知り、事実を受け入れることでもある。詩が神から与えられるのに対し、散文は人間が努力して獲得するものだという。令央は、出生の秘密という、古来の文学の源泉を掘り当てることによって、小説を書き続けてゆく勇気を得る。まさに産みの苦しみである。
 令央はかつて母に付き添われて、子供を産むために身を隠すようにして暮らした浜松の浜辺を再訪する。そこで、子供を取り上げてくれた助産師に会い、母の秘密を知る。ここで、母、自分、娘=妹が一気につながってゆく。雪の深い地から来た母と娘が、海に面した浜辺で結びつく。雪と砂の大自然が彼女たちを励ましている。
 この小説は、『砂上』を書いている令央を描きながら、同時に、この小説そのものが『砂上』ではないかという重ね合わせの面白さがある。いわば、舞台裏と舞台が同時に進行してゆく。そこから新しい深みが生まれている。


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