『恋に至る病』を紹介してください。
斜線堂有紀さんの小説を読んでほしいです!
SNSを始めた当初、このようなコメントやDMが頻繁に届いていたことを覚えています(というか、今でも届きます)。恥ずかしながら、それまで斜線堂さんの小説を読んだことがなく、僕は小説を紹介している身にもかかわらず、視聴者の方からのおすすめという形で手に取りました。以降、小説家・斜線堂有紀の物語に幾度となく強い衝撃を受けることになります。この度、文庫版として刊行された『ゴールデンタイムの消費期限』も例外ではありません。今回は『ゴールデンタイムの消費期限』を含む、斜線堂さんの小説を5作品紹介していきます。
斜線堂有紀おすすめ作品5選
小説紹介クリエイター・けんご選
『恋に至る病』(メディアワークス文庫)
最初の衝撃は、『恋に至る病』でした。斜線堂さんの小説の中では最も印象深い作品です。事前情報を全く入れずに手に取ったため、タイトルから勝手に想像して「ピュアな青春恋愛小説かな?」と思い込んでいました。その印象は、物語の冒頭を読み始めた時点で覆されることとなります。自殺教唆ゲーム「青い蝶(ブルーモルフォ)」。日本中を震撼させ、やがて150人以上の被害者を出すこととなる悪魔のゲーム。犯人は自らの手を下さずに、疫病のように人を次々と殺し、罪悪感なんてまるで覚えていないようでした。犯人の名は、寄河景。不思議な魅力を持つ女子高生でした。『恋に至る病』の主人公は、景の最も近しい存在であり、恋人でもあった宮嶺望という少年です。物語はそんな彼が景の罪をあらわにし、そして彼女を殺したと自白するところから始まります。最大の読みどころはなんと言ってもラストシーン、もっと細かく言えば最後の4行です。かつて、ここまで解釈の分かれる小説があったでしょうか。「青い蝶」を巡る、愛と悲劇の物語です。
『ゴールデンタイムの消費期限』(角川文庫)
もちろん物語が優れていることを前提に、斜線堂有紀作品の魅力の一つに、タイトルのセンスがあると思います。『ゴールデンタイムの消費期限』はそれを特に感じさせた小説です。幼少期から天才と持て囃され、華々しい道を辿ってきた六人の少年少女たち。しかし、成長するごとにその才能は枯れていく一方でした。結果、「元・天才」になってしまったのです。そんな彼らはとあるプロジェクトに招待されます。それは「レミントン」という人工知能(AI)を使って、才能をリサイクルするという11日間の国家プロジェクトだったのです。過去の栄光があるからこそ、それが呪いという名の錘(ルビ:おもり)となり、抜け出せない若者たちが足掻く姿や表情が鮮明に浮かんでくる物語でした。前述したように、なんといってもタイトルです。物語を読めば……というよりも、あらすじを知った時点で、このタイトル以外あり得ないと強く頷きました。まさに『ゴールデンタイムの消費期限』です。それに加え、この小説が単行本として初版発行されたのは2021年なのです。いまや、AIによるイラストや文章の生成は当たり前になっています(僕も動画編集時にはAIのお世話になっています)。もちろん、2021年からAIは存在していたのですが、2024年現在に読むと物語がより現実味を帯びているなと思いました。斜線堂さんの先見の明、ともいえるでしょう。レミントンに近いAIが誕生する日も、そう遠くはないのかもしれません。
『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』(メディアワークス文庫)
人間の感情を証明するのは、簡単なようで実は不可能に近いのかもしれない——そう考えさせられた小説です。徐々に身体が硬化していき、死後には金塊へと変わる「金塊病」を患う女子大生の都村弥子。金塊病患者の死体は、なんと3億円の値がつくといわれます。そんな彼女は偶然出会った15歳の少年・江都日向に、突如として「自分」の相続を持ちかけるのです。相続条件は、チェッカーという古い盤上ゲームで一度でも自分に勝つこと。しかし、肝心の日向は途方もない金額の相続提案と彼を弄ぶかのように陽気な弥子に惑わされ、思考すらままならない状況でした。ただ、日を増すごとに2人の関係性は進展していき、チェッカーを通じて距離を縮め、いつしか「愛」が芽生えるのです。相続なんて関係なく、日向は弥子の魅力に引き込まれていきます。しかし、世間の目は違いました。周りの大人たちは、お金目当てで弥子に近づく、貧しい少年というレッテルを日向に貼り付けたのです。純粋な愛であることは間違いないのに、それを証明できないことに苦しむ日向の様子に、心を打たれました。読後に見返したタイトルとカバーイラストに、胸を強く締め付けられた小説です。
『私が大好きな小説家を殺すまで』(メディアワークス文庫)
憧れの相手が見る影もなく落ちぶれてしまったのを見て、「頼むから死んでくれ」と思うのが敬愛で「それでも生きてくれ」と願うのが執着だと思っていた。
この小説の書き出しです。なんと衝撃的な冒頭なのでしょうか。続く物語は、とある少女が命を絶とうとするところから始まります。壮絶な家庭環境で育った幕居梓の救いは、一人の小説家が綴る物語だけでした。彼女はその小説家の本を抱いて自殺しようとします。しかし、自殺は未遂で終わりました。偶然にも通りかかった男性に止められるのです。彼はなんと、梓が敬愛する小説家である遥川悠真でした。遥川は自分の本を持って死なれるのが迷惑だったから止めたそうです。それからというもの、お互い孤独でどこか分かり合える二人は、共に過ごす時間が増え、名前のつけられない奇妙な関係を続けていました。しかし、遥川が小説を書けなくなったことでその関係性が一変してしまうのです。そして、梓が選択した行動により、すべてが砕け散ります。これは、憧れのあなたが落ちぶれるのを見て、私があなたを殺すまでの物語——。SNSにより、一昔前よりも「憧れ」との関係が近くなりやすい現代だからこそ、多くの人の心に刺さる物語ではないかと思います。
『不純文学 1ページで綴られる先輩と私の不思議な物語』(宝島社文庫)
斜線堂さんはアイデアの引き出しが非常に多い小説家だと思います。紹介した三作品のような暗い雰囲気を持つ小説を筆頭に、特殊設定ミステリーである『楽園とは探偵の不在なり』、変わっているのに共感してしまう愛を鮮烈に描いた短編小説集『愛じゃないならこれは何』など、これまで様々な形の物語を読者に提供されてきました。その中でも、稀有で新しい物語の形に感銘を受けたのが『不純文学』です。124話で構成された掌編小説集で、ひたすら大学生である「先輩」と「私」による物語が続いていきます。タイトルにもあるように、1話あたりの物語は必ず1ページで完結する小説です。繫がっていないようで繫がりを感じられるそれぞれの物語は、連続して読むことによってより深みが増します。この小説でしか味わえない世界観を堪能してほしいです。
斜線堂さんは様々なバリエーションで物語を楽しませてくれる小説家です。一冊でも読めば、その魅力の虜になってしまいます。これから先、斜線堂さんの手によってどんな物語が紡ぎ出されるのか、一人のファンとして心から楽しみです。
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