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特集

カドブン編集部の「心に刺さったこの一行」――カドブンアドベントカレンダー2023

今年は「カドブンアドベントカレンダー」企画と称して、12月1日~24日にかけてカドブン編集部の「心に刺さったこの一行」を毎日ひとつ投稿してきました。


カドブンXアカウント(@Kadobunofficial)より

本記事では、投稿した中から5作品の「一行」をピックアップ。想いを添えてご紹介します。

はじめに

 クリスマス、大晦日、正月。誕生日や記念日。久しぶりの旅行やお出かけ。
 楽しみにしているイベントまでのカウントダウンに、気持ちが高まる一方で、心のどこかで寂しさがつのっていく。そんな感覚はありませんか。あと1ヶ月、あと1週間、これを数え終わったら、あっという間に当日で、楽しみにしていたその時間は、飛ぶように過ぎていくんだろう。終わった後の寂しさを想像して、どうかこれ以上カウントダウンが進みませんように、と願ってしまったのは、初めての旅行や遠足の前の晩、だけではないし、きっと子どもの頃だけではないはず。
 それはなんだか、ようやく出会えた大好きな小説の、残りのページを数えるのに似ています。あと1章、あと20ページ、このページをめくったら、ついにたどりつく最後の一行で、それは一度きりの、もうやってこない「初めて」で。「読みたい」と「読み終えたくない」のせめぎ合いの苦しさは、大好きなぶんだけ。けれど、読み終えたら始めからもう一度、と、1ページ目に戻れる嬉しさを、最初に教えてくれたのは、小説かもしれません。もちろんそれは「初めて」と同じではないけれど、自分はもう、同じ自分ではないけれど、もう一度始められることが嬉しくて。
 クリスマスも、大晦日も、正月も、その日が来てしまえばあっという間で、今回もきっと寂しくなるけれど、カウントダウンが終わったら、始めからもう一度。そうやっていつまでも続いていくことを願ってやまない、カドブン編集部からのメリークリスマスです。
(カドブン季節労働者W)


カドブン編集部の「心に刺さったこの一行」ホリデーセレクション


誇らしさと責任感と情けなさと理不尽……複雑な色の入り混じったしゃぼん玉がぱちんとはじけた。そんなかんじの泣き方だった。
――吉川 トリコ『あわのまにまに



 母親の通夜の席とはいえ、こんな泣き方、なかなかできるもんじゃない。
 泣いている彼女のそれまでの生き方が、ぎゅっ、と濃縮された涙は、もしかしたらとてもおいしいんじゃないだろうか。とあらぬ想像をしてしまう。
 かたや、「だれも私に触れないで」オーラをまきちらしながら葬儀場のなかをふわふわと漂い歩く彼女もまた、このひとずっとこういう風に生きてきたんだろうな、という年季の入ったマイペースっぷりだ。
 冒頭でわーんと泣き出した妹・操。聞いてるんだか聞いてないんだかわからない姉・いのり。彼女たちの育った家は、家族は「ふつう」とちょっと違う。
 物語は50年の年月を、10年ずつ遡りながら進み、家族の秘密を少しずつ明かしてゆく。あのとき、あの人がその人と一緒にいるために選んだことが、10年後のこの人を翻弄して、そして……でも、事実がわかったところで、いちばん大きな謎は去らない。
 なぜ私たちは、誰かを愛してしまうのか。
 他人を大切に思ってしまうことは、軽い地獄みたいなものだ、と、いくつものエピソードが証明している。振り回されたり、ときに憎んだり、単にうっとうしかったり、その人の存在が、決定的に人生を歪めたりもする。良いわけないに決まっている。それでも、とこの小説は言っている気がするのだ。
 泣く妹と、どこ吹く風の姉と、背後にあるいくつもの愚かしい愛の顛末と、彼女たち自身のわりきれない愛情の先に、ふと何げなく、未来に向かうちいさな光が射している。それこそが、私たちが誰かを愛する意味なのかもしれない。


僕は真顔のまま、二人に少し遅れてイェーイとだけ繰り返した。それ以外を口に出すことは許されないように思われた。
――ニシダ『不器用で』所収「遺影」



 2ページ目冒頭でもう、心がキューっとなる。
 主人公は「クラスのイケてるグループになぜか居場所ができてしまい、そのせいで、気になっているクラスメートのいじめに加担するはめになった中学生」だ。絵に描いたような同調圧力とそれへの迎合。大人の我々にも、いや、大人だからこそたっぷりと身に覚えがあって、もうほんとうにつらい。
「貧乏」をきっかけに始まったいじめ、自分の家だって決して裕福でない主人公は、次のターゲットにならないためにも、いじめる側でい続けるしかない。
 この小説集に出てくるのは、そんな、決して褒められたものじゃない、でも、他にどうしようがある? と問いかけてくるようなひとたちだ。うっすらと地獄みのある、しかし決定的に破滅するほどでもない状況を、頭を下げてやりすごそうとしている。奇跡なんか起きない、起きようもない。
 だけど、どうしようもない日々の中で、彼らはうっかりあがいてしまう、考えてしまう、そのことが、何かを変える。止まっていた空気が動き出す。ハッピーエンドが来るわけじゃないが、今日とは違う明日は、確実にやってくる。
 その先を生きるのはあんた自身だよ、と言われている気がするのだ。
  一年でいちばん日が短くて、心も薄暗くなりがちなこのごろ、気が付くと何度もこの本を読み返している。

答えは簡単。殴ればいいの。思いきり
――似鳥 鶏『唐木田探偵社の物理的対応



 ある日、「空の月が二つに見えてしまったら、そしてそのことを検索してしまったら」――あなたは「怪異」が見えるようになり、そいつらに命を狙われるようになり、でもってなんとか生存することができたら、そこであなたの就職は決まる。ようこそ、唐木田探偵社へ。
 そう、この世界ではしばしば、都市伝説に出てくるような怪異が、実体化し人間を襲うのだ。思い出女、トイレの花子さん、きさらぎ駅……その攻撃力は半端ない。どれくらいかというと、しばしば、命がない。じゃあどうすればいいんだよ~、という答えが、冒頭の1行になる。実体化した怪異には、物理的攻撃。殴り、撃ち、殲滅する。それが怪異駆除専門業者・唐木田探偵社のお仕事だ。
 面白さ無双、アクション無双、物理的対応(暴力)と物理的対応(暴力)と物理的対応(さらに暴力)の向こうに残響のような切なさがずっとあって、めちゃ純度の高い友情も努力も勝利もあって、ヒャッハー♪ となりながら泣ける、唯一無二の読書体験。なんだこれすごくいい……生存確率は高くないけど、やっぱり唐木田探偵社に入りたくなる。
 それではみなさんご一緒に「殴ればいいの。思いきり」!!

「空は自由に飛べるんだよ」
そう言った父の台詞が嘘だと、もう知っている。
――藍内 友紀『芥子はミツバチを抱き



 唯(ゆい)イェリコは、どこにも居場所がみつけられない小学生である。南アフリカ出身の母を持ち、地方都市で異物のように扱われ、熱中しているドローン操縦だって、規制だらけの空をかろうじて飛ばさせてもらえるくらいだ。
 唯一、枷を外れて存分に飛ぶはずだったレースで爆弾テロが起こり、イェリコは実行犯の疑いをかけられネット上にあらゆる個人情報を晒されてしまう。日本で生きてゆくことが不可能になった彼を受け入れたのは、歌声でドローンを制御する生体兵器〈ミツバチ〉の少年少女たちだった。
 子供が、子供として大事にされることが社会的な倫理となったのは、そんなに昔の話ではないのだと聞いたことがある。彼らはかつて「小さい人間」であり、しばしば大人の何割かの労働力として、時には戦力として消費されてきたのだという――実のところ、今も。この物語の〈ミツバチ〉はフィクションの存在だが、それが2023年現在、全地球でまさに起きているリアルの写し絵であることを、私たちは知っている。
 自分たちが 使い捨ての兵器であることを100%認識しながら、子供たちは生きていく。世界を巡り戦場に出る傍ら、それぞれの土地のおいしいものを食べ、生まれた国の衣装をまとって踊る。互いを家族として慈しむ。それが彼らのレジスタンスでもあるかのように、全力で。
 作中のある日、戦場から離れた東の果て、とある国のことを、子供たちが話している。
「戦争をしないと決めている国だよ」
「そんな国、あるわけないでしょ!」
 あるわけない国を、私たちは「在る」ままにすることができるのだろうか。世界の残酷なルーティンを変えることはできるのだろうか。そうしたら、彼らはもう消費されなくて済むのだろうか。食べて、踊って、慈しむことを、単なる日常として暮らしてゆけるのだろうか。
 登場する誰もが愛おしく、だからこそ物語が投げかける問いは、重い。

「君はなぜカレーライスを食べながらビールを飲むのだ」
――三上 延『百鬼園事件帖



 そんなことを、詰問される筋合いはない。
 ないんだけど、気の弱い語り手、甘木くんはつい反応してしまうのだ。傍若無人で偏屈なドイツ語教師、百間こと内田榮造先生と甘木くんの初めての会話だった。
 自分のアイデンティティに悩んでいる、といえば聞こえがいいが、要するに甘木くんは影が薄く、そのことを気に病んでいる。そんな彼に百間先生は、影が薄いのも悪くないと言う。曰く「誰からも見られる気遣いがなければ、見ることだけに集中できるじゃないか」。かくして甘木くんは、先生が遭遇する不思議な事件の数々をひたすら「見る」存在となったのだ。
 事件に遭遇しつつ、先生はとりたてて解決ということをしない。おおむね、ぼやぼやと日々を過ごしながら借金したりトンカツを食べたりしている。たまに現場に赴いて苦々しげなひと言を吐いたりする。そして、なんとなく、物事はおさまるところへおさまる。
 しかしある日、先生と甘木くんは「いるはずのない」者たちに遭遇するのだ。先年東京を襲った大震災で亡くなった弟子のお初さん、魂の底でつながっていた盟友・芥川龍之介。彼らの存在が先生を動揺させ、そして、最も禍々しく、抗うことができない存在が二人の前に立ちはだかる。ひたすら傍観する者として百間先生の傍らにいた甘木くんは、そのとき――!?
 すべての百間好きと、すべての自分の存在に悩むひとへの贈り物のようなホラー&ミステリ、読み終えたあなたにはきっとよい年がやってきます。本当です。
(カドブン季節労働者K)

カドブンアドベントカレンダー2023 投稿作品一覧

12月01日 辻村 深月『この夏の星を見る
悲しみとかくやしさに、大きいとか小さいとか、特別とかないよ
12月02日 山白 朝子『小説家と夜の境界
まともな頭の人は、小説を書こうなどとは思わないのかもしれない。
12月03日 窪 美澄『夜空に浮かぶ欠けた月たち
私は大丈夫、私は大丈夫、と自分に無理な呪文をかけていた。だけど、私は本当は、そんなに強い人間ではない。
12月04日 吉川 トリコ『あわのまにまに
誇らしさと責任感と情けなさと理不尽……複雑な色の入り混じったしゃぼん玉がぱちんとはじけた。そんなかんじの泣き方だった。
12月05日 北沢 陶『をんごく
ふいに、妻と出会ったときから、彼女が「行んでもうた」あの日のことまでが、鮮やかに――残酷なほど鮮やかに、脳裏によみがえった。
12月06日 川越 宗一『福音列車
どこへ行くかは分からない。だが行かねばならぬような、存在を知ってしまえば行かずにはおれぬような、そんなどこかへ行くのだろう。
12月07日 伊坂 幸太郎『777 トリプルセブン
「知ってる? このホテル、『死にたくても死ねないホテル』って言われてるの」
12月08日 太田 愛『未明の砦
「俺たちは、俺たちが、人間だってことを、わからせたいだけだ」
12月09日 ニシダ『不器用で
僕は真顔のまま、二人に少し遅れてイェーイとだけ繰り返した。それ以外を口に出すことは許されないように思われた。
12月10日 呉 勝浩『素敵な圧迫
いい隙間を見つけると、胸が躍った。
12月11日 木内 昇『かたばみ
「詳しくはわからんが、自分のせいだと言い切るのも傲慢だけどな。人ひとりが引き受けられることなんて、ちょっぴりなのにさ」
12月12日 似鳥 鶏『唐木田探偵社の物理的対応
答えは簡単。殴ればいいの。思いきり
12月13日 深緑 野分『空想の海
希望は海の先にもないとわかっている。それでも漕ぎ出したのは、他にすることがなかったから。
12月14日 藍内 友紀『芥子はミツバチを抱き
「空は自由に飛べるんだよ」
そう言った父の台詞が噓だと、もう知っている。
12月15日 青柳 碧人『名探偵の生まれる夜 大正謎百景
大正の時代がいくら科学に裏付けられた華やかな文化の絵を描いても、ここにはまだやはりがあるのだ。
12月16日 三上 延『百鬼園事件帖
「君はなぜカレーライスを食べながらビールを飲むのだ」
12月17日 あをにまる『今昔奈良物語集
むかしむかし、海のない奈良県に、島太郎という大学生が住んでおりました。
12月18日 蝉谷 めぐ実『化け者手本
ああ、好きという気持ちは、こんなにもおぞましく、煌びやかで、恐ろしい。
12月19日 中山 七里『こちら空港警察
皆様、今日もスターアライアンスメンバー、当航空をご利用いただきましてありがとうございます。
12月20日 伊岡 瞬『清算
もう終わりが近いのだ、しかもその尻拭いをこのおれがやるのだ。もう決まったのだ。
12月21日 川瀬 七緒『四日間家族
人生最後の日だったってのに、予定外にもほどがある
12月22日 秋川 滝美『ひとり旅日和 幸来る!
ひとりでもふたりでも旅は楽しい。
12月23日 日向 理恵子『ネバーブルーの伝説
ペンが走る音は冬の木の葉が風に吹かれる音か、静かに雪が降り積む音に似ている。
12月24日 北原 里英『おかえり、めだか荘
バラバラなところで生きてきたみんなと、この家で今一緒に暮らしていることは偶然だけど、ものすごい奇跡のようにも感じる。


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