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特集

相手の気持ちが分からないからこそ、人は繋がれる。繋がりたいと思う。『君の顔では泣けない』刊行記念 君嶋彼方×辻村深月対談

構成・文:吉田大助
辻村深月氏撮影:川口宗道 君嶋彼方氏撮影:橋本龍二

『君の顔では泣けない』刊行記念 君嶋彼方×辻村深月対談

〈年に一度だけ会う人がいる。夫の知らない人だ〉。
意味深な一文から始まる『君の顔では泣けない』は、第12回小説 野性時代新人賞を受賞した君嶋彼方のデビュー作だ。本のオビには、選考委員である辻村深月の選評が引用されている。「この作品を推すために選考会に臨もうと、読み終わった瞬間、強く心に決めました」。そこまで胸を掻き立てられた理由とは何か? 二人が画面越しながら初めて対面し、受賞作について語り合った。

冒頭の十数ページで「推せる!」と思った


辻村:君嶋さん、はじめまして。受賞おめでとうございます!


君嶋:ありがとうございます。編集さんから受賞の連絡をいただいた時、辻村さんが選考会ですごく推してくださったと伺ってから、ずっとお礼が言いたかったんです。


辻村:そんなに早い段階で、私の「推し」が伝わっていたんですね(笑)。


君嶋:はい(笑)。その後選評を読んで、「本当に推していただいている!」と感激しました。


辻村:今回の最終候補は三作あったんですが、たまたま私は君嶋さんの作品を、三番目に読んだんです。三番目ともなると、構えながら読んでしまうんですよ。前の二作の評価を頭の片隅に置きつつ、「ジャンルで言うと何か」とか「何をテーマにした話なのか」ということを、ちょっと先回りしながら読んでいく感覚があるんですね。それもあって読み始めた当初は、「はいはい、不倫の話ね」と思ったんです。「私は夫に隠れての不倫なんて慣れたもんですよみたいな、斜に構えた系の女の子の話ね」と(笑)。でも、地元の同級生らしい男の子と再会して、会話が進むうちにだんだん、男女の言葉遣いが交じり合っていって、話者がどちらなのかが分からなくなっていく。「ん?」と思ったところで、最初の節の最後の段落が現れるんです。

〈十五年前。俺たちの体は入れ替わった。そして十五年。今に至るまで、一度も体は元に戻っていない〉。

 その一文と出合った瞬間、「推せる!」と心が躍ったんです。冒頭のたった十数ページで、読み手の思い込みをこんなにも鮮やかにひっくり返してくれたんですから。そこから先は、「じゃあ、この二人はどういう時間を辿ってきたんだ?」ということを追うのが楽しみでたまらなくなりました。


君嶋:そこはやはり読んでいただいた方を騙そうと思っていたので、今、「よしっ!」となりました(笑)。


辻村:だから、本当はこれから読む読者には何も知らずに読んでほしいんですよ。にもかかわらず、私が率先してネタを明かしてしまってすみません(笑)。


君嶋:そこを明かさないと「いったい何の話?」となってしまうので、全く問題ないです!(笑)


辻村:現在から始まって過去に遡る、過去と現在を行ったり来たりする構成ってよくあるんですが、物語の入口にフックのある展開を置いておかないとなぁ程度の考えだったら、ここまで引き込まれることはなかったと思う。この著者は、「この物語はここから見せたら一番面白い」と選んだ上で書いていることが伝わってきました。そのあたり、実際のところどうでしたか?


君嶋:実は、この小説はもともと短篇だったんです。三十歳の時の話だけだったんですね。入れ替わりのきっかけになる出来事から十五年経ったところで、陸とまなみが地元で会って、最近のお互いの話や昔話をして……と。ただ、それを読んでくれた知人から「もうちょっと膨らませたほうが面白いんじゃない?」と言ってもらえたことがきっかけで、高校一年から現在に至るまでの十五年間の出来事を新たに考え、過去パートを足していったんです。


辻村:私はまさにその過去パートにいいところがたくさん詰まっていると感じるし、そのおかげで長篇になり、この賞に応募することもできた。大正解だったと思います。その知人の方、大事にしてください(笑)。



二人の間に恋愛は入れず
同志としての関係性を書く


辻村:男女の入れ替わりの物語と言えば、小説であれば『おれがあいつであいつがおれで』(山中恒)や、最近だと新海誠監督の『君の名は。』というアニメ映画作品がありますよね。そもそもこの話はどうして書こうと思われたんですか。


君嶋:新海監督の『君の名は。』がきっかけの一つではありました。直接的な影響を受けたというよりも、そう言えば入れ替わりものって、平安時代の『とりかへばや物語』からずっとあるよなぁと、『君の名は。』を観たことで気が付いたという感じです。いつの時代も描かれてきた、普遍的な物語のかたちの一つなんだな、と。だからこそ、これまで描かれてきたものより一歩進んだものが書けたらなと思いました。まず考えたのは、入れ替わっても、元には戻らないようにする。二人が入れ替わったことを重く受け止めて、例えば家族にも友達にも会えないという困難の部分を、深く掘って書こうと思いました。もう一つ決めていたのは、男女の入れ替わりものって、その男女がたいてい恋愛関係に発展するんです。陸とまなみは絶対に、恋愛関係には発展させたくなかった。


辻村:二人が恋愛関係にならないのは、私も含め選考委員の森見登美彦さんと冲方丁さんも評価されていました。冲方さんは「鏡に恋するようなものですからね」とおっしゃっていて、なるほどなと。


君嶋:果たして入れ替わって、今まで自分だったやつを好きになるのかなというのは、僕もずっと疑問でした。間に恋愛を挟んでしまうと、二人の関係が別の意味合いになってしまうなとも思ったんです。誰にも言えない秘密を共有している、一緒に戦う同志として書きたいと思っていました。


辻村:君嶋さんは物語の作り手としての本能というか、どこを書いてどこは書かないかという肌感覚が抜群に優れていると思います。それと、男女の入れ替わりものって、ジェンダーの描写に違和感があったりすると、致命傷になりかねないと思うんですね。でも、実は私、選考会の直前まで、この小説の著者は女性だと思い込んでいたんです。それぐらい、女性の表現に違和感がなかった。選考会の前日にプロフィールをいただき、男性だということを知った瞬間、他者に対する想像を大切にした筆運びをされる方なんだなと思って、信頼感が爆上がりしたんです。例えば、この小説は同級生の女性と入れ替わった男性が視点人物となっていますが、入れ替わって最初の日は、生理中なんですよね。陸は性格がナイーブとか繊細なタイプの男の子じゃないけれども、自分の体の変化に戸惑って、トイレの前でへたり込んで泣いてしまう。それに対してお母さんが心配して、「今日学校行ける?」と言ってくれて……という一連の出来事を、身体感覚を交えて丁寧に書かれている。


君嶋:ありがとうございます。男が女の人の体になった部分は想像で書くしかなかったので、そこを女性の作家の方に褒めていただけるというのは最大の賛辞です。


辻村:細部を挙げていくとキリがないんですが、すべてが丁寧なんです。初体験の場面とか、選考委員三人とも絶賛でした。


君嶋:女性の人生に起こり得る、転換点となるような出来事は、しっかり書かなければということは思っていました。だから初体験の場面も、「一夜を過ごした」みたいな書き方で終えてしまうのは、逃げだな、と。


辻村:素晴らしい!

二者の視点を交互に出さず
片方の視点だけにした理由


辻村:この話が一貫して素晴らしいなと思うのは、男女の入れ替わりという設定を使って、普段私たちが生きている中で起こっていることだけど、私たちが無自覚にそこまで心を留めずに来てしまっていることを、気づかせてくれる点なんです。特殊な現象が起きているから一つ一つが事件になるし、一つ一つが可視化されていくんですけれど、起きていることは普遍的なことなんですよ。異性と恋をするとか、親友と仲違いするとか。


君嶋:確かに、出来事はありふれていること、誰しもが体験するようなことだと思います。でも、男女が入れ替わっていることで、当たり前が当たり前ではなくなるというか、見え方が変わったり感じ方が変わったりする。自分でも、しっかり書きたいと思っていた部分です。


辻村:私がグッときたのは家族の描き方です。陸とまなみは自分たちの家を、他者の目から見ることになっていく。生まれてきた環境って自分では選べない。自分の両親はこういう人で、家はこんな感じでという当たり前の部分って、客観的に見ることってなかなかできないと思うんです。でも、このシチュエーションならできるし、このシチュエーションだから出てきたいろいろな感情描写には、説得力がありました。


君嶋:ずっとその家に暮らしている人にとっては当たり前のことが、他の人から見たら、「え、何それ。そんなこと、うちではしないよ」ということって結構あると思うんです。例えば、我が家は絶対、朝晩ヤクルトを飲むんですね。


辻村:おおっ!(笑)


君嶋:そんな話をしたら「珍しいね。ヤクルト飲むなんて、なんか健康的だね」みたいに言われて、あっ、他の家ではあまりしないことなんだなと思ったことがあって……たとえがちょっとあれなんですけど(笑)。自分の家だと常識的なことが、他人から見たら非常識とまでは言いませんけど、「ちょっと変わってるな」と感じられるようなことって、普通に生活していてもあることだと思うんです。そこを入れ替わりというシチュエーションを使って、しかも多感な年齢の男女というところで膨らませて見せていけたら面白いかなと思っていました。


辻村:面白かったですね。なおかつ前半でそういうやり取りがあるからこそ、終盤で起こるある決定的な出来事が、ものすごく響いてくるんですよ。……その場面を思い出して、今またグッときました(笑)。


君嶋:本当に推していただいてたんだなということがとても伝わってきて、今すごく嬉しいです。


辻村:もうちょっとだけ、いいですか?(笑) 陸の体に入った、まなみの描き方も素晴らしいんです。まなみも葛藤はあったであろうに口には出さず、悩み続ける陸を逆に励ましますよね。本人もどんどんモテていって、かなり早い段階で、違う体での人生を受け入れていくことを考え始める。そこは著者が女性の持つたくましさを信じて描いているのかなと思うのと同時に、まなみの強さがここまで感じられるのって、まなみの視点では書かなかったからだと思うんです。このテーマを選んで書こうと思った時に、きっと多くの人が視点を男女交互に書いちゃうと思うんですよ。だけど、そうしなかった。


君嶋:はい。陸の視点だけで書こう、ということは最初から決めていました。まなみが一つ一つの出来事の裏でどういう思いを抱えていたか、本当のところは陸には分かりません。でも、日常で生活していく中で、相手の気持ちって絶対分からないじゃないですか。いくら小説とはいえそこを分からせてしまうのは、面白みもなくなるし、陸とまなみの結びつきの意味合いがちょっと変わってきちゃうんじゃないかなと思ったんです。陸と読者からは分からないままにしておきたいし、分からないからこそ、繋がる部分もあると思いました。


辻村:おっしゃる通りだと思います。相手の気持ちが本当には分からないからこそ、人は人と繋がれるし、繋がりたいと思えるんですよね。



リアリティの厚みがあるからこそ
広く読まれるものとなる


辻村:入れ替わりものって絵的に面白いので、ドラマや映画や漫画などに先行作品が多いと思うんです。だけど君嶋さんの小説は、小説でなければできないことを表現している。小説だからこそ、陸とまなみの感情がここまでリアリティをもって伝わってくるんだと思うんです。ただ、中には「もっと入れ替わりから戻ることに躍起になれよ」と思う人もいるかもしれない。私自身は二人が「この人生を生きる」ということを、ある種の諦念と共に受け入れていくというところが早々に示されていたので、特に気にせず読み進めていけたんですが。他の選考委員の方からは、そういった意見もありました。


君嶋:辻村さんにおっしゃっていただいた通り、自分が書きたかったのは、入れ替わった二人が何を感じて、その後の人生をどう過ごしていくかというリアリティの部分でした。入れ替わりの原因とか解決法については、二の次というか、あまり考えてはいなかったんです。森見さんの選評を読ませていただいた時に、確かにそこの要素をもっと物語にうまく取り入れられたら、作品として広がりが出てきたんじゃないのかなと思いました。そこを書き切るには、僕はまだ力が足りていなかったな、と……。辻村さんは、そこをすごく上手に書かれるじゃないですか。


辻村:わっ! ありがとうございます。嬉しい。


君嶋:例えば『かがみの孤城』は、不登校の子供たちが鏡の向こうの世界に集められる、というファンタジーな設定がありますよね。そこでそれぞれの登場人物の背景や心情がぶわっと語られつつ、この世界はいったいなにで子供はどうして集められたのかという謎が、きちんと明かされていく。子供たちの心情のドラマとファンタジー的な謎の部分が、見事に融合しているんです。僕もいつか、そういう作品が書けたらいいなと思っています。


辻村:ぜひお待ちしたいです! でも、今回の作品に関しては、この構成がベストだったと私は思います。特殊な設定があるにしろないにしろ、その奥にリアリティの厚みがあるからこそ、この小説は普遍的な面白さがあるし、広く読まれるものとなるはず。この作風は作家としての君嶋さんの大きな武器になると思う。今回、男性と女性と両方のリアリティを書かれた君嶋さんが次なる二作目ではどんなものを書くのか、今から楽しみにしています。


君嶋:今のお言葉、心に刻んでおこうと思います!

作品紹介『君の顔では泣けない』



君の顔では泣けない
著者:君嶋彼方
定価:1,760円(本体1,600円+税)

この顔も、体も、本当は君のものだから。
高校1年の坂平陸は、プールに一緒に落ちたことがきっかけで同級生の水村まなみと体が入れ替わってしまう。いつか元に戻ると信じ、入れ替わったことは二人だけの秘密にすると決めた陸だったが、“坂平陸”としてそつなく生きるまなみとは異なり、うまく“水村まなみ”になりきれず戸惑ううちに時が流れていく。もう元には戻れないのだろうか。男として生きることを諦め、新たな人生を歩み出すべきか――。迷いを抱えながら、陸は高校卒業と上京、結婚、出産と、水村まなみとして人生の転機を経験していくことになる。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322105000257/
amazonページはこちら

『君の顔では泣けない』試し読み



同級生と入れ替わって、戻れないまま15年。発売前から話題のデビュー作『君の顔では泣けない』試し読み#1
https://kadobun.jp/trial/kiminokaodewanakenai/20b7e3p7ok9w.html

こんな書き手を待っていた。〈小説 野性時代 新人賞〉受賞作『君の顔では泣けない』著者、君嶋彼方さんインタビュー



こんな書き手を待っていた。〈小説 野性時代 新人賞〉受賞作『君の顔では泣けない』著者、君嶋彼方さんインタビュー
https://kadobun.jp/feature/interview/75numn33a38c.html


君嶋彼方(きみじま・かなた)

1989年生まれ。東京都出身。「水平線は回転する」で2021年、第12回小説 野性時代 新人賞を受賞。同作を改題した『君の顔では泣けない』でデビュー。

辻村深月(つじむら・みづき)

1980年山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。『ふちなしのかがみ』『きのうの影踏み』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』『嚙みあわない会話と、ある過去について』『傲慢と善良』『琥珀の夏』など著書多数。初の本格ホラーミステリ長編『闇祓』が10月29日発売予定。

紹介した書籍

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2021年11月号

10月25日 発売

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最新号
Vol.008

8月30日 発売

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