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特集

こぼれ落ちてしまう感情や心の揺れを描きたい。窪 美澄×今泉力哉「かそけきサンカヨウ」映画化記念スペシャル対談!

取材・文 高倉優子 撮影 鈴木愛子

窪 美澄×今泉力哉「かそけきサンカヨウ」映画化記念スペシャル対談!

以前からお互いの作品のファンだったという窪 美澄さんと今泉力哉さん。今回、今泉さんは満を持して、窪さんの短編小説「かそけきサンカヨウ」(『水やりはいつも深夜だけど』所収)を映画化。10月15日の公開を前にスペシャル対談が実現しました。小説・映画の感想をはじめ、それぞれの「一番古い記憶」や「コロナ禍をどう描くか」といったテーマについて語りつくしていただきました。



葛藤と衝突の描き方が秀逸だった原作


――おふたりが最初に交流されたのは、ツイッター上だったそうですね。


窪:そうなんです。「愛がなんだ」でブレイクされるずっと前から監督の作品が好きで、ツイッターをフォローさせてもらっていて。


今泉:オリジナルの自主映画をつくっているとき、撮影で使うために「女性がひとり暮らししている部屋を探しています」とつぶやいたら、窪さんがリツイートしてくださったんですよね。あのときが初めまして。他にも「小説を映画化するのはどうすればいいんだろう」とつぶやいたときも、丁寧に教えてくださって。ツイッターに書くことじゃないよな、とは思いつつ、当時はわからないことだらけで(笑)


窪:そうそう、「出版社に連絡してみては?」とお伝えしたんですよね。あんな風にやりとりできるのもツイッターの面白さですよね。


――そんな交流を経て、今回、窪さんの短編集『水やりはいつも深夜だけど』に収められた「かそけきサンカヨウ」が映画化。監督自ら「ぜひこの作品を映画化したい」と希望なさったそうですね。その理由や窪さんの小説の魅力についてお聞かせください。


今泉:小説にせよ漫画にせよ、長編を映画化するなら大幅に縮める作業をしないといけない。それならば次は短編を映画化したいと思っていたとき、ちょうどこの短編集と出会いました。登場人物に映画の仕事をしている人がいたこともあって興味を持ったんです。

窪さんの小説は葛藤と衝突のつくり方が非常に魅力的で。つくりものっぽくない人間の心の揺れや弱い部分が丁寧に描かれていて。「かそけきサンカヨウ」も、やはり葛藤と衝突の描き方にとても惹かれました。


窪:ありがとうございます。地味なテイストの作品だったので、映画化と聞いたときは嬉しい半面「本当ですか?」と驚きました。この作品をどう調理されるんですか? と。でもキャスティングが素晴らしかったのと撮影現場を見学させてもらって空気感に触れたとき、素晴らしい映画になるという完成図が想像できた。そして完成した映画を観たとき、地味は地味でも「いい地味さ」だと思いました。監督の中で熟成され、落とし所を見つけた落ち着きのある作品になったな、と。



小さな世界をさらに顕微鏡で見ている感じ


――父親とふたりで暮らす主人公の陽は、家事全般が日課です。窪さんの小説には、彼女のような健気な子どもたちが描かれることが多いですが、テーマとして意識されているのでしょうか。


窪:よくヤングケアラーやアダルトチルドレンについて意識して書いているんですか? と質問されるんですが、そうではありません。自分自身がアダルトチルドレンでヤングケアラーだったので、気がつけば書いているという感じですね。「これ、ヤングケアラーの話ですよね?」と言われてそうだったのかと気付く、みたいな。社会問題をカタカナでまとめて、その問題が可視化されるというメリットがある一方、やっぱりそこからこぼれ落ちてしまう感情や心の揺らぎがある。私が書きたいのはそっちなんです。

今作に関しては、それこそ「かそけき」心の動きを書いてみたいと思いました。小さな世界をさらに顕微鏡で見ている感じで、ドラマチックな展開も抑揚もない。本当に地味な作品です。ただ、岩清水のように清らかで美しい物語になればいいなと思いながら書きました。


今泉:僕もオリジナルの作品をつくるとき、葛藤や衝突の山の高さが低いんです。他人がつくった映画を観ていて、たまにクライマックス的な大きい山を見てしまうと「つくりものだ……」と思ってしまうときがあって。僕は小さな山でも十分感動できるので。僕が描きたいのは、低い山、小さな山なんですよね。窪さんがおっしゃったように、こぼれ落ちてしまう感情や、スポットが当てづらい物事に興味がある。そういう視点は似ているかもしれませんね。



一緒に考えて役と向き合ってくれた俳優たち


――完成した映画を観た感想は?


窪:とにかく俳優さんたちの演技が素晴らしかったですね。とくに再婚相手の美子を演じた菊池亜希子さんはずば抜けていた。原作でも美子は魅力的に書いたつもりでしたが、菊池さんが演じたことでより魅力的な人物になったと思います。


今泉:美子は難しい役で、一歩間違えばその世界が壊れてしまう。だからこそきっちり演出するのではなく、一度菊池さんに自由にやってもらうことにしたんです。結果としてとてもよかった。完成後、冒頭部分を観た妻が、美子のテンションが低いことに驚いていました。外から入ってきた異分子として、もう少しうるさいというかバタバタ動いている人物という印象だったらしくて。でも菊池さんの演技でも、それまで静かだった家に人が加わったことが十分に表現できているんですよね。これも山の話と同じですね。

また、美子が修繕された佐千代の画集を見ながら、陽に「きれいな絵だね」と呟くシーンがあったのですが、「陽を見ないで言ってもいいですか?」と提案してくれて。きっと相手を見て言うとお世辞のように伝わる可能性も考えてくださったんです。そんな風に、細かいところまで考えて演じてくれたのが嬉しかったです。結局、編集の段階でその言葉は余分だと思い、切りました。それも視線について、現場で話せたからできた判断です。


窪:陽の部屋で、井浦 新さんが別れた妻のことを語るシーンも印象的でした。


今泉:そのシーンは僕も心に残っています。井浦さんから、陽のことを早く大人にしたのは「僕」なのか、別れた妻を含む「僕たち」なのか、どっちがいいんですかね、と相談があったり、1、2箇所、台詞を足してみたりしました。ところが相対する志田(彩良)さんが、テストの段階で、その足した部分どころか数行分の井浦さんの台詞を飛ばして、次の自分の台詞を言ったんですよね。それって、それほど話さなくても感情が伝わったってことだよね、と。みんなで現場で試しながら、つくっていきました。

脚本に書かれていることが正解ではない。その場の感情で動いてくれたり、積極的にアイデアを出してくれる方ばかりでとても頼もしかったです。


窪:いろんなマジックが起こったんですね。原作にはありませんが、沙樹と陸の交流が描かれているところもよかったです。ヒロインと沙樹の対比が効いていて、面白いものになっていると感じました。


今泉:普通だったら陽と沙樹を対立させたりするんでしょうけど、そういうことじゃないよね、変に衝突させたりしたくないね、と。そのあたりの認識はプロデューサーも一緒だったので助かりました。



「今泉監督、ここにあり」だと思いました


――沙樹が陸に対して「一番言いたいことが言えないってことはさ、それって好きってことなんじゃないの?」という台詞にはグッときました。


窪:私もあの台詞を聞いて「今泉監督、ここにあり」だと思いました。


今泉:他人事のように言っているけれど、沙樹は自分で自分のことも認めてあげているんですよね。そしてあの台詞で観ている人が沙樹を好きになる。


窪:そうそう。「沙樹ちゃんはいい子だね」と。


今泉:小雨と豪雨を繰り返すような日にロケをしたんですが、雨が降っているパターンで撮ったり、止んだタイミングでまた撮ったり……。心の中で、「役者さんたち、ごめんね」と思いながら、かなりこだわって撮ったシーンのひとつです。


窪:陽と陸の恋愛模様は、初々しかったですね。「監督、高校生なの?」と思いました(笑)。


今泉:告白シーンは早朝の美術室という設定でしたが、じつは僕も大学時代、休講になった教室で告白した経験があるんです。朝まで友人たちと家飲みしたテンションで、「りきや、イケるよ!」とそそのかされて……。ひとりで待っていた時間が異様に長かったことを覚えていて、その感覚を頼りに撮りました。


窪:ふたりが飛行機を見ているシーンも印象的でした。


今泉:映画「ストレンジャー・ザン・パラダイス」のファーストカットで飛行機が飛び立つシーンがあるんですが、それにインスパイアされました。飛行機を見ているのは空港なのか、それ以外の場所なのかいろいろ考えて、探してもらったのがあの場所でした。あまり似た構図にはなっていないですが、試写や予告で気づいてくださった人もちらほらいますね(笑)。


窪:全体を通して、優しさ成分にあふれた映画ですね。自分の中の優しさに光を当ててくれるというか、この映画を観ていいなと思う自分っていいなと思える。コロナ禍で気持ちが沈んでいる方も多いと思いますが、観た後は少し息がしやすくなるんじゃないかと思います。


今泉:窪さんとお話してみて、物語のつくり方や感じ方に通じる部分があると思いました。原作者は一番厳しいお客様でもあると思っていて。気に入っていただけて、本当に安心しました。ありがとうございます。



「マスク合わせ」をする日がくるかもしれない


――ところで、物語の冒頭に「一番古い記憶」について語り合うシーンがありますが、おふたりの一番古い記憶についてもぜひお聞かせください。


窪:執筆しているとき、三島由紀夫の小説の一節を思い出したことと、登場人物の紹介シーンでもあったので、キャラクターの性格がわかる印象的な質問ってなんだろうと考えて入れてみました。私自身の記憶は2歳くらいのとき、家の中にあった木の滑り台に手を置いている風景です。


今泉:僕は3歳くらいのときに、自宅で覚えたての言葉を擬人化して遊ぶのに夢中だったみたいで。「たかい君」とか「ひくいちゃん」とか、そういう単語をしゃべっていたという記憶があります。いえの壁にもその人物の落書きがあります。姉が幼稚園に通い出して、友達ができたことに影響を受けていたんでしょうね。

それと一番古い記憶ではないんですが、4、5歳の頃、父とお風呂に入っていて、石鹸を噛まされたことも忘れられません。「りきや、目をつぶれ。口開け!噛め!」と言われて。石鹸だから水でうがいしてもブクブクブクと泡だらけ。流してもなかなか泡が消えなくて、僕は困り、父はそれを見て笑っている……というものです。「可愛かったからやった」って言ってましたけど、本当はなんだったのか。ただのいたずらでしょうけど。去年父が他界した今となっては、いい思い出となっています。


――それでは最後に、コロナ禍での創作について。コロナ禍の世界を小説や映画でどのように描いていくかは悩みどころだと思うのですが、どのようにお考えですか?


窪:マスクをしている小学生とおばあちゃんの物語を短編で書いたことはあるんです。でも長編は見合わせています。編集者と打ち合わせていても、「設定はいつにしますか?」「コロナの前? それとも後?」という話に必ずなるので。たとえば恋愛ものでキスシーンを書こうとすると、マスクを下ろすというワンアクションが増えるわけじゃないですか。そこも書かなくちゃいけないとすると、どうしたものか……と。いますぐには書かず、もう少し待ってみようかなというのが本音です。


今泉:僕もまったく同じです。まだコロナ禍を描くことは実行できていません。プロデューサーとの打ち合わせでも、「2019年という設定にしましょうか」とか、「現代ではあるけれどコロナのないパラレルワールドとして描く」という話になることが多いです。震災のときもそうでしたけれど、自分は「今感」とか「旬」みたいなものに興味がなくて。自分の中で客観視できるようになってから扱いたいという気持ちが大きいです。だから早くても5年後とかですかね。

ただし、ヒントは街の中にあるとも思っています。駅で女性同士がマスク越しにキスしていたり、ハチ公前で待ち合わせしていた若い男性たちがハイタッチしているのを見て、「現実世界はこういうことになっているんだ」と気づかされます。自分がマスクの世界を描くなら、このマスク越しのキスは撮るかもな、と。


窪:面白いですね。私たちもマスクの素材でキャラクターを設定したりするようになるかもしれません。「この人のキャラクターならウレタンね」とか(笑)。


今泉:そうそう。「この人は鼻出しておきましょうか」「片方の耳にマスクをぶら下げて食事をする人」とかね(笑)。そのうち、「衣装合わせ」ならぬ「マスク合わせ」をする日がくるかもしれません。



今泉力哉(いまいずみ・りきや)

1981年生まれ、福島県出身。2010年『たまの映画』で長編映画監督デビュー。2012年「こっぴどい猫」、2014年『サッドティー』『鬼灯さん家のアネキ』、2016年『知らない、ふたり』、2017年『退屈な日々にさようならを』、2018年『パンとバスと2度目のハツコイ』、2019年『愛がなんだ』『アイネクライネナハトムジーク』、2020年『mellow』『his』、2021年『街の上で』『あの頃。』など作品多数。現在では、恋愛映画の旗手として国内外で高く評価されている。

窪 美澄(くぼ・みすみ)

1965年生まれ、東京都出身。2010年『ふがいない僕は空を見た』で作家デビュー。2011年同作で第24回山本周五郎賞を受賞、本屋大賞2位となる。2012年『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞を受賞。2018年『じっと手を見る』が第159回直木賞候補、2019年『トリニティ』が第161回直木賞候補になったほか、第36回織田作之助賞を受賞する。そのほか「かそけきサンカヨウ」を収録した『水やりはいつも深夜だけど』、『いるいないみらい』、『ははのれんあい』、『朔が満ちる』など著書多数。

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