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特集

男女反転世界を描いたことで見えてきたもの ――『ミラーワールド』刊行記念対談 バービー × 椰月美智子

構成・文:高倉優子 
写真:中林香  
ヘアメイク:原田なおみ(バービー)
スタイリング:谷口夏生(TAKUTY PRODUCE&CREATE)(バービー)


『ミラーワールド』刊行記念対談 バービー × 椰月美智子

映画化もされ、大反響を呼んだ『明日の食卓』の著者・椰月美智子さんの最新作『ミラーワールド』は、女が外で働き、男は家事と子育てを担当する……。そんな男女のパワーバランスが反転した世界が舞台です。『明日の食卓』『さしすせその女たち』に次ぐ、男女差別を描いた三部作の締めくくりとして、「女尊男卑」社会で奮闘する3人の「主夫」たちにスポットを当て、ジェンダー問題に一石を投じる意欲作です。刊行を記念して、30代女性の等身大の声をつづったエッセイ集『本音の置き場所』の発表や下着のプロデュースなど、多方面で活躍するお笑い芸人のバービーさんとの対談が実現。お互いの著書の感想をはじめ、フェミニズムやジェンダー問題について語り合っていただきました。

男女を反転させることで性差別が浮き彫りに


――『ミラーワールド』は、女性と男性の立場が入れ替わった物語ですが、なぜこのような設定にしたのでしょうか?


椰月:男女を反転させたらジェンダー差別が浮き彫りになるのではないかと思いましたが、なかなか難しかったです。肉体的に男性のほうが強いまま反転させたので、たとえば若い女性が痴漢をしたら喜ぶ男性もいるかもしれないし、「女がスケベなだけだろう」と調子に乗る男性がいるかもしれない。そのあたりをどう書くかは、けっこう迷いました。


バービー:この物語は、男女それぞれの特徴を残したまま、立場を反転させたところがいいと思いました。男性が読むと、女性たちはこういうことを言われるのが嫌なのか、こういうプレッシャーを受けているのかと相手の立場を想像することができる。ジェンダー差別への理解度が深まるんじゃないかな、と。だからぜひ男性にも読んでほしいと思いましたね。


椰月:毎回そう願って書いているんですが、なかなか読んでもらえないんです(笑)



――作中ではアメリカの映画プロデューサーによる長年のセクハラを男優が告発したことや、記者志望の男性が総理付きの女性記者にレイプされた事件、また国会での男性議員差別など、実在の人物を思いおこさせるエピソードが数多く描かれます。また、男女ではなく「女男」、夫婦ではなく「婦夫」と表現するなど、細部にまでこだわって反転させていますよね。


椰月:「男女」と書くのが当たり前になっていたなんて、私自身も洗脳されていたんだなと思いました。「髪結いの女房」とか「将来の夢はお婿さん」とか「嫁養子」とか「兄さん旦那は金のわらじを履いてでも探せ」とか……反転させると滑稽な表現も多い。でも、男性アイドルのプロフィールに、女性の「スリーサイズ」のように「フォーサイズ」の記載があるという点などは書いていて楽しかったです(笑)


――フォーサイズとは、胸囲、ウエスト、ヒップ、弛緩時の男性器のサイズのことですね。


椰月:女性のバストサイズと同様、異性が興味を持つ部分として男性器のサイズを入れてみたんです。


バービー:私もこのフォーサイズは面白いと思いました。女性芸能人のスリーサイズがさらされたり推測されたりするのなら、男性芸能人のフォーサイズもあったっていいかもしれないですよね。そもそも身体のサイズを公表する必要はないとは思いますが。


椰月:「顔のわりに胸が小さい」とか、男性が言いがちな台詞ですので、「この顔にこのサイズ?」というのがあってもいいのではないかと。


バービー:まさにギャップですよね。女性のおっぱいと違って、男性器のサイズって性行為にも関係する情報じゃないですか? 私自身、バストサイズをさらすことに抵抗はないので「私も教えるから、あなたのフォーサイズも教えてよ」と言いたいです。そうすれば要らぬ想像や心配をしなくても、打ち解けることができると思うから(笑)。自分に付いていない器官のことを話すのは楽しいですよね。だから男性もおっぱいのことを話すのが好きなのかも!

婿舅も外部に敵がいると結託する


――夫たちの職業は、池ヶ谷家は学童指導員、中林家は主夫、澄田家は理容師。澄田家のみ二世帯住宅で、婿の隆司は義父の昭平とともに理容室を営んでいますね。このふたりの間には、いわゆる「婿舅問題」があります。男同士の意地の張り合いは嫁姑問題より厄介に思えました。


椰月:「婿舅問題」を入れたかったので二世帯住宅にし、またお客さんを交えた第三者とのやり取りがあったほうが物語に広がりが出ると思ってこの職業を選びました。


バービー:地域に根ざした商売だから社交の場になりますよね。隆司のパパ友のたっちゃんが噂話をして帰ったあと、普段はろくに会話もしない舅が、「暇ってのは悪だな。人間、暇があるとろくな事しねえし、言わねえもんだ。男だって仕事しなきゃいけねえよ」と言う場面があるじゃないですか。普段は不仲でも外部に敵がいると結託するもの。そんな関係性が描かれていて面白かったです。


椰月:嫁姑間でもよくあることなのでぜひ入れようと思いました。他の二家族は、専業主夫と学童指導員ですが、こちらも現実ではほとんど女性が担っている仕事なので。

意見のすり合わせが必要なときは話し合う


――バービーさんは今年4月に年下の一般男性と結婚(法律婚)されました。結婚に至るまでの葛藤は、著書『本音の置き場所』(FRaU webで連載中)にも書かれていますね。


椰月:読み応えのあるエッセイ集でした。すごくおもしろかったです。とても正直な気持ちを書いてくださっていて、文章構成もすばらしいですし、考え方も参考にさせてもらうところがたくさんありました。


バービー:ありがとうございます。これまで文章を書いたことがなかった私によくオファーしてくださったなと思いました。でも、読者から「同じような経験があります」とか「悩みに立ち向かう勇気がもらえました」と言ってもらえてすごく嬉しかったですね。


椰月:結婚後のデメリットについても、いろいろ考察していたところが興味深かったです。私自身は結婚したい時期にたまたま夫がいたから結婚したという感じで、あまり深く考えなかったので。パートナーさんはどんな方なんですか?


バービー:付き合い始めの頃は、よくいる、あまり失敗も挫折もしていない人だと思っていました。もしかしたら女性をバカにするようなところがあるかもしれない……と思っていましたが、それは誤解でしたね。意見のすり合わせが必要なときは話し合うようにしています。たとえば、共通の知人のお子さんに「前髪は短いほうがかわいいよ」と彼が言ったことに対して、「大人がかわいさの押しつけをするのはやめなよ」と指摘しました。彼には彼の考えがあったので、お酒を飲みながら意見交換したり(笑)


椰月:話し合えるってすばらしいですね。うちは会話にならない。たとえば、家の廊下ですれ違ったときにお尻を触ってきたりするんですね。それがすごく嫌で新婚時代からずっと言ってきたのにまったく伝わっていないんです。むしろ「喜んでいるんじゃねーの」くらいに思っていて。これだけ言ってもわからないのか、と怒りと悲しみに襲われます。


バービー:うちの夫もスカートめくり根性というか、パンツを引っ張って食い込ませてくる悪ふざけをよくしていたんです。あまりにも腹が立ったので、Yahoo!知恵袋の「夫源病」のページを送りつけました。「夫への不満」としてテレビで話したこともよほどショックだったのか、結局やめてくれたのでよかったです。



固定概念が女性たちを苦しめている


椰月:バービーさんは夫の姓になさったんですよね。夫婦別姓への道のりはまだ長そうですが、できることなら別姓にしたかったですか?


バービー:そうですね。今後、法案が通ればそうしたいねと夫婦で話しています。本名が笹森ささもり花菜かなというんですが、すべての字に植物が入っている奇跡の並びだったのに、名字が変わったことで崩れてしまったことを彼は申し訳ないと思っているみたいです。選ばせてもらえるなら戻したいですね。


椰月:うちは婿養子なんですけど、それは考えなかったですか?


バービー:それは彼なりに譲れないポイントだったみたいです。サラリーマンですから、名字が変わるのは大変みたいで。身近な人が「婿養子なんだ。ヒモなの?」といじられているのを見ていて嫌だったから、と話してくれました。


椰月:なるほど……男性も大変ですね。私は二人姉妹で、姉が夫の姓になったので、夫には私の姓になってもらいました。夫は次男なので、そのほうが合理的だな、と。

 当時は深く考えませんでしたが、男性が女性の姓を名乗ることになるときは、我が家のようにたいてい婿養子ですよね。でも女性が男性の姓を名乗ることになっても、養子というケースはほとんどなく、ただの「嫁」です。そのことも小説に書きましたが、やはりどう考えても不公平だなあと思います。


バービー:妻が夫の姓になるのが当たり前という風潮もまだ強いですからね。


椰月:そういった固定概念が本当に女性を苦しめるんですよね。たとえば、夕方に出かけたりすると「夕飯の支度は?」などと聞かれることがよくあってうんざりします。そういうときは、家にもうひとり大人(夫)がいるので大丈夫です、と返しています。

私生活が「ミラーワールド」化している!?


バービー:私生活が「ミラーワールド」化しているようなところがあるなと、読んでいて何度もヒヤリとしました。


椰月:たとえば、どういうところが「ミラーワールド」的だと感じるんですか?


バービー:登場する警察官の絵里と一番近いんですが「家にいるときくらいゆっくりさせてよ」「あとは適当にやっておいて」と思ってしまうところですかね。すべてを夫に任せているわけではないけれど、つい甘えてしまうところもあるので。我が家でもそうだから、百年後くらいは本当に「ミラーワールド」みたいな世界になっているかもしれないですよね。


椰月:確かに。私も自分が女性だから男女格差について文句を言っているけど、男だったとしたら持ち上げられてウホウホしているかもしれません。だから気をつけなければいけないといつも思っています。


バービー:私と夫もそうですが、周囲でも男女対等か、女性のほうが強いカップルが多いんです。また社会の風潮として今は「もっと女性に気を遣おう」ということが謳われていますよね? 企業では役職の数合わせなどが行われている。フェミニズムの定義とは? と問われると、答えが難しいですが、私にとっては「誰かの悲しみの上に誰かの利益がもたらされないこと」かもしれません。どんなジェンダーの人にとっても平等であること。だから、今のままの風潮で大丈夫かなと思うことがあります。先ほども言いましたが、いつ「ミラーワールド」のような世界になってもおかしくない。だからこそ身を引き締めて読ませていただいたんです。


椰月:確かに平等を掲げるあまり、いびつなことが起きていることも事実です。サッカー部や野球部にいる少数女子部員を、ジェンダー問題を気にして、コーチが率先して試合で使うみたいな。たとえ男子部員のほうがうまくても「女の子を使わなくてはいけない」みたいなマインドになることもある。それはちょっと違うんじゃないかな、と。



不気味な刷り込みに疑問を抱くことが必要


――これまで当然のように刷り込まれてきたことに対して疑問を抱き、精査していく必要がある気がします。作中でも、子どもたちが道徳のプリントの内容について話し合う場面がありましたが、すごくいいなと印象に残りました。


椰月:道徳の教科書だから正しいことが書いてあるとは限らないと思うんです。子どもの道徳の教科書に、「男子に人気のある小林さん」という表現がありました。容姿についてはまったく触れられていないのに、顔がかわいいことが前提として書かれている。不気味な刷り込みだなあと思いました。逆に「女子に人気のある小林くん」だったとしたら、容姿だけじゃなくて、スポーツができるとか、面白いとか、誠実だとか、人気の理由にもバリエーションがあるような気がするんです。


バービー:今の子どもたち、とくに中学生くらいって、もうジェンダーの感覚が全然違いますもんね。大人より意識が高いです。


椰月:確かにそうですね。ジェンダー問題だけじゃなく、SDGsについて授業で習ったり、外国籍や障害のある人に対しても偏見が少ない気がします。私たちの時代とは全然違うことを感じます。


バービー:それは素晴らしいことですね。今、SNSの中でもいろいろな主義主張の対立が見られますが、いつも私はどちらか一方に偏りたくないなと思っています。著書の中で伝えたかったことの一つに、「お互いが想像力を持って、同じテーブルで話し合ったら、もっとハッピーな世の中になるんじゃない?」ということがありました。冷静になって話し合いの場を持つことが何よりも大切なんじゃないかと思います。

夜道をビキニで歩けるのが正しい世界


――それでは最後に、今後のおふたりの展望についてお聞かせください。


バービー:私は自分が旗を振って「女性解放をしてやるぞ!」と思っているわけではありません。今後もこれまで通り、自分が嫌だと思うことや、理不尽なことについて身近な人たちと語り合っていきたいと思います。


椰月:私は男性に腕力があることが男女格差の根源だと思っています。女の腕力が男と対等だったら、ぜったいに違う世界になっていたと思うから。生まれ持った性差で力の差があることや、夜道に男性がいるだけで怖い思いをしている女性がいるということを、男性に自覚してほしいです。小説の中でも書きましたが、理想は夜道でも女性がビキニや好きな恰好をして、楽しく気持ちよく歩ける世の中になること。それこそが正しい世界だと思います。

 ジェンダー差別をテーマにした小説を書くことは、この作品をもって一旦終わりです。でも夫にはずっとムカつき続けると思うので(笑)、その怒りをスパイスとして入れながらいろんな作品を書いていきたいと思います。



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無知で無自覚な俺たち男に突きつけられた鏡でもある――椰月美智子『ミラーワールド』書評
評者:清田隆之(文筆業、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表)
https://kadobun.jp/reviews/144onom1v3b4.html

椰月美智子『ミラーワールド』試し読み



【連載小説】男は男らしく、子育てに励み家事をする。女は女らしく、家族のために働く。 椰月美智子「ミラーワールド」#1-1
https://kadobun.jp/serialstory/mirrorworld/bl1a8abvzvso.html

書誌情報



ミラーワールド
著者 椰月 美智子
定価: 1,815円(本体1,650円+税)

『明日の食卓』著者が本当に描きたかった、心にささる男女反転物語。
「だからいつまで経っても、しょうもない女社会がなくならないのよ」
「男がお茶を汲むという古い考えはもうやめたほうがいい」
女が外で稼いで、男は家を守る。それが当たり前となった男女反転世界。池ヶ谷良夫は学童保育で働きながら主夫をこなし、中林進は勤務医の妻と中学生の娘と息子のために尽くし、澄田隆司は妻の実家に婿入りし義父とともに理容室を営んでいた。それぞれが息苦しく理不尽を抱きながら、妻と子を支えようと毎日奮闘してきた。そんななか、ある生徒が塾帰りの夜道で何者かに襲われてしまう……。

「日々男女格差を見聞きしながら、ずっと考えていた物語です。そんなふうに思わない世の中になることを切望して書きました」――椰月美智子
詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322009000357/
amazonページはこちら


椰月美智子(やづき・みちこ)

1970年神奈川県生まれ。2002年『十二歳』で第42回講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。『しずかな日々』で07年第45回野間児童文芸賞、08年第23回坪田譲治文学賞をダブル受賞。 20年『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』で第69回小学館児童出版文化賞受賞。21年『明日の食卓』(第3回神奈川本大賞)が映画化された。その他の著書に『るり姉』『消えてなくなっても』『つながりの蔵』『さしすせその女たち』『伶也と』『14歳の水平線』『緑のなかで』『こんぱるいろ、彼方』『ぼくたちの答え』など多数。

バービー

1984年北海道生まれ。2007年お笑いコンビ「フォーリンラブ」結成。男女の恋愛模様をネタにした「イエス、フォーリンラブ!」の決め台詞で人気を得る。19年末にYouTube「バービーちゃんねる」を開設。20年7月からはTBSラジオ「週末ノオト」パーソナリティを務める。同年11月FRaU web連載をもとに単行本『本音の置き場所』を刊行し話題となる。ピーチ・ジョンとコラボした下着をプロデュースするなど幅広い分野で活躍中。

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