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特集

澤村伊智「比嘉姉妹シリーズ」徹底ガイド 文:朝宮運河

待望の最新長編『ばくうどの悪夢』刊行記念!
ホラー小説の旗手・澤村伊智の代表作「比嘉姉妹」シリーズを徹底解説。

 現代のエンタメ小説史において、澤村伊智のデビューはひとつの事件だった。
 2015年、『ぼぎわんが、来る』(応募時タイトルは「ぼぎわん」)で第22回日本ホラー小説大賞〈大賞〉を受賞し、鮮烈なデビューを飾った澤村伊智は、それ以降ホラーファンを狂喜乱舞させるような長短編を相次いで発表。多くの読み手にホラーの面白さを知らしめると同時に、新世代作家の登場を促し、ホラージャンルに刺激を与えてきた。澤村伊智というスター選手の登場によって、日本のホラーは大きく動いたのだ。

 そんなホラー小説の旗手・澤村伊智の代表作が、デビュー作『ぼぎわんが、来る』以来書き継がれている比嘉姉妹シリーズである。東京・高円寺のバーでアルバイトをしている霊能者の比嘉真琴と、真琴以上に強力な能力の持ち主である姉の琴子。この姉妹がレギュラーキャラクターとして登場するシリーズはこれまでに長編3冊、短編集2冊が刊行されている(すべて角川ホラー文庫)。2022年11月には待望の第4長編となる『ばくうどの悪夢』(KADOKAWA)がついに発売された。

 このシリーズが高い人気と知名度を誇るのは、第1作『ぼぎわんが、来る』が『来る』のタイトルで映画化されたことも影響しているが(比嘉真琴を小松菜奈、比嘉琴子を松たか子が演じている)、何といっても作品自体の面白さが最大の要因である。

 比嘉姉妹がシリーズの中で対峙するのは、未知の超自然現象。その多くは凶暴かつ邪悪であり、霊能力をもってしても簡単に祓うことはできない。レギュラーキャラクターですら安全圏にはいられないシビアな展開が、シリーズ全体に言いようのない恐怖と緊張感をもたらしている。怖い、でも読むのがやめられない。このシリーズの読者はそんなアンビバレントな思いに駆られながら、夢中で本のページをめくることになるのだ。

 怪異によって露わになる歪んだ人間関係や、本格ミステリ的なトリッキーな構成も魅力。ホラー愛好家はもちろん、それ以外の読者層にも広くアピールする、現代的なエンターテインメントとして不動の人気を誇っている。その誕生から約7年を経た今、シリーズの既刊5冊をあらためて振り返ってみたい。

衝撃のデビュー作『ぼぎわんが、来る』

 シリーズ第1作『ぼぎわんが、来る』では、原因不明の怪異に見舞われる会社員・田原秀樹と彼の家族を救うため、比嘉真琴が恋人でオカルトライターの野崎昆とともに奮闘する。
タイトルの“ぼぎわん”とは秀樹の祖父の郷里で語り継がれている謎めいた化け物の名で、作中にはこの名の由来が記されている。この長編以降、ひらがなで表記される禍々しい響きの化け物たちは、比嘉姉妹シリーズのひとつの代名詞になっていった。
 この化け物がとにかく凶悪。当初はなかなか姿を見せず、電話やメールを介して秀樹に心理的な揺さぶりを掛けてくるが、次第にその攻撃はエスカレートし、秀樹や周囲の人間の命を脅かすまでになっていく。圧倒的存在である“ぼぎわん”の脅威を、巧みな語り口によってラストまで緊張感を絶やさずに描ききったところが、本書の大きな美点。日本ホラー小説大賞の各選考委員が絶賛したのも納得の、ノンストップ・ホラーに仕上がっている。
 そしてもうひとつの特色が、読者の予想を裏切るミステリ的な展開だ。それまで信じていた物語のある部分ががらりと覆されるトリッキーな構成に、初めて読む者はかなり驚かされるはずだ。そしてそのサプライズが現代人のエゴイスティックな心理を赤裸々に暴き、ひいては家族のあり方を問い直すテーマにまで繋がっていく。この企みは見事という他ない。



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都市伝説ホラーの傑作『ずうのめ人形』

『ずうのめ人形』は『ぼぎわんが、来る』から約9か月後、2016年夏に刊行されたシリーズ第2弾。

オカルト雑誌の編集部でアルバイトをしている藤間洋介は、音信不通となっていたライターの自宅で原稿用紙の束を見つける。中学生の少女の一人称で書かれたその原稿には、「ずうのめ人形」という都市伝説にまつわる記述があった。原稿を読んだ者が次々に命を落としていき、藤間は呪いから逃れるため先輩ライターの野崎に相談。野崎は真琴とともに、不気味な都市伝説の出所を探ることになる。

 この長編で澤村伊智が扱っているのは、「この話を聞いたら呪われる」「ある行為をしなければ命を落とす」といったパターンの都市伝説だ。ウイルスのように無差別に呪いが広がるこうした“感染系”ホラーがわが国でよく知られるようになったのは、間違いなく、鈴木光司の『リング』がきっかけだろう。『ずうのめ人形』は作中で『リング』にしっかり言及しつつ、この王道のモチーフに挑んでみせた。

 迫りくる死を回避するために謎を解かなければいけない、という設定だけでも十二分に恐ろしいが、そこに黒い着物の日本人形が迫ってくる、というビジュアルを絡めることで、和のホラーテイストを加えている。人間のダークサイドをえぐるようなキャラクター造型と、本格ミステリとしての充実度もある意味デビュー作以上。この長編は各種ミステリランキングで多くの票を集め、第30回山本周五郎賞にノミネートされた。



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幽霊屋敷ホラーの新機軸『ししりばの家』

『ししりばの家』は2017年に発表された比嘉姉妹シリーズの第3長編。

夫の転勤に伴い、関西から東京に引っ越してきた笹倉果歩は、都心で偶然、かつての同級生・平岩敏明に再会。後日、彼が妻と母と暮らしている一軒家を訪ねる。住宅地に建つ平岩邸は綺麗にリフォームされていたが、家中のいたるところに砂が積もっていた。しかもどこからか啜り泣きの声と、ドアを叩くような物音が聞こえてくる。この家はどこかおかしい……。

 一方その頃、平岩邸の近所では一人の男が、頭の中でザリザリと鳴る砂の音に悩まされていた。彼は小学生の頃、当時「幽霊屋敷」と呼ばれていた現・平岩邸に忍び込み、恐ろしい目に遭遇しており、その体験がもとで社会生活が営めなくなってしまった。ある日、平岩邸の監視を続ける彼のもとに、幼なじみの比嘉琴子が訪ねてくる。

 ホラーの代表的なパターンである“幽霊屋敷もの”に分類されるが、人里離れた古家やゴシック風の洋館ではなく、どこの町にもありそうな一戸建て住宅を舞台にしているところに著者のこだわりが見て取れる。外から眺めていると、何の変哲もない一軒家。しかしドアの向こうには、こちらの常識の通じない領域が広がっているのだ。ご近所にひっそり存在する異界を生々しく描いた『ししりばの家』は、前2作とはまた違った怖さを放っている。

本書におけるもうひとつのこだわりは、全編を覆い尽くすかのような乾いた砂の描写だろう。ざらざらという不快な砂の感触は、本を抜け出し、いつしか読者のいる現実にまで侵食してくるようだ。果歩の味わった異様な恐怖を追体験しながら、災厄をもたらすものの正体を見極めてほしい。



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悪夢に翻弄される人々を描く、5年ぶりの長編『ばくうどの悪夢』

『ばくうどの悪夢』は今年(2022年)11月2日に発売されたばかりの待望のシリーズ最新作。

主人公の「僕」は両親とともに東京から兵庫県の地方都市に引っ越してきたばかりの中学1年生。田舎特有のノリになじむことができず、疎外感を感じている彼には、もうひとつ深刻な悩みがあった。それは夜ごとに見る悪夢。恐ろしいものに襲われ、傷つけられる夢をくり返し見ていたのだ。しかも夢の中でできた傷は、現実の世界にもそのまま反映される。
同じく悪夢に苦しめられている同級生の由愛とともに、死から逃れようとする「僕」。事情を知った真琴と野崎は、子どもたちを救おうと奮闘するが……。

 シリーズ最大のボリュームを誇るこの長編で澤村伊智が挑んだのは、眠りの世界に現れる夢の怪だ。「ばくうど」と呼ばれる怪異の正体は何か。眠ったら死ぬという極限状態から、子どもたちは逃れることができるのか。そして「僕」の夢の中に現れる謎めいた女性の正体とは?

 夢というテーマを大胆な仕掛けとともに重層的に描いた『ばくうどの悪夢』は、独立したホラー長編として高い完成度を誇るが、比嘉姉妹シリーズにおける位置づけも秀逸。これまで読んできたファンには見逃せない展開が待っている。



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アイデアとテクニックが光る『などらきの首』&『ぜんしゅのあしおと

『などらきの首』は6篇、『ぜんしゅの跫』は5編を収めた比嘉姉妹シリーズの短編集。いずれの収録作にも真琴や野崎、琴子などおなじみのレギュラーキャラクターが関わっており、ファンには見逃せない2冊となっている。

たとえば『などらきの首』の「ゴカイノカイ」は真琴がビルの一室を格安で借りるにいたった経緯が語られる事故物件もの。真琴が普段霊能者としてどのような活動をしているのか、その一端をうかがうことができる。体育館に現れる幽霊を扱った「学校は死の匂い」で主人公を務めるのは、真琴の姉で琴子の妹にあたる比嘉美晴だ。恐ろしくも哀切な学校怪談であり、優れた本格ミステリでもあるこの作品は、第72回日本推理作家協会賞・短編部門に輝いた。

『ぜんしゅの跫』の「鏡」で描かれるのは『ぼぎわんが、来る』に登場した田原秀樹。彼が出席した不可解な結婚披露宴に呪われた鏡が意外な形で絡んでくるこの短編は、もちろん単独作品としても楽しめるが、『ぼぎわんが、来る』や映画版『来る』を知っているとまた違った味わい方ができるはずだ。表題作「ぜんしゅの跫」では姿なき通り魔の正体を、琴子と野崎が探ることになる。スリリングな化け物との攻防を通して、比嘉姉妹の関係がじんわり浮かびあがるという忘れがたい一編。

 多彩なアイデアとテクニックが惜しげもなく注がれた2冊の短編集は、いわばホラーの見本市だ。内外のホラーに通じた澤村伊智が手がける数多の恐怖を、ぜひ味わってみてほしい。




『などらきの首』詳細はこちら:https://www.kadokawa.co.jp/product/321805000222/
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『ぜんしゅの跫』詳細はこちら:https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000121/
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