こちらの記事で前回、「4100円」という金額も話題になった「新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応支援金」の申請の様子を、エッセイに綴ってくださった小説家の藤野恵美さん。
あれから1ヶ月以上が過ぎ、支援金の振り込みがついに……!?
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令和2年の4月7日付で申請した「新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応支援金」(休校に伴い仕事ができなくなったフリーランスの保護者に日額4100円を支給する制度)ですが、審査の結果が出ましたので、報告したいと思います。
前回、申請までの流れをエッセイに書いたあと、担当編集者Iさんが、この支援金についての新聞記事のリンクを資料として送ってくれました。
その記事(4月11日付)によると、3月18日に受け付けを開始して以降、4月5日までに「申請件数が全国で500件にとどまり、交付件数はわずか6件」ということだったのです。
なので、私もいちおう申請してはみたものの、支給されるかどうかについては、あまり期待していませんでした。
なんだかんだで申請が通らない仕組みになっているのだろうな……と内心では思っており、もし、支給されなくても、それはそれでひとつの経験というか、続編のエッセイのネタにしよう……と考えていたのです。
そんなわけで、申請書を提出してから1ヶ月が過ぎても音沙汰はなく、すっかり忘れていたころ、自宅の郵便受けに、見慣れぬ封書が入っていました。
差出人の住所が「霞が関」となった「厚生労働省」からの封書を目にしたときには、一瞬、心のなかで「なんだ、これ……?」と不審に思って、警戒感すらいだいたのですが、開けてみると「支給決定通知書」と書かれていたのです。
正しくは「支給(不支給)決定通知書」とあり、(不支給)が横二重線で消されていたので、おそらく、おなじフォーマットの文書を結果によって使い分けているのでしょう。
書面の下の方には、不支給となった場合にチェックがつくのであろう項目と、理由を書く欄もありました。審査が通らなかったときには、どうして不支給となったのか、その理由も記載されるのだと思われます。
申請書を提出してから、1ヶ月と1週間ほどかかりましたが、支援金が銀行に振り込まれていることも確認できました。
本当に機能している制度だということが実証されましたので、ここにお伝えしたいと思います。
ちなみに、申請書ですが、私が提出したときの用紙には「3月31日まで」しか記入欄がなかったのですが、休校が延長されたことに伴い、対象期間が「6月30日まで」延長されました。(注・厚生労働省のホームページによると、対象期間はさらに「9月30日まで」延長される予定です)
つまり、私は早めに提出したので、延長になった分については、もう一度、書類を集めて、申請を行わなければならない、ということで……。
申請期間も延長されており、今後もどのような展開になるかわからないので、少し様子を見てから、提出してもいいかもしれないな、という気もします。(注・厚生労働省のホームページによると、申請期間は「12月28日まで」延長される予定です)
さて、私はいま「カドブンノベル」で『きみの傷跡』という小説を連載中です。
前回のエッセイの導入でも書きましたが、突然の休校で、息子が家にいることになり、仕事の時間が作れず、原稿の提出が当初の締め切りより遅れてしまいました。
そこで、この休校対応の制度を利用しようと考え、書類に記入してもらうために事情を説明したところ、担当Iさんが興味を持って、申請の流れをぜひエッセイにして欲しい、と言われたのでした。
担当Iさんから、エッセイの依頼を受けたとき、正直、ほんの少し、ためらいがありました。
エッセイに書いたら、支援金の申請をしていることがいろんなひとに知られてしまうわけで、そんなん、恥ずかしいやん……と思ったわけです。
そして、自分がそのような考えを持っていることに気づいて、驚いたというか、意外に思ったのですね。
たとえば、生活保護を受けることが「恥ずかしい」というようなスティグマに対しては、私は「いやいや、そんなことないから!」と否定するでしょう。
セーフティネットは個人を助けるだけでなく、社会を維持するためにも有益なものであり、その制度を利用することに「恥」や「後ろめたさ」を感じる必要はない、と考えているわけです。
なのに、支援金をもらうことについて、ちょっと恥ずかしいと思っており、できれば、あまり知られたくない……と考えた自分が「意外」だったのです。
それから、他社の編集者や仕事関係者に「休校のせいで、仕事ができなかった」ということを知られるのも、できれば避けたいと思いました。
仕事のキャリアを考えたときに「子育て中の母親は、突発的な出来事でスケジュールが変更になったり、支障が出たりする」とまわりに思われることは、あまり望ましくないのでは……という気がしたのです。
仕事をしたい自分と、育児をしたい自分。
どちらも大事だからこそ、日々、葛藤があります。
今回の休校では、仕事より子どもの世話を優先しましたが、私は本質的には「親に向いていない人間」なのです。
心の奥では「たとえ休校だろうと、どうにか原稿を書いて、締め切りを守れよ。子どもにはスマホやゲーム機でも与えて、黙らせておけばいいだろ。岡本かの子は、書きものをするとき、息子を柱に縛りつけていたという……。創作のためには、家族の犠牲も厭わない……。それが作家ってものじゃないのか」という、もうひとりの自分の声が響いていたのでした。
だから、仕事第一の編集者が本を作ることを最優先に考える気持ちは、よくわかります。
子育てなんかに時間を取られず、さっさと原稿を書く作家こそ、望ましい……。
ライフとワークのバランスを取ろうとするような人間とは、いっしょに仕事をしたくない……。
そんなふうに考える「発注者」もいるだろうと考えると、フリーランスとしては支援金が給付される以上の「不利益」を生じる可能性もあるわけです。
それらをふまえた上で、あえて前回のエッセイを書きました。
自分の気持ちに向き合って、現状を伝えることが、次世代を育てやすい環境を作る新たなる道につながるかもしれない……と思ったのです。
なので、前回のエッセイを読んだ方からの反響に、好意的なものが多かったことは、とても励まされました。
子育てに限らず、親の介護だったり、自身の病気だったりで、これまでとおなじような働き方ができなくなるという事態は、だれにでも起こり得ることであり、ひとびとの意識も変わってきているというか、時代の流れは少しずつ「ライフスタイルの多様性に理解と寛容さのある社会」に向かっているのかもしれません。
ところで、私の妹は、いま、ニュージーランドに住んでいます。
ニュージーランドでは3月25日に国家非常事態宣言が発令され、私が前回の申請エッセイを書いていたころには、ロックダウンに入っていたのですが、しっかりとした経済支援策が打ち出されており、すでに休業中の給料も国から支払われている、とのことでした。
妹とネットでやり取りをしていると、アーダーン首相への「信頼」を強く感じました。
アーダーン首相は、毎日のようにライブ配信で情報を伝え、国民に向かって「be kind」という言葉を繰り返していたのです。「be kind, stay calm」や「be strong, be kind」などのメッセージで、不安や恐れではなく、優しさや思いやりの気持ちに訴えかけ、「be kind to others」というように、ほかのひとを助けるために家にいよう……という考え方を広めており、妹もとても共感していました。
おなじように先が見えず、不安な状況だと思うのに、ニュージーランドにいる妹は、首相の的確な指示とあたたかい言葉に励まされ、それほどストレスなく過ごせているようだったのです。
そして、このアーダーン首相は「世界で初めて産休を取得した首相」だったりします。
現在も子育て中であり、コロナ対策について力強く語る一方で、子どものトイレ・トレーニングの悩みを話したりもしていて、そんなところも妹は高く評価していました。
ニュージーランドの首相が産休に入った、というニュースに、日本では「責任感がない」と非難する声があったのでした。
非難するほうがまちがっているとは思うのですが、実際、もし自分が首相だったら、産休を取る勇気はないな……と思ったことは事実です。
そんなわけで、今回、私がこのコロナ騒動で感じたのは「休む勇気」の大切さでした。
という感じで、このエッセイをまとめようとしていたところ、政府の対応に、新しい動きがありました。
報道によると「加藤勝信厚生労働相は5月26日の記者会見で、新型コロナウイルス感染拡大による臨時休校で休業したフリーランスの保護者らへの補償について、現行の日額4100円から7500円に引き上げると発表した」とのことです。
えっ……?
すでに、支払われた分は、どうなるの……?
疑問に思い、さっそく、コールセンターに問い合わせてみたところ、いまのところ未定の部分が多く、これまでに支払われた金額との差額を遡及して請求できるかどうかもお答えできかねます、ということでした。
その後、6月1日に厚生労働省のサイトが更新され、引き上げられるのは4月1日以降の就業できなかった日についてと明記されていたので、私がすでに申請した3月分は対象外なのだろうと思われますが……。政府の方針も二転三転というか、試行錯誤しながら進めている感じですので、どうなるかはわかりません。(すでに注記した期間の延長も、この6月1日の更新で明記されたものです)
ちなみに、保護者を休ませた企業に対する助成金の上限も、1人1日当たり8330円から1万5000円に引き上げられ、雇用調整助成金を活用しない雇用主が多いという訴えを受けて、労働者が直接申請することができる制度が新しく創設されるそうです。
政府の経済支援策には批判も出ていましたが、多くのひとが声をあげたことによって、改善されたのですから、一歩前進というところでしょう。
現在の様式でも申請は可能ですが、助成金・支援金の金額の引き上げ及び対象期間の延長に伴って、新たな申請書の用意も進められており、そちらを使ったほうが手続きは円滑に行えるようです。
とりあえず、厚生労働省のホームページを今後もチェックしていきたいと思います。
厚生労働省 支援金HP
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10231.html
<問い合わせ先>
学校等休業助成金・支援金、雇用調整助成金コールセンター
電話:0120-60-3999
受付時間:9:00~21:00(土日・祝日含む)
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